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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第二部 スケアクロウズと冷たい伯爵
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第46話「コールドマン邸へ再び」

 オクタヴィアには何にも代えがたい友人だった。そのなかでも心から敬愛する相手で、なおさら辛いのだろう。彼女は規律に厳しく近衛隊の誇りを重んじるいっぽうで、友人に対しては非常に情の厚い人物で部下からの信頼もある。


 だからエイリンもよく懐いていたし、彼女自身もまた片手で数えられるほどの少ない親友と呼べる相手として認めていた。それが殺されたと知ったのが一年も経ったあとで、背中に圧し掛かる後悔はまるで肉親が背負うものに近かった。


「ありがとうございます、レディ・ソフィア。あとは頼みます」

「ええ。……あ、そうだ。帰る前にひとつだけいいかしら?」

「なんでも仰ってください。私にできることなら」

「クレイグたち、逃がさないでね。そっちはあなたに任せるわ」


 オクタヴィアは小さく笑ってからバシッと胸を叩いて言った。


「お任せください、レディ・ソフィア。牢にぶち込んでおきますので!」


 証拠品を受け取って、まずは一件落着だ。クレイグたちをオクタヴィアに任せて、疲れ切ったからだでシトリンといっしょに部屋へ戻った。


 今にも倒れそうなほどフラフラとベッドに飛び込んで大きなため息をつく。


「無事にエイリン令嬢の遺書を手に入れられたようですね」

「あとはアゼルのところへ行くだけよ。でも、今はもう遅いから」

「そうですね。ゆっくりお休みになられてください」


 いつの間にかシトリンのすがたは消えていた。気配もなくなり、静けさがやってくると翌朝までソフィアは飛び込んだ姿勢のまま、ぐっすり眠った。朝の陽射しが顔に当たり眩しさで目を覚まして、昨夜の出来事を夢だったのではと思うほどの深い眠りにからだを起こすのも億劫になりながら、オクタヴィアから預かった証拠品を持って王城を出る支度を済ませる。


 メイドたちは大騒ぎしたパーティの後片付けに追われ、近衛隊の面々は小声で話しながら慌ただしく廊下を行き来している。クレイグたちの話を聞かされて、今は落ち着いていられる状況ではないのだろう。道中では頭痛に苦しんでいるアニエスがソフィアを待ち構えていて、彼女を見つけるなり「おはよう」とわずかに辛そうな声をした。


「アニエスったら二日酔い? 飲み過ぎね、気を付けなくちゃ」

「自分でも思ったわ。……でもそれより昨夜の話を」


 既に報告は受けていて、クレイグたち一部の近衛隊による裏切り行為にはひどく気落ちしていた。しかしエイリン令嬢の事件が殺人であったと立証するために動いているソフィアに感謝のひとつも言わずに待つのは出来ない、と待っていたらしい。


「本当なら私たちがしっかりするべきなのに、ソフィアにはずいぶんと大きな負担を与えてしまったわね。……こんなにも内部が腐敗していたなんて」


「これから見直していけばいいわ。誰でも完璧じゃないもの」


 ぽんぽんと背中を叩いて慰める。気品あるはずの近衛隊、その隊長ともあろう男が最も汚れていたのにも気づかず、彼を信頼しきっていた自分をアニエスは強く責めていた。仮にも一国の主がこの体たらくだとは、そう思わずにいられない。


「これからアゼルのところへ行ってくるわ。あなたは彼を罪人として告発するための準備をお願いしたいんだけれど構わないかしら。すぐ戻って来るから」


「ええ、分かってる。そう言うと思って馬車も用意させてるのよ」


 遺書の捏造。その根拠を示すためには、コールドマン邸に残っているであろうエイリン令嬢の手書きの字が書かれたものを探す必要がある。アゼルはエイリンとイレーナをよく可愛がっていたので遺品として残している可能性が高かった。


「ありがとう、助かるわ。またあとで」


 手短に済ませて小さく手を振って別れ、王城を出て用意されていた馬車に乗り込む。御者台には先にシトリンが乗って待っていた。


「おはようございます、ソフィア様。よく眠れましたか?」

「もう待ってたの? ごめんなさい、遅れちゃって」

「お気になさらず。さあ出発致しましょう、コールドマン邸へ」


 馬車を走らせ町を駆け抜ける。アゼルがまともに取り合ってくれるかは分からない。今になって緊張感が全身を巡っていく。


「……アゼルはちゃんと会ってくれるかしら」

「大丈夫ですよ。エイリン令嬢に関わることですから」


 いまだ過去に囚われ続けているアゼルは本来の性格以上に冷たくリズベットを攻撃するほどの精神状態なのがイレーナの話からもうかがえる。それでもシトリンは彼なら話を聞くだけの理性はある、とハッキリ言った。


「もともとソフィア様たちへの襲撃依頼も、怪我をさせたり殺そうとするのは予定になかったことです。『ただ捕らえるように』と指示があったにも関わらず彼らが勝手に殺しても同じだと判断をしたに過ぎません」


 手綱を握るシトリンの手は、いつもより力が籠っていた。


「行きましょう。なにがあっても私が最後まで供をします。……ですから終わらせましょう、あなたにはそれが絶対にできるから」

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