第45話「託された願い」
「オクタヴィアが管理をしているのね?」
「ああ……あのひと以外には無理だ、ってな」
なにひとつの隠し事も許されず、ヤーキスもほかの男たちも撃沈気味の青白い顔をしている。聞きたいことはこれでほぼ全てだろう、ソフィアは用がなくなって立ち上がり、リタに「パーティ会場にいるオクタヴィアとよくいっしょにいる近衛兵を探して声を掛けて」と頼む。全員が彼らの味方ではないのならオクタヴィアに対して忠誠を誓う人間のほうが彼らの言葉をおいそれと信用しないだろう、と。
「わ、わかりました。ソフィア様はどうされるんですか」
「こっちは用が済んだし、オクタヴィアのところへ行くわ」
「えっ! おひとりでは危険ではありませんか?」
せめて誰かひとりでも連れていったらどうかという提案に「シトリンがいるから」と断った。それがなぜ安心に繋がるのかなどリタには分からないが、彼女の温かみのある表情を見ていると不安は掻き消されていく。
「アニエスのことはそっとしておいてあげてね。彼女が目を覚ますまで」
「……はい。お気をつけください、待ってますから」
「ええ。良い報せを待っていてちょうだい」
今度は急いでオクタヴィアのいる場所へ向かう。疲労も溜まり過ぎなからだに鞭を打ち、ようやく近衛隊の女子寮までやってきて、ついソフィアは笑いを溢す。なんとも騒がしい夜になっている、と。どうやら侵入者はオクタヴィアだけでなくほぼ全員を敵に回す形で捕まってしまったらしい。
寮の入り口で待っていたシトリンが呆れた様子で微笑む。
「お疲れ様です。こちらも無事終わりましたよ、皆さんのご活躍で……とくにオクタヴィア様とか」
あしもとにはロープでがっちりと縛り上げられたクレイグたちがいる。傍に椅子を置いて座っているオクタヴィアが怒りを抑えながら、とんとんつま先で地面を叩き「どういうことかはすべてシトリン様から聞きました」と声を震わせた。
「そう、なら話が早いわね」
クレイグたちは軽い怪我をしていて気を失っている。だれがやったかは聞くまでもなく分かり切っていた。
「それにしてもずいぶん腕が立つのね、オクタヴィア」
「どれほど忙しくとも鍛錬は怠ったことがありませんので」
「あなたが率いる近衛隊は安心できそうね。で、話を戻すけれど」
聞くべきことはほとんどヤーキスから聞き出したあとで、わざわざクレイグを起こすまでもない。用があるのはオクタヴィアのほうだった。
「エイリンの遺書はまだ残っているかしら? 事件の証拠とかを管理しているのはあなただと聞いて、こっちへ急いできたのだけれど」
「え? ああ、証拠品ですか。たしかに私の管理ですが……」
訝る視線にソフィアはシトリンを見る。彼女がゆっくり首を振ったので、なにも必要以上のことは話していないのだと悟った。
「……えーと、説明するわね。驚かないで聞いて」
無理があるような驚く話だった。一年前に起きたボヤ騒ぎの犯人がヤーキスで、それをもみ消したのが当時調査を指揮したクレイグ。そのうえエイリンに煙草を吸っているところを見つかり、問い詰められたときに彼女がほかの誰かに口を滑らせてしまってはまずいと殺害、隠蔽して罪をアゼルに擦り付けたこと。エイリンの遺書は捏造されたものだったと知り、彼女はさらに憤慨した。
「どこまでも卑劣な。多少の傷で済ませるべきではなかったか」
「まあまあ落ち着いて。それより遺書があるのなら借りたいのだけれど」
「……わかりました。お役に立つのでしたら」
管理は女子寮の近くにある倉庫で行われており、鍵はアニエスとオクタヴィアのふたりしか持っていない。シトリンをクレイグたちの見張りに残ってもらい案内されたあとは「ここでお待ちください。いくら魔女様の代理といえど重要なものを管理していますので」と数分待ってから、遺書を保管した小さい箱を渡される。
「こちらになります。ここで管理されるあらゆる事件や事故の証拠品は、一年単位で調査を終え必要なくなったと判断された場合に処分されるんです。エイリン令嬢の遺書も自殺の証拠として保管していましたが、数日中には処分される予定でした」
エイリンの自殺はオクタヴィアにも衝撃だった。天真爛漫で周囲からも慕われた少女。いつも明るく家族の話をしているすがたが印象的で、ときどきお茶会に誘われることさえあるほど仲が良かった。いちども出席したことはなかったが、タイミングが合わなかっただけで彼女とゆっくり過ごしてみたいとは常々思っていた。
その死を知ったとき、彼女のどこにその苦しみが隠されていたのか? どうして自分はいっしょにいながら気付けなかったのか? 罪の意識に何度も苛まれてきた。真実を隠した最悪の男が傍にいるのも知らずに。
「……怖かった、でしょうね。私たちには想像もできないほど」
「ええ、そうね。悔しかったはずよ、大切なひとに裏切られたんだもの」
どれだけ嘆いても失ったものは戻ってこない。オクタヴィアの自然と握り締めた拳から、爪が食い込んで血を滴らせる。怒りと悲しみの入り混じった複雑な感情を抑え込むのに必死だった。ソフィアに言ったところでただの八つ当たりになってしまうから。
「この国では言葉よりも証拠品を重要とすることが多い。彼の口から真実を引きずり出したところで言わせていると思われればおしまいです。……魔女様の代理であると仰るなら、どうか依頼を受けてはいただけませんか? これが役に立つと信じてあなたに託します、レディ・ソフィア。かならず真実を明らかにして彼に公正なる裁きを、そしてエイリン令嬢の無念を晴らしてください」
もう託すしかできない。何も知らずクレイグを隊長に据え続けて正義を気取っていた自分の不甲斐なさに胸が引き裂かれる想いだった。彼女の瞳からぼろぼろと零れる悔し涙を見て、ソフィアは力強く、はっきりと返事をする。
「任せておいて。──あなたの依頼はソフィア・スケアクロウズが承ったわ」