第44話「尋問」
計画はリタに伝えられ、それから十数分して部屋に向かってくる数名の靴音が静かに響く。いまや王城は眠りにつき、巡回に回った兵士たちも安全を確認して解散したあとで、残っているのは近衛隊という名を背負った悪人たちだけだ。
部屋の前に立つ彼らの腰には帯剣があり、手にはロープや布を持っている。リタを捕まえて静かに連れ出し、問題にならない場所で始末するつもりなのだろう。ノックをすることもなくドアノブを握り、鍵が掛かっていないことを確かめた男たち三人が顔を見合わせてにやりとした。簡単に終わりそうだと笑って。
真っ暗な部屋のなか、廊下から差し込む灯りで照らされたベッドに毛布を着て丸まっているリタのすがたを見つける。彼らは静かに近寄っていき、縛るためのロープと騒がせないよう頭に被せる布を物音をたてないようにゆっくり近づく。
瞬間、部屋の扉が急にばたんと閉じられる。経験の豊富な彼らはその程度で動揺せず、ただ驚いて一瞬視線をそちらへ向けた。しかし暗闇のなかでは身動きが取れず、そのうちひとりが「ぎゃあっ!?」と声をあげる。
部屋のいちばん奥にあった燭台のろうそくがボッと火を灯す。
「あら、いらっしゃい。ここが誰の部屋かはご存知?」
揺らめく火が部屋を仄かに照らし、ソフィアが彼らを嘲った。
「レディの部屋にノックもなしに入るなんて、近衛隊の殿方はずいぶんとしつけが出来ていないのね? オクタヴィアがみたら発狂しそうだわ」
最初から襲撃がバレていたのだと察した彼らの表情は青ざめ、いつの間にか銀で出来た太く頑丈な荊にからだが拘束されていて身動きがとれなくなっていた。
「ど、どうやって俺たちがここに来るって……!」
「さあ? 答える理由はないわね」
自分たちが何をされているかも把握しきれず、今度こそ心臓の鼓動がはやくなって動揺が汗となって滲み始めた彼らを見てソフィアはふんっと鼻を鳴らす。
「ま、観念なさい。どうやってもそれから抜け出すことはできないし……。とりあえずひとつだけ聞いてもいいかしら、ヤーキスっていうのはここにいる?」
ふたりが床に倒れている男に視線を向ける。どうやら最初にソフィアが荊を巻き付かせて伏せさせた頬のこけた男がそうらしく、ほかのふたりをほったらかしにしてヤーキスの髪を容赦なくつかんで頭を持ち上げた。
「私ね、こういうの抵抗ないのよ。痛いでしょうけれど我慢して」
「あっ、ぐうう! 俺になんの用があるってんだ……!」
「もちろん、エイリン令嬢のことに決まってるでしょう」
男たちがぎょっとしたが、ヤーキスはなかでもひときわ驚いた。
「な、なんでいまさらコールドマンの娘の話なんか」
知らないふりをしようとするヤーキスの髪を掴んだまま床に叩きつける。
「必要ないことは喋らなくて結構、自殺じゃないのなんてとっくに知ってるわ。今からあなたには全部ぶちまけてもらうから覚悟するのね」
彼の額をトンと指で突き、ふわりと紫煙が舞う。
「げほっ。な、なにをしたんだ、今のは?」
「二度も話す気はないわ。今から質問することに答えなさい」
リタが不安そうに様子を窺い、ソフィアは彼女に微笑んでヤーキスの髪をパッと手放す。彼の頭がごつんと床に叩きつけられたことにはなんの感情も抱かなかった。
「……話を続けるわね。一年前の路地裏でのボヤ騒ぎはあなたが起こしたと聞いてるわ。……エイリン令嬢が亡くなったのはそのあと。……殺したのは誰?」
口を閉ざすヤーキスがふいっと顔を逸らす。しかし彼の行動とは裏腹に、口は滑るように動き出して真実を話し出した。
「俺とクレイグ隊長……他にもふたりいる。今は隊長といっしょに行動してるが、全部で四人。か、河の浅い場所で沈めて殺した。抵抗されたらまずいからって、見張りをひとり立ててるあいだに溺れて死ぬまでずっとだ」
仲間のひとりが「おい、なに言ってるんだ!?」と怒鳴った。
「ち、違う! 口が勝手に、俺は黙っていようとした!」
彼らのやり取りには付き合わずソフィアは話を続ける。
「エイリン令嬢は自殺だったと処理したわね。そのときには証拠品として遺書まで見つかっていたはずだけれど、もう処分したのかしら。それともまだ残ってるの?」
遺書がエイリン以外の誰かが書いたのだと証明できれば、アゼルも説得できるだろう。リズベットを連れだすための道具として手に入れたかったが、ヤーキスから返って来た答えは「知らない」という意外なものだった。
「あれは隊長が用意してきたもんだ。誰が書いたかまでは俺もよく知らないし、俺たちは管理してないんだ。そういう重要なブツの管理は女王陛下の判があって初めて与えられる仕事だから、俺たちはそこまで優秀じゃないし隊長は巡回で忙しくて」
早口で語る彼の言葉に「はあ……」と長いため息が部屋を揺蕩う。
「的を射ないわね。じゃあいったい誰が管理してるか話しなさい」
「オクタヴィア副隊長だ。あのひとが今は唯一の責任者になってる」