第42話「不快な真実」
心強い味方の言葉も得られて満足げなソフィアは、深呼吸をひとつして行動を開始する。帰っていく彼ら近衛隊の背を追い掛け、その途中で別れるリタの悲し気な表情とクッキーの入った袋をぎゅっと握るすがたが哀れで心苦しくなった。
(あんなにも明るい子が、可哀想に。リタはきっと女王を信頼しているし、ここで働いていることをとても誇りに感じているのね。……まったく、貴族も近衛隊もこんなに腐敗してるだなんて、アニエスが知ったら気を失うに違いないわ)
ヴェルディブルグに流れる穏やかな空気とは裏腹に黒く染まりきったグロテスクな世界。嫌というほど知っているソフィアからしてみれば極めてありふれた話だが、光の当たる場所で過ごしてきたリタやオクタヴィアには納得がいかないのだろう。
厄介なのは隊長という職にある人間がそうまでして部下をかばう理由だ。おそらく彼自身も喫煙しているからこそ部下たちの巻き添え──あるいは道連れとも──にされないよう警戒しているはずだとソフィアは踏んでいる。
(はあ、それにしても王城って広いから歩くのも疲れるわね……)
近衛隊は男女別の宿舎が敷地内にあり、それぞれ正門と裏門から近い。王城の内部だけでも相当な広さなのにまだ歩くのか、と息も切れそうになった。
「それにしても隊長、良かったんですか?」
「いいんだよ。あの場所で騒ぎになったほうがまずい」
彼らの話題は中庭での出来事について始まり、ソフィアはようやく聞きたい話が聞けるかもしれないと耳を澄ませる。ここでもし何かを掴めば、わざわざリズベットたちに報告して手を煩わせる必要もないと意気込んだ。
「だいたい、副隊長はお堅すぎるんすよ。煙草くらいで」
「だからって目立つ場所で吸うからああなるんだろう?」
「……そっすけど。でもなんであいつら中庭って気付いたんですかね」
夜ならまず誰も立ち入らないような場所だ。リタを連れていったまでは良かったが、まさかオクタヴィアを含め自分たちの居場所を突き止められたことに驚いている。見つからないように移動したつもりだったのだろう。
「なんにしてもお前たちのせいでリタに見つかり、挙句の果てにオクタヴィアやソフィアさんにもバレたときてる。どうするか考えておけよ」
「四人もいましたしねえ。あの御令嬢みたいにはいかないんすか?」
クレイグが部下を殴りつけて強く睨む。
「口を慎め、どこだと思っているんだ? 全員がお前の友達じゃない、誰に聞かれているかも分からんというのに。首を吊りたいのなら好きにしたらいいがな」
以前にも同じようなことがあったらしい、ソフィアはもっとはっきり声が聴きたいとゆっくり近づく。
「それよりさっさと準備をしろ、まずはリタとオクタヴィアを片付けよう。なに、言い訳くらいはいくらでも作れる。なにかあっても俺が前にやったように都合のいい誰かに罪を擦り付けてしまえばいいさ。身辺調査は済んでるからな」
指示を受けて数名の兵が宿舎近くの倉庫へ向かい、ひとりだけがクレイグの傍に残った。懐から取り出した煙草にマッチで火をつけ、気分良さそうに吸い始める。
「……あのソフィアとかいうガキは殺さないんですか?」
「あれはなかなかの切れ者だ。そう楽には行かんだろう」
「とか言っちゃって、ちょっと遊んでやろうとか思ってません?」
茶化した部下の言葉にクレイグは呆れながら面白がった。
「ああ。見た目も良いし善人ほど食い物にしやすい。いつもみたいにひと晩遊んだら、クスリ漬けにして他所の町で娼館にでも売ってやればいい。ああいう女はこっちが優しく声掛けてやればコロッといくもんさ。その点、エイリンは失敗だった」
ぷかあと煙を吐き出して、がっかりしたとばかりに肩を竦める。
「あの女は良かった。女王陛下とも親交が深く今より良い地位が望めたというのに。あのときもヤーキスのせいで下らんボヤ騒ぎを問い詰められ、結局殺さざるを得なくなるとはな。罪に問われなかっただけマシだがね」
げらげらと低俗な笑い声にソフィアは心底からの殺意にも近い怒りを覚えた。すぐにでもすがたを晒して彼らに鉄槌を下したい気持ちもあったが、今この場での言動ひとつでは証拠にもならない。捕らえたところで自身が狂言者扱いされるのがオチだ。
(……王城へ戻るとしましょうか。リタとオクタヴィアに知らせて彼らを待ち構えていてあげるのがいちばんいいはず。そこでエイリン令嬢に関わる証拠が見つかれば、アゼルやレヴァリーの気も少しくらい晴れるかもしれないわね)