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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第二部 スケアクロウズと冷たい伯爵
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第41話「見過ごせない」

「……あ、そうなんですか?」


 女王陛下と親しく魔女の代理としても認められている人物ならば、相応の爵位を持っていておかしくない。だからか、怒りもすっと消えて彼女は驚く。


「でしたらなんとお呼びすればよろしいでしょう」

「呼び捨てで構わないわ。そういうの気にしてないから」

「さすがに呼び捨ては……では敬意を込めてレディ・ソフィアと」


 堅苦しさはあるが、それもオクタヴィアらしいと言えばそうなのだろう。仕方ないと笑って「じゃあさっそく探しましょうか」と、追うべき相手をリタから近衛隊であろう誰かに変えた。紫煙はのんびりと道を作り、三人は歩いて辿った。


 向かう先は王城の中庭だ。背の高い庭木が視界を遮っていて、オクタヴィアが話すには「中央にお茶会のできるスペースがあるんです」とのことだった。有事の際、誰かが中庭にいても外部の者はそう簡単に辿り着けない仕組みになっている。


「なるほどね。城で働くひとだったら簡単に辿り着くから、もし追われたりしても逃げ込めばいいってわけね。見通しも悪いから、知らないひとにとってはただの迷路ってわけ。……ちょっとまって、静かにして。ゆっくり歩いてちょうだい」


 庭園の中央近くまでやってきて誰かの話し声が聞こえ始め、まずは犯人が誰であるかを確かめようとする。ゆっくり近づいていき、庭木の陰からこっそりと覗いてみると、ガゼボの傍でクレイグを含む数名の近衛兵とメイドのリタがいた。


「……だから、さっきのことは内密に。ね、リタ、君のことは買っているんだ。我々としても近衛隊の名誉が落ちるのは望ましくない」


「でもクレイグ様! アタシは……こんなのダメだと思います」


 不穏な空気に三人は顔を見合わせ、もうすこし様子をうかがう。


「君が真面目なのは分かる。言っていることも正しい。だがこんなことが公になると困るんだ、分かってくれないか。なあリタ、私は冗談を言っているつもりはない」


 クレイグの横顔がちらと見える。月明かりに映った彼の表情は微笑んでいるが、とても声色からは優しく諭しているふうには思えない。


「そんな……。だからって他のひとたちが仮眠室で煙草を吸っていた事実を握りつぶしてしまうんですか!? オクタヴィア様だって普段から気にしています、この方たちはルールを破ってるんですよ! それも女王陛下のお膝元で!」


 引き下がろうとしないリタに、彼は大きくため息をつく。


「わかった、今回ばかりは流石に良くなかったと思うよ。さっきもオクタヴィアに注意されたばかりだというのに戻ってきて吸い出すとは思わなかったんだ。私がよく言い聞かせておくから、このことは目をつむっていてくれるかい?」


 なんとか説得して事態を丸く収めたいらしいクレイグに痺れを切らしたオクタヴィアは、ソフィアたちの制止を振り切って彼らの前に飛び出した。


「いい加減にしていただこう、これ以上は見過ごせない」

「っ……オクタヴィア!? どうしてここに……」

「私がいる理由などなんでもいいでしょう。問題は彼らだ」


 ギロリと睨まれた兵士たちがバツの悪そうな顔をして目を逸らす。


「注意を促したばかりだと言うのに、さっそく仮眠室に戻って喫煙だと? 冗談が過ぎるんじゃないのか、貴様ら。気高きヴェルディブルグの近衛隊の所属ともあろうものが起立ひとつも守れんとはな。クレイグ隊長、あなたも同罪だ」


 監督すべき立場にあるはずの隊長が部下の不始末に目をつむってきて、彼女の胸中はずっともやもやとしたままだった。今日という今日は、その気持ちで彼らの前に飛び出して責め立てるとクレイグの目つきが変わる。


「なら女王陛下に私から話そう。もちろん君も同じ立場だが。分かっているだろう、オクタヴィア。我々は彼らの行為に目を瞑ってきた者同士だ。……違うか?」


 処罰を受けるのなら自分だけいまさら逃れることはできない、という彼の脅迫まがいの強い言動に彼女は否定しきれずぐっと押し黙った。しかし、正義感の勝った彼女は「処分は受け入れる」と毅然な態度を保つ。


「はいはい、喧嘩はそこまでにしてちょうだい」


 一触即発の雰囲気を宥めるためにソフィアが割って入る。


「こんな場所で争ったところで意味はないでしょう? 今日はもう遅いし、ここで騒ぎを起こすのはみんなに迷惑をかけるだけよ。せっかくの女王陛下の誕生日をふいにするほど、どうしてもここで決着をつけたいというのなら呼んできてあげるけど」


 さすがにそれはまずいと思ったのか、その場にいた全員が「ううん……」と難色を示す。


「……ソフィアさんの言う通りだな。話は明日にしよう、オクタヴィア」

「はい。私も、少し感情的になっていたと思います」


 場が落ち着くとソフィアもホッと胸をなでおろした。


 ひとまず解散になったところで彼女はシトリンに小声で話しかける。


「シトリンさん、ちょっとお願いがあるんだけれど」

「はい? どうかされましたか、ソフィア様」

「持続的な魔法を使う場合は魔導書も介したほうが楽かしら」

「ええ、私の指輪も含めてかなり負担は減ると思いますが」

「ありがと。じゃあ何かあったらすぐ助けにきてちょうだい」


 手を仰向けにすると、ふわっと紫煙が舞って魔導書が現れる。記憶に従って開いたページに手を振れて使った魔法は、すがたを一時的に消すものだ。ローズほど器用でもないので、音を消すこともできなければほかの魔法と併用する技術もないが「これなら尾行くらいできるわよね」と笑った。


「いささか拙いですが立派ですよ、ソフィア様。ご安心ください、あなたが身に着けている指輪があるかぎり私は契約に従って何があろうともお守りいたしますので」

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