第39話「危機回避」
ソフィアたちをベッドの下に潜り込ませ、毛布をずらして見えにくくしながら、彼女は自分の帯剣していたサーベルを放り出し、上着を脱いでシャツのボタンをはずす。やってきた誰かは仮眠室の扉を開いて、さいしょに彼女のすがたを目に映した。
「──うわっ、失礼した!」
扉を開けたのはクレイグだ。真っ先に目に飛び込んできた光景に急いで背を向ける。「閉めてくださいますか?」ツンとした態度を返すと申し訳なさそうに彼は外へ出て扉を閉めて「終わったら言ってくれるか」と弱々しい声をした。
「構いませんが、どうされたのです? まだ巡回のはずでは」
「他の子たちが私に休めと言ってくれてね、少し甘えようかと」
「……なるほど。たまには良いのかもしれません」
容易には立ち去ってくれなさそうだ。疑いたくはなかったが、ソフィアたちの言い分を聞いた以上クレイグも容疑者のひとりになる。接点を持っていると分かれば自分の身も彼女たちの身も危ういだろう。狭い部屋のなか剣術のみならばオクタヴィアにも勝算があったが、今は帯剣しているクレイグのほうが明らかに優勢だ。もし彼が犯人だった場合、下手を打てば勝ち目はなく始末されるだろう。エイリンが消されたように。
(どうすればいいんだ? 隊長の目を欺くのは無理があるぞ。このまま彼女たちを隠し通せる手段は……)
頭を悩ませているところへ、ひょこっとシトリンが顔を出す。
「うわっ!?」
思わず上げてしまった声に「大丈夫か、何かあったのか?」とクレイグが尋ねた。
「なんでもありません、ちょっと虫に驚いただけです」
「そ、そうか……だったらいいんだが」
ムッとした表情をシトリンに向けるが、彼女はにまあと笑うだけで反省もしていなければ「ほんの数秒だけ稼いだら、あとは応じて頂いて結構ですよ」と助言をしてソフィアをベッドの下から出てこさせ、オクタヴィアの背後に立つ。
「振り返らず、彼と適当な世間話でもしていてください。私が咳き込んで合図をしますので、それまでで構いませんよ」
「わかった。できるかぎり時間を稼いでみよう」
どうやって隠れるつもりなのかは分からなかったが、ひとまず彼女の言う通りにクレイグに巡回の時間配分やほんの少し前に部下たちが仮眠室で煙草を吸っていた苦情を伝えると扉の向こうからは苦笑いが返ってくる。
「若い連中のしたことだし娯楽も必要だろう? ほかに何か楽しめそうなことがないか私もいっしょに考えてやることにするから、今回は大目にみてやってくれ」
「いつもそうではないですか、隊長。そろそろきちんと……」
こほんっ、と咳払いが聞こえる。振り返ったときにはシトリンたちのすがたはなく、首を傾げるしかない。「オクタヴィア? 急に黙ってどうしたんだ」彼が心配そうな声を上げ、「なんでもないです、もう入って結構ですよ」そう答えた。
「そうか、では失礼するよ。君はこれから?」
「巡回に戻るつもりです、少し汗を拭きたかっただけなので」
「君らしいな。あまり無理をしすぎないようにな」
「……ええ。それでは失礼いたします」
仮眠室にクレイグを残し、いったん部屋のそとに出る。ソフィアたちは大丈夫だろうかと心配しつつ巡回に戻ると「うまく行きましたね」すぐとなりでシトリンが親指を立ててニッコリとした。ソフィアもしてやったりな表情でいっしょに歩いている。
「あ……っ、え? ど、どうやってあの部屋から?」
「まだ秘密よ。それより助かったわ、彼が鈍感で」
「はあ、そうですか……。これからどうするんですか?」
「私たちは部屋に戻るわ。リタにも、もういちど会っておきたいから」
リタはパーティに参加していなかった。指導役としての任を与えられているほどなので、おしゃべりが好きなわりには相当な真面目なのだろう。自身の業務に支障が出ないよう律するメイドは他にも何人かいたようだ。
オクタヴィアも「たぶん、今の時間ならまだ仕事をしているかもしれませんね」と口にするほどで、ただの侍女として仕えているだけでなくキッチンメイドとしても周囲から評判が良いらしい。
「よく巡回中の我々にも『甘いものを食べるとリラックスするから』と言って、クッキーなどを差し入れてくれるんです。もう担当からは外れて久しいですが今でも変わらずですよ。厨房まで案内できますけど見に行ってみますか?」
せっかくの機会を逃すわけもなくソフィアは案内を頼む。
「そうね、じゃあお願いしようかしら」