第38話「協力者」
聞かされたオクタヴィアが目を丸くして沈黙する。ほんの数秒経ってから、彼女は動揺しながらもようやく口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってください。エイリン令嬢が殺されたなんてどう信じろと? 自分で言うのもなんですが彼女とはそれなりに親しい間柄でした。……とても気立てが良く、相手の身分を問わず礼儀正しく優しい少女だったと記憶しています」
エイリン令嬢はうわさに違わぬ良く出来た少女で、誰からも好かれる存在だ。どんな相手からも一目置かれ、クレイグとの付き合いが始まるまでは大勢が言い寄った。身分目当ての者もなかにはいただろうが、純粋に恋焦がれた者は多い。
オクタヴィア・ウェブリーには誇らしい友人だった。
「ええ、だから突発的な出来事だったと私たちは考えているの」
「そんな。……でもどうして今になって?」
「コールドマン家の長女についてはご存知かしら」
「リズベット令嬢のことでしたら存じ上げております」
バーナム家との縁談を破棄し、一介の旅行者としてコールドマン家での安泰を捨てて夢を叶えようとした女性。それがリズベット・コールドマンであり、エイリン令嬢は彼女のことをいつも自慢の姉だと語っていた。アゼルたちにとってはあまり良い娘とは言えなかったようだが、姉妹たちからはいつも愛されていたようだった。
「いろいろあって私とリズはいっしょに旅をしているの。でもあの子の父親と揉めてしまって……。端的に言えば、彼の雇った誰かさんに脇腹を刺されたのよ」
「さっ……ええ!? それが本当なら大問題ではないですか!」
大声を出してしまい、咄嗟に口を塞いで申し訳なさそうにする。
「私はいいのよ、こうして生きてるし彼も今は必要以上に手出しできないだろうから。でも問題は彼がエイリン令嬢を失ったことでリズを捕らえ、後継者としての立場を強要していることよ。自分の責任を押し付けて現実逃避をしているのかもね」
アゼルに突きつけられた現実は、たとえそれが偽りの可能性があったとしても厳しい。何もかもが狂ってしまった事実をリズベットに押し付けることで逃れられると思っているのだろう。過ちの繰り返しとは考えていないのだ。
「リズを連れだすのに最初は力づくも考えたけど、いろいろと見えてきた今となっては話し合いで解決するほうが良いかと思って。その機会を作るために、シトリンさんが……ああ、このとなりにいる方なのだけれど、彼女の言うエイリンが殺された可能性を追い掛けて今も調べているのよ。そして私は犯人の目星もなんとなくついてる」
その言葉にはシトリンもぎょっとした。
「ソフィア様。犯人の目星がついているとはどういうことです?」
「今日、町で聞き込みをしたときに煙草を吸ってる二人組を見掛けてね」
指でつまむような仕草をしてニヤッとする。
「見かけたのは近衛隊のクレイグ、それから茶髪の男よ」
「クレイグ隊長が煙草を? そんなばかな……あっ、しかし」
にわかには信じがたい話だったが、それでも可能性を捨て去ったりはせずオクタヴィアは心当たりをひとつ持ちだした。
「茶髪の男でしたら今日巡回に出ていたヤーキスがそうです。ヴェルディブルグの出身は多くがブロンドですが、近衛隊には何人かそういう人物がいるんです。町の巡回は常に複数の兵士が二人一組で行いますから、クレイグ隊長といっしょにいた茶髪の男は彼に間違いないでしょう」
すこしショックを受けた様子でうなだれている。ソフィアの言っていることが話半分だとしても──たとえば煙草を吸っていたのが部下だけだった場合でも──クレイグは不始末を隠蔽したわけだ。副隊長である自分には何も相談してもらえなかった、おなじ信頼し合う仲間のはずなのに。それも規律と誇りある厳粛な近衛隊内部で起きたことを。
「残念です、こんな話を聞くことになるなんて」
「それだけで終わらないわ。どう、協力はしてくれる?」
落ち込んだのも束の間、彼女はきりっと表情を正す。
「もちろんです。我々はヴェルディブルグの由緒正しき近衛隊であり、規律を順守し模範的な正義であるべきなのです。クレイグ隊長がそれを隠蔽するというのなら、私は明るみにしてみせましょう。……が、しかし、ぼや騒ぎも彼らの仕業だと?」
ソフィアが頷く。さらに「それだけじゃないわ」と続けた。
「エイリン令嬢は殺され、自殺に見せかけられた。あなたの言う由緒正しき近衛隊の誰か──いえ、誰かたちに。だから私はあなたにも話を聞きたくて──」
突然、オクタヴィアの目つきが変わってソフィアの口を押さえて「静かに」と指を立てる。シトリンには自分の傍に寄るよう目配せをして、小声で言った。
「話の続きはあとで。誰か来ます、今は隠れてください」