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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第二部 スケアクロウズと冷たい伯爵
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第36話「話がしたくて」

 祝宴は盛大に行われた。無礼講という宣言のもと、普段は近寄りがたいとしていた女王陛下の傍にいてもいいということでメイドたちも──とくに年代が近い者たちは──彼女に興味津々にあれこれと質問をした。好きな食べ物や、夜に眠る時間、公務の忙しさ。好きなひとはいないのかと尋ねる者さえいるほどだ。


 そして、ただのいちどもアニエスが言葉を濁すことはなく、ひとつひとつを丁寧に答えたうえで心から楽しんでいた。彼女の人生で、おそらくは最初で最後になるかもしれない盛大な誕生日パーティは会場にいた全員の心と記憶に根付いたことだろう。


「ソフィア様、疲れた顔をされているようですが」


 ぽんと優しく肩を叩かれる。メイドのひとりだと思って振り返ると、そこに立っていたのはシトリンだった。いつの間にか帰って来ていたらしい。


 会場では飲んだくれの兵士たちがいびきをかき、メイドたちは壁にもたれかかって身を寄せ合うようにして眠っている。アニエスも玉座にすわってすうすうといつの間にか寝息を立てていた。もうパーティが始まってから数時間は過ぎており、飲みに飲んだ結果だろう。ソフィアはほとんど酒を口にしていなかった。


「ええ、朝からだもの。それよりいつ帰って来たの?」

「さっきです。ずっと探してたんですよ、アニサという侍女を」


 みればシトリンもかなり疲れている様子だ。服もいささか土で汚れていて、「なにかあったの」とソフィアに尋ねられて大げさに肩を落とす。


「見つけるには見つけたんですけど思った以上の姉御肌な感じの方で……。聞きたいことがあるなら仕事を手伝えって。本当に責任を感じて辞めたのかも疑いたくなるほどでしたよ。まあエイリン令嬢の話を切り出したら、かなり落ち込んでいらっしゃったので間違いはないかと思いますが」


 ひさしぶりの重労働だった、と暗い顔をする。


「しかも彼女の知っていること自体は我々が調べていたものと大して差はありませんでした。……ですが、エイリン令嬢と仲が良かった数名の方は聞き出せましたよ」


 覚えきれなかったらしく、メモを取り出して広げて、書いてある名前をひとりずつ読み上げた。


「まずひとり目は当然、近衛隊長のクレイグ様。それから副隊長のオクタヴィア様、メイドのリタ様。あとはアニエス女王陛下ともそれなりに仲は宜しかったようです」


「そう。……副隊長のオクタヴィアというのは?」


 初めて聞く名前だ。そのすがたさえ見たことがない。


「フルネームはオクタヴィア・ウェブリー。近衛隊のなかではクレイグすら凌ぐのではと言われているほどの腕を持つ女性です。エイリン令嬢から直接、お茶会に誘われることもあったようですが、アニサの話ではすべてお断りになられていたと」


 近衛隊長のクレイグとは違い、融通のあまり利かない模範的な規律遵守の人間。オクタヴィアは近衛隊の副隊長であり、そうした厳しい面を持つなかで隊長にも劣らない──あるいはそれを上回る──信頼が寄せられている。


 そのためか今日のアニエスの誕生パーティにもたしかに見かけておらず、おそらくは今も城の警備を担っているのだろうとシトリンは説明する。


「城内には今も警備のために巡回している近衛隊の方々がいるようです。私がここへ来るまでに誰とも顔は合わせませんでしたが、すくなくともクレイグ様とオクタヴィア様を含む数名はお見掛けいたしました。探しに行ってみますか?」


 アニエスたちが眠ったままなのを無防備だと思いながらも、ほかに近衛隊の者たちが巡回しているなら近辺の警護はとくに強化されているはずだと提案を受け入れ、最初に探すべき人物を考えて結論を出す。


「オクタヴィアを当たってみましょう、どんな方か会ってみたいわ」


 シトリンがぱちんと指を鳴らすと紫煙がふわりと舞って会場のそとへ。「どうぞ、道案内です」彼女は小さくお辞儀した。


「あら、良かったの。私でも出来たのに」

「私のほうが魔力使いませんので」

「……それもそうね。じゃあ行きましょうか」


 辿っていけば数分と歩いた後、部下に指示を出すオクタヴィアのすがたが遠くに見える。彼女もソフィアたちに気付き、サーベルの柄に掛けていた手を胸に持ってきて深々とお辞儀をする。凛とした顔立ちに鋭い瞳が彼女の強さを物語った。


「初めまして、ソフィア令嬢。私は近衛隊の副隊長を務めております、オクタヴィア・ウェブリーです。以後お見知りおきを」


 軽い握手を交わしてからオクタヴィアは「パーティはもう?」と聞く。ソフィアが頷くと傍で待機していた部下に「会場の警備を頼む」指示をだす。


「忙しそうね。もしかしてパーティが終わるまでずっと巡回を?」

「ええ。全員が場を離れてしまうのは問題がありますので」


 今頃ははめをはずした部下たちが酔いつぶれてまともに仕事にも戻れない状態に違いない、と肩をすくめるすがたにソフィアは苦笑いをする。まさにその通りだった。


「それで、オクタヴィア。実はあなたと話がしたくて」

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