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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第二部 スケアクロウズと冷たい伯爵
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第35話「誕生日パーティ」

 いつの間にか周りの人間からときどき視線を向けられるようになっていた。それも彼女をどこか嘲って、だ。くすくすと笑い声が聞こえるか、あるいはうっすら目を細めて睨むかのどちらかで、その理由はなんとなく理解できる。


「女王陛下のご友人らしいけど、プレゼントもないのかしら」

「まったく、どこの家の者かは知らないが礼儀がなってないな」

「あの方が偉いから、自分まで同じだと勘違いしているんじゃないか」


 聞こえてくる言葉は刺々しいものばかり。うんざりするほど短い時間で聞き飽きてしまう。アニエスの顔を立てて残ってはいるが、今すぐにでも出て行きたい気分だった。


(どいつもこいつもほとんどがクズばかり。そうでなくとも見て見ぬふりをするんだから、貴族なんてそんなものよね。……不愉快だわ、本当に)


 シャンパンを飲み干し、近くにいたメイドに預けて会場を出ようとする。ただいるだけでもアニエスに迷惑が掛かってしまうかもしれない、と。


 もとより誕生日の贈り物など用意もしていなかったし、今日が誕生日であったと知ったのはついさっきだ。おそらく今朝の段階で顔を合わせれば誘いは受けたのかもしれないが、生憎とソフィアにはそれだけの時間的余裕がなかったから。


「待って、ソフィア。こっちへ来て下さらない?」


 出て行こうとする彼女に、ドレスの裾を掴むような声が響く。

 振り返った先で、多くの贈り物の箱を背にしたアニエスが立つ。


「私、なにも贈り物を用意できてないわ」

「ううん。いいの、とにかくこっちへ来て」


 透き通った芯のある言葉にソフィアは折れてため息をつく。


「……わかった。でも本当に私、何もしてあげられないけれど」

「何言ってるのよ、これからじゅうぶんすぎるほど頂くわ」


 にやりとしたアニエスは彼女を抱き寄せてから、広い会場にいる全員が聞こえるハッキリとした発音を高らかに響かせる。


「ソフィア・スケアクロウズは私が認めた数人のひとり、その立場は魔女に匹敵すると知りなさい。大切な友人を馬鹿にしたひとに振舞う料理も酒もない。今すぐ出て行って」


 会場がどよめく。女王から飛び出した言葉に「余計なことを言うから」「大人しくしていればよかったのに」と互いを責め始める。戸惑いはソフィアにもあったが、それでもアニエスはさらに続けて──。


「それともひとりずつ指をさしましょうか。あなたたちが意気揚々と贈り物を私の前に並べて、なにを持ってきただの、どこで選んできただのとお互いをけん制するための自慢話をされてうんざりしていたところよ。あまつさえ私の友達に向かって吐く言葉がそれならもう結構。ここにあるものはすべて持って帰ってちょうだい」


 謝罪をする者、媚びへつらうような笑みを浮かべてすり寄って来る者、いつか後悔すると小声で悪態をつく者たち全員が例外なく贈り物を会場にいた警備兵たちに突き返され、追い出されてしまう。残ったのはアニエスとソフィア、それから数名のメイドと警備兵だけだ。喧騒はゆっくり遠ざかっていった。


「はあ、すっきりした! ありがとう、ソフィア。あなたを利用するような真似をしてごめんなさい。……本当はこんなパーティ、開きたくなかったの」


「私で役に立てたのなら満足よ。でも寂しくなってしまったわね」


 広い会場に残っている人数はすっかり数えやすいほどだ。アニエスはパチンと指を鳴らしてすぐ近くの警備兵を呼びつける。


「手分けしてメイドたちに会場へ来るよう伝えて、もちろん近衛隊のあなたたちも。参加は自由だからゆっくり休みたいという子には自由時間を与えるわ。今夜だけは無礼講よ。……まあ、全部済んだら明日の朝にはみんなで片づけを手伝ってもらうけれど」


 兵士の男が顔をぱあっと明るくした。


「承知いたしました。すぐに伝えて参ります!」


 残っていた兵士もメイドも、ばたばたと会場を出て行く。しばらくしたらいっぱいになるとアニエスはにこやかだ。


「……ソフィア。私のやってることは女王という立場から考えたら誰でも否定することかもしれない。でもね、やっぱり誕生日には、私が産まれたことを本心から喜んでくれるひとといっしょがいいの。それから、私のために尽くしてくれるひとたちのために何かをしてあげたいんだ。誕生日って、ただ祝ってもらうだけじゃなくて、私が産まれたことを喜んでくれるひとたちへの感謝をする日でもあると思うの」


 うーんと伸びをして無邪気に笑う彼女のすがたは、等しくどこにでもいる少女のひとりそのものだった。


「リズベットも来れたら良かったんだけど、それはちょっと贅沢かしらね? でもソフィアがいてくれて、今年は本当にうれしい誕生日だわ。あなたたちと出会えて本当に良かった。ローズ様がめぐり合わせてくれたことを感謝しなくちゃね」


 しばらくして多くの足音と話し声がいくつも聞こえてくる。会場までやってきたメイドや近衛隊の面々が、アニエスとソフィアに視線を伸ばす。


「参加者はこれで全員です、女王陛下。言われた通りお伝えしました」

「ご苦労様。ゆっくりしていって、今日は日々の疲れを癒してちょうだい」


 それじゃあ、とアニエスは近くのテーブルにあったシャンパンを手に掲げる。


「私が本当にやりたかった誕生日パーティをこれから始めます!」

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