第34話「うわさ」
メイドたちは彼女を会場ではなく先に試着室へ連れて行き、今着ている臨時のものとは違う新しい豪華なドレスを選び始める。パーティに出るのに、アニエス女王の友人を適当なドレスで済ませて良いはずがないという彼女たちの判断だ。
「いいのに、そんなに気張らなくたって挨拶するだけで……」
遠慮がちに笑ってみせたソフィアにメイドたちがギラッと目を光らせた。
「だめです! 女王陛下のお客様は私たちにとっても大切なお客様です。他のどんな貴族の方々よりも立派なお召し物が必要になりますし、なにより絶対かわ──こほん。すぐ他の人たちは比べようとしますからね! やっぱり着て頂かないと!」
何を言う気にもなれない真意の透け具合に、ソフィアも「ああそう」と淡白な返答をするだけだった。そうしてあれでもないこれでもないと着替えさせられながら「髪飾りだけはそのままにさせて」と断りをいれる。
「なにか思い入れがあるんですね」
「ええ、とても大事な品なの。あなた、名前は?」
いちばんよく喋る若いメイドに尋ねる。
彼女は胸に手を添えて自信たっぷりに答えた。
「リタです、リタ・クロフォード。三年目になります」
「そう。他の子は新人なの?」
ソフィアの着付けを手伝うメイドはリタを除いてふたりいる。まだ落ち着きがなく緊張感が顔に滲んでいるのをリタが小さくぽんと肩を叩いてはげます。
「はい! 彼女たちは今年入ったばかりの子で、アタシは教育係をさせて頂いています。あれこれと知識はあるんですが場慣れはしていなくて」
「ふふ、でもどちらも立派なことね。よく頑張っているわ」
褒められるとリタも新人メイドたちも照れ顔をみせる。なんでもできて当たり前と教育されてきた彼女たちの数少ない慣れないことのひとつだろう。
「さ、出来ましたよ! とてもよくお似合いです!」
普段は暗めの色を好むソフィアだが、今日に限ってはカメリアカラーをした明るいドレスを着た。「薔薇の髪飾りも映えてますよ」とリタが褒める。もともと伯爵家の娘だからか気品に満ち溢れた佇まいは慣れたものに見えた。
「ありがとう、リタ。それからあなたたちも」
他のメイドたちに小さくお辞儀をする。あとは会場へ向かうだけだ。
「リタ。新人メイドは毎年入ってくるの?」
「ええ、ここでは慣例となっております。とはいえわりと激務なのでやめていく子も多いので、結局はほとんど増えないんですが」
面接に来て採用される人数はそれなりに多い。そのぶん辞めていく人間も。リタのように三年以上も働いていれば慣れてくるものだが、大抵は二年。なかにはリタよりずっと働いている者たちでも疲れ切ってやめてしまうことはある。
そうして残る顔ぶれは増えもせず減りもせず、といった状態だ。
「じゃあ近衛隊はどうなの、彼らも面談みたいなのを?」
聞いてリタは目をきらきらと輝かせて話す。
「はい! 近衛隊長のクレイグ様はご存知ですよね。彼が試験を直接担当されてるんです。優しくて強くて、みんなの憧れ……それが近衛隊長という存在で! そりゃあ女の子たちも惚れちゃうものですから、いつも声を掛けられて大変そうで」
婚約者ができたときはどれほどの女の子が泣いたかを語るリタに苦笑いをする。クレイグが巡回中に煙草を吸いたくなるのは、分からないでもなかった。
「近衛隊長なんでしょう、親しい間柄のひとはいなかったの?」
「さあ、そこまでは。仲の良い令嬢は何人かいらっしゃいましたけど」
「たとえば誰かしら……。コールドマン家のエイリン令嬢とか」
「ああ、おふたりは一時期付き合っていらっしゃいましたね。ただ……」
リタは気まずそうな顔を浮かべた。
「どうにも破談になったなんてうわさがあって、もう一年経ちますね。そういえば、それきりエイリン令嬢もお茶会に顔を出していませんし、何かあったのかもしれませんね。言いにくいんですがコールドマン家って表向きは庶民派みたいな話ですけど、貴族たちのあいだで良い話をあまり聞いたことないですから……」
エイリンの自殺はアニエスやクレイグたちの意向で公にならなかったので、メイドたちが彼女の身に不幸があったなどと知っている者はいないだろう。貴族でさえ知っているのは限られた人間なのは分かる話だ。そしてコールドマン家に良くないうわさがあるという話もソフィアには否定できない。
(これ以上、エイリン令嬢の自殺に関してメイドたちから聞き出せることはなさそう。でも犯人がだれであれコールドマン家に非があるふうに思われているのは、たぶんアゼルとかが原因ね。自殺が公にならなかったのはきっと都合が良かったはず)
遺書まであれば彼女の死はコールドマン家に原因があると思われる。実際に誰か別の人物が書いたとしても、それを論じて確かめる方法はないだろう。そうして闇に葬られ、犯人は野放しのまま時が経てば忘れ去られていく。
誰かが死んでも世界は変わらず進んでいくから。
「……見つけなきゃね、頼まれたんだもの」
「はい? なにか仰いましたか?」
「ううん、なんにも。ちょっと独り言よ」
会場の扉の前でリタたちに「ありがとう、ここまででじゅうぶんよ」と礼を言って押し開けて喧騒のなかへ飛び込んでいく。誰もが彼女を振り返った。ざわつきが広がったのは、彼女が何者かを知っている人物がいないからだ。
「ソフィア、こっちよ! どこへ行ってたの?」
彼女を見つけて手を振りながらやってきたのはアニエスだ。その表情に映ったのは喜びというよりは安堵感だった。
「いろいろあったから気分転換に外へ出ていたの。今日が誕生日だったなんて知らなくて……おめでとう、アニエス」
「ふふ、ありがとう。今はパーティを楽しんでいって」
「ええ、そうさせてもらうわ。あとでゆっくり話しましょ」
軽いハグをする。これからアニエスへの贈り物が順番に渡されることになっていて、今は時間が取れなかった。それからすぐ部屋の片隅へいって、ひとり静かにメイドから渡されたシャンパンを飲みながら、愛想笑いを浮かべるアニエスを眺める。
(私も何か買ってから帰るべきだったわね、しくじったわ……)