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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第一部 スケアクロウズと魔法の遺物
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第6話「ダルマーニャ子爵」

 まだ夜まで時間はある。せっかく来たのだからモンストン観光を楽しませてやりたいという気持ちで彼女の手を引き、アイリーンには帰ってくるまでに食事の用意を頼んでおく。店の扉を開ければひんやりした風が吹き込んだ。


「うひゃ~、夜は冷えそうだね。雪とか降らなかったらいいけど」

「暗くなる前に宿に戻るべきかもしれないわ」

「だねえ。すぐ戻るつもりだから馬車は必要ないかな」

「せっかくの散歩だもの、そのほうが私は好みよ」


 モンストンの町は穏やかで赴きがある。歩いているだけで楽しいとソフィアは話し、足取りは軽やかだ。今ならどこまででも歩けそうな気がして、リズベットも彼女の喜ぶ表情に連れてきて良かったと感じる。


 どの店に入るわけでもなく、パン屋の香ばしい匂いの誘惑に抗ってみたり、待ちゆく人々の服装をまじまじと見つめたり、ゆっくりと夕陽が沈んで夜へ移りゆく変化を楽しみながらしばらく歩いたあと、宿への帰路につく。


「楽しかったね」リズベットが言うとソフィアは頷いた。笑い合う道すがら軽く小突き合ったりするなど、城で出会ったときには考えられないようなやり取りがあった。


「モンストンをでたら、いったんウェイリッジって小さい町に寄っていこう。そこにある大きな商会が馬車を預かってくれるんだって、ちょっと高いそうだけど」


 町中の移動は馬車が便利だが、町から町を移動するときは列車を使う機会が多い。それだけの速度が出るし開発当初と比べて今では世界各地を旅するのに列車のほうが足腰を痛めたりしにくいため、旅行者のあいだではとても人気な移動手段だ。百年以上も昔にできあがった技術で、それから発展こそしていないものの利用者は多い。


 そんな旅行者のためのサービスとしてウェイリッジという小さい町の商館は個人の所有する馬車の預かり所として──馬の飼育も一定期間のあいだと取り決めがある──運営されているらしく、リズベットはソフィアとふたりで列車に乗ろうと言うのだ。


「列車には興味があるわね。私がまだ二桁の年頃には話に聞いていたけれど、城から出してもらえなかったから実物を見たことはないの」


 まだソフィアが子供の頃に列車のうわさは聞いていたが、もともとスケアクロウズ家はそれなりの家柄だったのもあり、彼女が自由に外出することは叶わず、英才教育の真っただ中では学習と睡眠に時間を費やすことばかりだった。


「列車はいいよ~。わざわざ馬をどこかで休ませる必要もないし、なんだったらアタシたちが休むくらいだよ。目的地に着くまでパンでも食べながらゆっくり外の景色を楽しんでればいいんだもん。窓は締めとかないと煤で顔が黒くなっちゃうけど」


 聞けば聞くほど魅力的に感じて、ソフィアは目を輝かせて話に聞き入る。列車なら本をゆっくり読んで待ってもいいし、食事をしたっていい。乗車賃がすこし高いので物盗りのような厄介者もほとんどいない。馬よりもずっとはやく、止まる駅にも憲兵がいるため、ときどき出没する野盗に襲われる心配もない。女性ふたりで旅行するのなら、これほどうってつけの乗り物はないだろう。


「ほら、ソフィアもおいそれと魔法は使えないでしょ? 列車ではいけないところもあるから馬車のときは頼りにすることもあるかもしれないけどね」


 世界に魔女はひとりだけ。仮にふたりいたとしても問題ないが、ソフィアは自分が魔女と名乗るのは嫌だった──本来は存在するはずがないから──ので、リズベットは気を遣って彼女が魔法を極力使わなくて済む方法を選んだ。


「助かるわ、リズ。いざというときは任せて」


 ばしっと胸を張って返す。リズベットはうんうんと嬉しそうだ。


「すまない、そこの紅い髪をしたレディ。お時間よろしいかな」


 歩いているふたりの傍に一台の馬車が停まった。見るからに高級だと分かり、御者をするひげをたくわえた男は憲兵のようにかっちりとした服装をしている。


 ソフィアは「どこのだれかしら」ツンとした態度をみせたが、リズベットは彼女の前に出ると取り繕うように胸に手を当てて深く頭を下げた。


「こんばんは、ダルマーニャ子爵様。アタシがどうかされましたか」


 彼女たちの前にいるのはモンストンの領主であり、みずから憲兵を率いる男──オルケス・カルキュール・ド・ダルマーニャ子爵その人だ。薄暗い時間にしかめっ面をして彼女たちを見つめたオルケスははっとして小さく頭を下げる。


「すまない、人違いだったようだ。君はリズベット・コールドマンだね?」


 紅い髪をした観光客は目立つので、彼もリズベットをよく知っていた。面識はないものの巡回中に幾度か見かけたことがある、と。


「暗くてよく見えず申し訳ない、紅い髪といえば君か魔女殿くらいなものでね」

「そうでしたか。……子爵様は魔女様と面識がおありなんですか?」

「ああ、最近はいちども会えていなくてね。仕事を頼みたかったんだが」


 魔女は世界各地であらゆる依頼を受けながら生活をしている。おもに貴族たちを相手にしているのもあってオルケスも二度ほど会ったことはあるが、いつ頃からか魔女は各地の貴族たちと手紙のやり取りをやめてしまい、連絡手段がなくて困っているらしい。


 そこへリズベットたちが現れたので、彼はすぐに声を掛けたのだった。


「最近、モンストンで奇妙なモノ(・・・・・)が出回っているらしいとうわさがあってね。君たちも何か聞いてないかな?──『薔薇の刻印が施された銀細工』について」

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