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私たちの戦いはここからはじまる

 翌日、葛葉はいつも通りに起き、電車に乗って出社した。

 けれど実のところ、目の下のクマを化粧で隠すのが大変だった。


(昨日いろいろあったから、色々考えすぎて寝られなかったのよね)


 だからといって、翌日休めるわけでもない。

 とはいえ、昨日はイレギュラーなことばかりだったので、こうしていつも通りの生活を送れることが、ありがたくもある。


「葛葉ー! おはよう」


 編集部についてすぐに声をかけてきたのは、同期の森井香織もりいかおりだった。


「この間お勧めしてもらったクッキー、さくさくほろほろで美味しかったよ。ありがとう!」

「あ、俺も食べました! 甘じょっぱいチーズ味で、ついビールに伸びる手が止まらなくなるんすよね」


 向かい側のデスクから興奮気味にそう言ってきたのは、後輩の小西憲太こにしけんただ。

 二人とも、「大人の暮らし手帖」における葛葉と同じ部門に所属し、旅行関連の記事を書いている。


「そう、よかったわ。今度またいいものがあったらお勧めするわね」


 自分がよいと思ったものを褒めてもらえると、素直に嬉しくて、自然に顔が綻んだ。

 次は何を紹介しようかと考えていると、香織がふと思い出したように言った。


「そういえば、今日からしばらく、外部のウェブデザイナーが来るって話、知ってる?」

「ええ、もちろん。確か、ウェブ版情報誌のリリースに向けて、協力してもらうのよね」


 確か、幅広い年齢層の興味を引きやすい、旅行関連の記事から掲載していくという話だったはずだ。


「デザインのひな型を作ってもらって、中身は私達の方で定期的に更新していくって聞いてるけど」

「そうそう。で、そのウェブデザイナーてのがさ……噂ではめっちゃイケメンらしいのよ」


 香織が声をひそめるようにして言った。


「相変わらずそういう情報は早いわね」


 くすくすと笑うと、香織は「もちろん!」と拳を握る。


「しかも業界じゃ名の知れた、敏腕デザイナーらしいし。仕事もできるイケメンとか、最高じゃない? ああ、早くお目にかかりたいわー!」

「いやいや。そんな男普通にいませんて。森井先輩、ドラマの見すぎじゃないっすか?」

「うるさい! 小西、あんたほんと、後輩のくせに生意気なんだから」

「ああっ、お許しをー!」


 憲太の頭をげんこつでぐりぐりし始めた香織に、葛葉が再び苦笑いしようとした、その時だった。

 突然、編集部の入り口の方が騒がしくなってきた。

 中でも女性社員の黄色い声が目立つ。


「噂をすれば、お出ましなんじゃないっすか?」

「えっ、うそ! もう来たの? 化粧直ししてきたらよかった」


 香織が慌ててコンパクトの鏡で化粧ノリをチェックしている。


(イケメンだとかはさておき、仕事のしやすい相手だといいけど。どんな人かしら?)


 香織を横目に声のする方向を振り向き、その人物を見た瞬間、思わず目を見開いた。


(見間違い?)


 いや、そんなことはない。

 周囲ににこやかな笑顔を振りまきながら、颯爽と歩いてくる長身男性。

 それは、紛れもなく、


「え、え、えええええ!?」


 昨晩再会し、そして追い出した幼馴染――蔵王、その人だった。


「虎月先輩、どうしたんすか?」

「え、ああ、いや。ちょ、ちょっと用事を思い出して」


 顔を引きつらせ、思わずその場から離れようと試みたのだが、時すでに遅し。


「今日から一緒にウェブ企画を進めることになりました、デザイナーの郁嶋蔵王です。どうぞよろしく」

「私は編集長の稲川利佳子です。こちらこそよろしくね。まさかあなたみたいな人気デザイナーさんに依頼を受けてもらえるとは思っていなかったから、感謝しているわ」

「いえいえ、紫陽社さんの雑誌は記事の内容が濃く、読みごたえがあると感じていました。しかも、レイアウトも秀逸で、見習わせていただくことがたくさんありそうです。今回このように一緒に仕事ができるなんて光栄です」


 編集長と蔵王が握手を交わしている。もう、仕事は始まってしまっているのだ。

 愕然としたままその様子を見守っていると、不意に蔵王がこちらを見た。

 視線が合ってしまい、硬直する葛葉に、蔵王はにっこりと微笑んできた。

 その笑みを見て、葛葉は瞬時に理解した。


(こ、こいつ! 私が勤めてるって知っててここに来たのね!)


 敏腕デザイナーとして名をはせていたことは予想外だった。しかもまさか、ここまで手をまわしてくるとは思ってもいなかった。


(きっとまた、おばあさまの差し金に違いないわ)


 そういえば、祖母は自分の目的のためには手段を選ばない人だった。

 葛葉は内心で唇を噛んだ。

 何とか距離をとりたいが、相手は仕事の契約者だ。


「それじゃあ、まずは旅行部門との企画から進行してもらうわね。旅行部門の皆、ちょっと来てくれる?」


 利佳子からそう呼ばれてしまっては、素直に行くしかない。


「こちら、以前から話していたウェブデザイナーさん。お互いわからないことは教え合いながら、進めていってちょうだいね」

「郁島蔵王です。よろしくおねがいします」


 さわやかな笑みに、何ならフレッシュミントの香りまで飛んできそうだ。

 香織は頬を染め、同性の憲太まで妙に狼狽えている。


(一体何なの? この状況は)


 ひくひくと口元を引きつらせたまま何とか笑みを作る。

 口では「よろしく」と言いながらも、


(私、これからどうしたらいいの!?)


 心の底で、そう叫ばずにはいられなかった。

お気づきかと思いますが、サブタイトルはノリと勢いでつけています。

お話はそれなりにシリアス風味なのですが、「第~話」だけだと味気ないかなと思ったので、あまり深く考えないでいただけると幸いです。

お話は全11章構成予定です。もしよければ引き続きお付き合いください。

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