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京都

 翌日の朝、葛葉と蔵王は新幹線から降り立ち、京都にいた。

 午前十時ということもあり、通勤ラッシュは山を越えているようだ。

 それでもまだ、駅構内は人が多い。改札を通り抜け、北側のバスターミナル方面へと向かう。

 駅ビルのエスカレーターを降りると、真っ先に青空に映える京都タワーが目に入る。

 燭台を模したその姿を見上げると、どことなく懐かしさを感じた。


(まあ、社会人になってからは、それなりに京都に来てはいるんだけどね)


 前回は春の京都特集の時に来訪しているので、九か月ぶりぐらいだろうか。

 しかし、今回は事情が違う。十年近く足を向けることがなかった実家への「帰省」だ。

 いまだに胸の奥はざわざわとして落ち着かない。それでも、腹だけは決めていた。


「……はい。わかりました。それではお手すきの時にご連絡ください。失礼します」


 葛葉の隣でスマホから虎月堂本社に電話をかけていた蔵王が、通話を終えた。


「どうだった? ……って、あまり芳しくなさそうね」

「いやあ、なんだか徹底した門前払いだね」


 からからと笑う蔵王に、葛葉は一つ息を吐いた。


「まあ、そうなるでしょうね。こちらからおばあさまの考えを突っぱねておいて、何を今更。って感じだろうし」

「僕も今回の件で、雅世様には随分と嫌われちゃったみたいだしね」


 蔵王は軽い口調で肩をすくめた。


(それってやっぱり、おばあさまからの言いつけよりも私との関係を選んだせいよね)


 譲れない選択だった。それは、葛葉にとっても、蔵王にとっても同じ気持ちなはずだ。

 とはいえ、やはり、本来なら雅世に信頼される立場であったはずの蔵王に対して、申し訳ない気持ちが湧き出てくる。

 葛葉はわずかにうつむいた。

 すると、不意に蔵王に両頬を手で挟まれた。

 否応なしに上を向かされ、唇を奪われる。

 ついばむように軽く触れ、吐息が混ざる。蔵王の視線が真っすぐに葛葉の目に飛び込んでくるのに、心臓がはねた。

 ようやく唇が離れたところで、顔面が耳まで真っ赤になるのを感じた。


「ちょ、ちょっと、蔵王っ」


 こんなところで何てことを、と言いかけたが、自分に向けられたあたたかな笑みに思わず見入ってしまった。


「言っておくけど、君を好きになったことを、僕は後悔してないよ。多少出世街道から外れたとしても、虎月堂をやめていないのも僕の選択だ。だから、君が負担に感じる必要はないんだよ」


 ふわりと微笑まれ、胸のつかえがするりと落ちる。

 眦が自然と下がった葛葉を見て、蔵王の表情も明るくなる。


「まあ、第一、僕は自分で言うのもなんだけど、優秀だからね。その証拠にまだクビになってないでしょう? ということは、雅世様は僕を手元に残しておきたいってことだよ」


 ふっと口端を上げる蔵王に、葛葉はぷっと吹き出した。


「言われてみればそうね」

「僕は欲張りなんだ。だから、どちらも諦めるつもりはないし、少しでも事態をいい方向に変えるための最善を尽くす。そのためにここに居る」


 力強く言う蔵王に、葛葉はうんと一つ頷いた。

「それでどうするの?」と問いかけると、蔵王は肩をすくめた。


「とりあえず、正攻法で秘書さんにはアポイントメントの依頼はしておいたし、あとは雅世様の気分次第かな」

「あのおばあさまが簡単に折れるとは思えないし、前途多難ね」


 思わず遠い目をして、空を見上げてしまった。


「まあまあ。せっかく休暇を取ってまで帰って来たんだから、それはそれで有意義に過ごしたらいいんじゃないかな」

「そうね。久しぶりの京都だし。……ねえ。蔵王。ちょっと寄りたいところがあるんだけど」


 おずおずと蔵王にその場所を告げると、蔵王は少し目を丸くした。

 けれども、すぐに優しく笑って頷いてくれた。

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