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疲れた後の一杯はじわりと沁みる○○の味?<後編>

 誤魔化すように、ビールが入っていたグラスをぐっと飲み干す。すると、蔵王が瓶を持って「どうぞ」と注いでくれた。


「葛葉ちゃん。無理はし過ぎないでね」


 急に飛び出した蔵王の言葉に、思わずきょとんとした。


「言われなくても、適度に飲みに行ったりしてガス抜きしてるから、大丈夫よ」

「その辺は上手くやってそうだけど。でも、気晴らしは出来ても身体は疲れが貯まってることもあるし」

「もう。相変わらず心配性ね」


 こんなやり取りは、小さい頃にも何度もした。それが思い出されて、葛葉はくすくすと笑った。

 すると、蔵王は少し小首をかしげて宙を見た。


「そうかな? 昔そう言ってた誰かさんがお稽古で疲れ切った体に鞭打って、運動会で絶対一位を取るんだって走り込んで、当日寝込んじゃったような気がするんだけど」


 そう嘯かれて、葛葉は「だって、あれは」と、一瞬口を尖らせた。


「……一位を取れば、おばあ様が喜んでくれるって思ったから」


 ごにょごにょと口籠るように、言い訳をする。


「うん。それで本当に無理を押して参加して、一位を取ってしまうのが君らしいところ」


 蔵王は苦笑すると、葛葉をじっと見つめてきた。

 あの時、疲労で熱が出ているにもかかわらず、涼しい顔をして学校に行った。

 蔵王は心配して、止めてくれた。葛葉は、それを押し切って出て行った。

 頭はぐらぐら揺れて、視点は定まらなかった。でも、誰も葛葉が熱を出していることに気づかなかった。休憩時間に、心配した蔵王が何度も駆けつけてくれた。

 結果的に、クラス代表で出たリレーはアンカーの葛葉がごぼう抜きをして一位になった。

 葛葉が抜ければ、他の人にも迷惑がかかる。だから、休めなかった。

 でも、蔵王が言いたいことはわかっている。


「わかってる。あの後、終わった瞬間に、私は倒れた。蔵王がついていながら、どうしてそんなことになったんだって、あなたが怒られた」

「それは別にいいんだよ。実際、最終的には無理を黙認してたのは事実だし。でも、君には健やかに幸せになってほしい。その願いは変わらない。昔も、今も。ただ、それだけだよ」


 所詮、子供の頃のことだ。でも、どこか気恥しくて、葛葉の顔は自然に赤らんだ。

蔵王の真剣な眼差しを受け止めることができず、わずかに視線をそらす。


「私は、元気だし、ちゃんと幸せよ」


 やっとのことで言葉をひねり出す。すると、蔵王はふと表情を緩めて、手にしたビールを少し口に含んだ。


「そう。ならいいんだ」


 空になった瓶ビールの追加を注文して、そこからは故郷の話に華が咲いた。

 まるで同郷の友人が出来たような、不思議な感覚を覚える。

 それもこれも、蔵王があくまで幼馴染として接してくれているからだろう。

 ゆるゆると心のガードが下がっていく。


(ふわふわするのは、きっと疲れとお酒のせい)


 それでも、今はこの心地よさに身をゆだねたい。

 何を隠すこともなく、気取ることもない。自然体で飲めるお酒は、一人で飲むよりもずっと美味しく感じた。

 都会に出てきて気を張り続けていた心が、癒されていく――そんな気がした。



 翌朝。

「葛葉のお陰で、無事入稿出来たよー! ありがとう!!」


 泣き声交じりでそう言ったのは、香織だ。


「本当にありがとうございました! まさか僕まで途中離脱することになっちゃって。先輩には、ご迷惑をおかけしました!」


 一晩寝て回復したのか、憲太も無事元気に出社してきた。憲太もまたようやく安心したのか、瞳を潤ませている。


「いいのよ。こういう時こそ、チームでしょう。無事に終わって良かった」


 そう言いながら、葛葉は憲太の方を見た。


「今回は非常事態だったから香織と私が全面的にフォローしたけど、これからはぎりぎりになる前に相談をすること。わからないことや困ったことがあったら、遠慮なく聞いてちょうだい。早めに相談すれば、解決できることはたくさんあるから」


(まあ、私も結局、蔵王に助けられたんだけどね)


 内心苦笑していると、憲太は何度も何度も頷いて、


「はい! 肝に銘じます! これからは皆さんにご迷惑をおかけしないように、精進します!」


 眩しそうに葛葉を見つめながら、力強くそう言った。

 そして、意気揚々と再び仕事に入っていった。

 その後ろ姿を見守りながら、香織がふっと口角を上げた。


「ありゃー……小西ってば、ますます憧れの先輩への想いが強くなっちゃったんじゃないかしらね」

「ん? なにが?」

「まあ、当のお相手の方は全然気付いてないみたいだけどね」


 きょとんとしたままの葛葉に、香織はふふふと妖しく笑いながら、自らもまたデスクに戻っていった。


「……変なの」


 ぼそりと呟いてから、葛葉もまた、今日の仕事に取り掛かる。

 無事にやり遂げたという達成感からか、気分は晴れやかだ。

 今日一日もまた、しっかり頑張れる気がした。

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