今日も定時ダッシュ
新しい職に就いて一週間。
まだ慣れないが、聞いていたとおり前職はなんだったのかと思うくらいのホワイト企業だった。1時間前に来なくていいし、完全週休二日で休みの日や深夜早朝に急な連絡も呼び出しもなく、定時になればお疲れ様ですと社員がパソコンを閉じて退勤していく。
帰っていいの? まだ続きあるけど帰るの?? 残りは明日にしましょうと声をかけられた崇仁は返事をしたものの戸惑いの色が濃く、それを見越した凌が迎えに来て帰路に着くことが続いている。
職場の空気も、威圧的だったり不機嫌そうだったりする人はおらず各々が仕事をまっとうしていてやりやすい。
途中経過を報告しながらいくつか質問をするときも、誰しもが新参者相手に丁寧に接してくれている。
こんな世界が実際にあるのか。崇仁は感心した。もちろんもっと慣れれば見えてくるものがあるとは思うけれど。それでも段違いである。
昼休憩もきっちり1時間。
休憩室もあり、思い思いに過ごすこの時間は業務中とは変わって砕けた空気で大変和やかである。
まさか自分が昼になにを食べようか選ぶことに迷う日がくるとは。
表情には出ない質だが、凌にはしっかり伝わっていて昼食を共にするたびにげらげら笑われた。
職場でカツカレーを食べるのかと凌へ信じられないものを見る目をすると、食べたいものを食べてなにが悪いのかと返される。においとかつくだろ昼にカレー食べるとかありえねーと言っていた前職の上司はなんだったのだろうか。
生姜焼き弁当を完食した崇仁だったが、自分の中の常識が世間とずれていたことを再認識するばかりだ。
「ムギちゃん元気?」
あとで歯磨きすればいいだけじゃん、なんてまだからかってくる凌が、ようやく話題を変えてくれた。
自宅で留守番をしている子犬のことは、毎日と言っていいほど話すが相手も飽きることがないらしい。崇仁は頷いてスマートフォンを取り出す。
「少し大きくなった」
「見たい見たい。カメラ出してよ」
頷いてアプリを起動。留守中の部屋を映した。
ゲージの前に引っ張り出されたタオルのところで、もぞもぞ動いている毛玉が見える。
「コムギ」
呼ぶと、パッと顔が上がった。
あれれ??? とでも言いたそうにきょろきょろと首を巡らせるのに、二人して吹き出してしまう。
「ムギちゃーん」
凌がさらに呼ぶと、カメラからだとわかったのかこちらに目を向けた。とてててと走り、舌を出した顔が近づいてくると思ったらもふもふの首元がドアップで映る。
ふんふんとカメラの匂いを確かめている鼻息がスピーカー越しに届いて、凌が腹を抱えて笑った。
コムギからはこちらが見えていないから、なぜここから声がするのかといった具合に丁寧に検分している。
きゅうきゅんきゅん、くぅん。
なにかを話すコムギの声。
「……だめだこれ、早く帰りたくなるばっかりだ」
「……そうだな」
凌が真顔でため息をついた。
心から同意した崇仁に、彼は顔を押さえながら声を絞り出す。
「俺も寄っていっていい?」
「ああ」
定時に退勤して二人揃って部屋まで帰ることが多くなるのは、もはやしかたがないだろう。
おかえりおかえり! と熱烈な出迎えを受けるのを楽しみに午後を乗り切ろうと思うのである。