お日様と風に乗って:前編
いい天気の今日は、お兄さんとお友達さんとみんなで大きな公園までやってきた。
ここへ来るのは3回目。今まではお兄さんとだけだったけど、今日はお友達の都合もよかったらしく待ち合わせをしてから電車を乗り継いだのである。
電車ではお兄さんのリュックに入っていたけれど、お友達さんが覗き込んだり声をかけたりしてくれて楽しかった。
片道30分くらいで公園まで着くと、お兄さんはわたしを出してリードをつけてくれる。
お散歩にも毎日行っているから、だんだんわたしも歩ける距離が増えてきたし他の犬と挨拶したり一緒に遊んだりできるようになってきたと思う。まだちょっと怖いけど。
入り口から順路があって、分かれ道のひとつに向かう。階段の先にはちゃんと舗装された道が通っているのに、お兄さんは毎回わたしを抱えて階段を上り下りする。今日もまたひょいと抱っこされて平坦な道に下された。
「階段下りられないの?」
「胴が長いから、腰に負担がかかるらしい」
「へー。まあ確かに大変そうだよな。ムギちゃんまだ大人サイズになってないから落ちそうだし」
落ちませんよ! もうずいぶん大きくなったんですから。お兄さんのお膝にもぴょんですよ。
ふんすと息を吐いて歩くわたしが見上げると、お兄さんと目が合って頭を撫でてくれた。
公園の中はいろんな木が生えていて、ちょっと薄暗い道を自転車やランニングしている人がわたしたちを追い越していった。大きくて緩やかなカーブを曲がると、パッと明るくなって芝生の広場に出る。
遊んでいる親子連れや、わたしみたいな犬たちがいて賑やかだ。
わーい! お兄さんお兄さん、遊ぼう遊ぼう!
走り出したくなるのをぐっと我慢してお兄さんの足に飛びつく。芝はいい匂いでゴロリと転がったり、ぐるぐるお兄さんとお友達さんの間を走ったりしてますます気持ちがいいけれど。
せっかくだからたくさん走って遊びたい。
まずはお許しをいただかねば。駆け出したところで首がしまっちゃうものね。
「今出す。コムギ、待て」
早く早く~。くるくるするわたしに、お兄さんが手をかざして制止をかけた。
むむむむっとしながらわたしはその場でお座りしてお兄さんを見つめる。
お、すごい。お友達がニヤニヤする横で、足がむずむずするのを我慢して、お兄さんが黒い鞄からわたしのボールを取り出すのを待った。
「行くぞ。それっ」
振りかぶってから、ワンバウンド。
ポーンと高く跳ねたボールをよく見て、走ってジャンプしてキャッチ。プピッと口の中でボールが鳴いた。
「ムギちゃん上手になったねえ」
本当? そうでしょそうでしょ! えっへん!
お友達さんがスマホをわたしに向けながら褒めてくれたので、お礼に咥えたボールを走って持っていった。もちろんお兄さんも一緒に走っているけど、最近は息切れしなくなっているからお散歩と筋トレの成果が出ているのかもしれない。
それからお友達さんにも投げてもらったり、ぐるぐるになったリードでお兄さんの腕が変な方向になったりしつつ、たぶん20回くらいは同じようなことしたかもしれない。でもぜんぜん飽きないんですよね。ボール楽しい! お兄さんとボールすごく楽しい~!
芝生を頭につけてヘッヘッと笑うと、お兄さんがわたしの前にしゃがんだ。
「金具が噛んでる」
わたしの首輪を捕まえながらリードの金具を外してカチカチする。そういえば、お兄さんはあんまりこの金具が好きじゃなかったなあと、初めてお散歩に行ったときのことを思い出していたら。
すごい勢いで初めて嗅ぐにおいが来て、わたしはハッと顔を上げた。
――大きい犬の影。
バウッ! と低い声で鳴いた犬がのしかかってきていて、わたしは慌てて地面を蹴った。
「コムギッ!」
お兄さんの指はわたしからすっかり外れてしまって。
リードをしていない彼はボールを落として走ったわたしを、逃すものかと追いかけてきた。あんまり好きじゃないにおいに、わたしは余計に足が早まる。
おいお前逃げるなよ! 生意気だぞ! といじわるな声がワオワオ言っているけどヤダヤダ! なんでこっちに来るのよぅ!
「コムギ!」
お兄さんがこっちに走っているのを視界の端っこで見た気がするけど、犬がお兄さんのほうへ行かせてくれない。わたしは必死に植え込みを抜けて道を横切って、暗い木の間もすり抜けて走って走って走って。
ハッハッハッと息が切れる。
雄犬はまだ追ってきていた。
公園を抜けて柵を超えて、見かけた塀の隙間に滑り込む。相手のほうが大きくてまごついた隙に一気に歩道を駆け抜けた。
そして、気付いたら。
ぜんぜん知らないところに、わたしだけ。




