被害者の身元
「熊にそんな事出来ないよ。引っ掻いたり噛みついたりは出来るけど、足をもぎ取るのは無理……分かりきったことを何で聞く?」
聖は薫に問う。
「セイに聞いて確認したんや。熊でないとしたら……殺人事件に、間違い無いな」
「……殺人事件?」
惨たらしい有様が目に浮かぶ。
河原に横たわる遺体。
屍肉を啄むカラスの群れ。
「上流で溺れて、あの河原に打ち上げられたのでは?……岩に当たって身体がバラバラになったんだ……」
聖は、
水難事故だと受け止めていたのだ(そうではないと、ハッキリ見たはずなのに)。
「セイ、あの場所でテントを張っていた形跡があった。上流へ徒歩で移動し、皆が溺れ、皆が元の場所に打ち上げられたと?……可能性はゼロでは無いか」
薫は川を見ながら呟く。
「いいや。ゼロだよ。……自然の力ではあんな事にはならない」
アレは人がやった事だ。
分かっていたはずなのに、
心が、事実を受け入れるのを拒否したのだ。
5人、子どもまで皆殺し。
そのうえ男2人は身体を切断。
隠蔽もせず放置。
残酷で
無造作で
とても人間のやった事と思えなかったのだ。
「犯人は複数やろな。男2人やられてるからな。どんな鬼畜野郎か見当もつかんわ」
薫は大きなため息をついた。
惨たらしい事件に、さすがに気持ちが沈んでいるのかと
ちょっと心配。
でも、よく食べているので大丈夫そうだ。
バリバリとヘリコプターの音。
「セイ、ニュースで写ったらヤバイな。退散しよか」
現場近くの河原でバーベキューしている男2人と犬一匹。
上空からは丸見えだ。
薫は(非番だけど)現場に戻ると言った。
県道に単車を置き、河原を歩いて工房まできたので、
また、同じ道を戻るという。
「車で送ろうか?」
提案したが
「いや、川を捜索しながら戻る」
と、ジャブジャブ川へ入って行った。
シロが薫に続いて川へ入る。
「シロ、駄目だよ。カオルは仕事だから。付いて行っちゃ駄目」
シロは(駄目なのか?)
振り返り、その次に聖では無く、カオルの顔を見る。
「シロ、なんか見つけたらゲットしてや。頼んだで、相棒」
薫は同伴を許した。
その夜、聖はマユと一緒に夜中のニュースを見た。
奈良県○○の河原で子ども1人を含む5人の変死体発見。
警察は身元の特定を急いでいる。
これ以上の情報は無かった。
「まだ身元が分かっていないのね」
マユは何か引っかかるような口ぶり。
「発見から数時間しか経ってないから」
「ねえ、2日間土砂降りだったのよ。家族がいて、キャンプに行ったと知っていたら心配するわ。連絡が取れなければ捜索願いを出すでしょう?」
被害者達がどういうグループだったのか、気になると言う。
「男性2人、女性2人、子ども、だったわね」
「そうだよ」
「家族かしら?……祖父母と父母、子ども。家族全員死んだのなら、捜索願いは出ないわね」
「いや、それは違うと思う。大人4人は多分30代。50、60じゃない。」
「3人家族と、友人かな。友人は夫婦か恋人。それで、誰からも捜索願いが出てない、すぐに身元が分からないって、変でしょ。だからね、そんな有りがちな関係ではないと思う」
この、
マユの推理は当たっていた。
三日後に身元が判明し、
A:男35才。住所は大阪府大阪市。職業不詳
B:男32才。住所は大阪府東大阪市。輸入雑貨卸業。
C:女39才。住所は奈良県桜井市。無職。
D:女38才。住所は大阪府八尾市。看護助手。
E:女8才。Dの子
SNSで知り会い、このキャンプが初対面と分かった。
「男2人はオンラインゲーム仲間だった。7月27日、遺体発見の2日前の朝、Bが出会い系サイトでキャンプに一緒に行く女性を募集したらしい」
「それで女性2人が参加したの? 随分……軽いのね」
「Bのアイフォンの履歴で分かったみたい」
「記事になってるのは、殺人事件とはっきりしたからね?」
「うん。現場近くに停車していた車が盗難車だった事も、公表してる」
「Bが盗んだの? ……悪い人かも知れないのね」
「そうだけど、この事件に関しては被害者だ」
「ええ。被害者。だけど悪い人は災いを呼び寄せるわ。誰かに殺される理由もあるかも。
ねえ、犯人のターゲットは1人だったんじゃない? 他の4人は口封じと、捜査攪乱の為に
殺されたのでは?」
「成る程。仕事は輸入雑貨業。ヤバイ取引とかの、闇に足を突っ込んで、怖い組織と関わって……」
数人の怖い組織の手下が
河原に現れ、
一言も発さず
5人を次々に殺し
チェーンソーで
遺体の一部を切断し
速やかに去る。
そんな光景を想像して、背筋が寒くなる。
だが、
この推理は、現場の状況と矛盾はないと思う。