熊
聖は、河原の岩に腰掛けて
警察官が来るのを待った。
遺体が在る辺りから10メートル離れている。
とても、それ以下に距離を縮める勇気は無かった。
無残でグロくて……恐ろしすぎた。
カラスを追っ払わなければと考えたが、それはシロが、やってくれた。
カラスたちは、
食事を始まったばかりだったのか
遺体の表面を啄んだ程度で
内蔵を引きずり出す段階では無かった。
先ず、110番して、
それから結月薫に電話を掛けた。
薫には繋がらなかった。
留守番電話に用件を告げた。
今すぐにでも
薫に来て欲しいと願った。
十五分ほど過ぎた頃、定年が近そうな年頃の警察官が1人来た。
現場から一番近い駐在かもしれないが、面識は無い。
現場を一目見て、
「えげつない事になってますなあ」
暫く呆然としていた。
「県道に、大阪ナンバーのワゴン車が停まっていましたわ。アレで来たんでしょうな」
と言い、応援の電話を掛けた。
次に、聖は幾つか質問を受けた。
第一発見者への型どおりの質問だ。
そして、
「また、ご連絡するかも、分からんです。ご苦労さん、でした」
すぐに解放された。
シロと山田動物霊園事務所前に戻った頃、
複数のサイレン音が聞こえてきてきた。
「神流さん、徳田さんの家、分かりました?」
矢野は事務所前で待っていた。
「いや、それどころじゃなくなって……」
河原で人が死んでいたと、知らせる。
家を捜しに行った事などすっかり頭から抜けている。
「うわ、死体ですか。……マジ、この山、呪われてません?」
矢野は怖がっているというよりは、
面白がっている様子。
山奥の動物霊園の店番を1人でしているのだ。
恐がりでは勤まるまいが。
「あ、あ、それなら、ニュースでやりますね」
慌てた様子で事務所の中に入った。
テレビでも見に行ったのだろう。
「シロ、腹減ったな。そういえば昼飯まだ食べてない」
河原でバーベキューの用意をしているときに
矢野に呼び出されたのだった。
「バーベキューは、また今度にしよう」
生々しい人間の血と肉を見た後で
生肉を触る気分にはなれなかった。
鮭の切り身をたっぷりのバターで焼き、
残ったバターでナスとご飯を炒めて
ニンニクスライスでトッピング。
簡単な料理をして
シロと食べている最中に……
結月薫が、現れた。
「腹減ってるねん」
と言う。
ノックもせずに、いきなり入って来た。
吊り橋を渡るオートバイの音もしなかった。
驚いていたら、
次の瞬間には、向かいに座っている。
紺のポロシャツにベージュのチノパン。
腰周りは軽い。
仕事中では無い。
「カオル、俺とシロの分しか、無いよ」
「みたいやな。でも腹減って死にそうや。なんか作って。いや、自分で作る」
勝手に作業室兼調理場に入っていった。
数分後に
肉と野菜の載ったステンレストレイを持って出てきた。
「バーベキューしよう。今からしよう。下に用意してるやんか。見たで」
嬉々として言いながら
……あれ?
……カオル、何しに来たの?
……もしかして、留守電聞いてないとか?
……非番で何も知らないとか?(サイレン凄かったけど)
「今は生肉触りたくない。グロいの見たから」
言ってみる。
知らなかったら、何を見たかと聞くだろう。
だが、
「動物の解体は慣れてても、アレはキツかったんやな。分かった。肉は俺とシロが食べる。河原でじっくり話聞くわ」
やはり、訪問の目的はアレ、だった。
「水被ってるし、腐敗が進んでるし……ぐちゃぐちゃやったな」
薫は、肉を頬張って喋る。
「お前、よく平気で、食えるな」
「めちゃ、上等の肉やんか。牛やんか」
「普通、牛だろ?」
「いや、そこらで捕まえた猪か、熊の肉かもしれないやん」
「猪はクセがあるから、煮て食べるだろ……熊は長いこと見てないけど」
「そうやな。俺も長いこと、熊の目撃情報は聞いてない。だからといって、熊に襲われた可能性はゼロでは無いな」
男2人の遺体は、両足が切断されていた。
切断口が痛んでいて、
何によって胴体から切り離されたのか
現場では推測できなかったと言う。
「セイ、成人女性二人、女児一人の遺体の外傷についても、熊か、カラスか、見たところ分からなかった。5人の遺体は、近い場所にあった。近くにテント。コンロや網、食材、ビール等が入ったクーラーボックス……」
肉を焼く臭いにつられて山から熊が下りてきた。
反撃に出た男2人と格闘になり
興奮した熊は2人を惨殺。
女達と子どもは腰を抜かして悲鳴を上げるだけ。
熊は
甲高い声に苛ついた。
1人づつ、掴んで首を折り、河原へ放り投げた。
「熊も怖かったやろうから、とっとと山に逃げ帰ったんや。セイ。どう思う?……熊に襲われた可能性、あるやろ?」
「熊、じゃないだろ」
「違うと思う?」
「あれは、熊の仕業じゃない」
聖は断言した。
「セイ。何でそう思うのか、教えて欲しい」
根拠を語れと。
薫は真剣な眼差しを、向ける。