送別会
矢野の手をちゃんと、見たか?
その事が頭から離れない。
「なあ、シロ。アイツは関係ないよな」
シロに何回も言ってしまう。
シロは黒い瞳で真っ直ぐに聖を見つめ
「ワン、ワン、ワアン」
と。
(会いに行けば、いいじゃん)
と聞こえる。
マユにも、そう言われた。
(セイ、矢野さんはログハウスの場所を知っているのに、知らないと嘘ついたの?……そうじゃないなら、全然怪しくないヨ。疑っているの、失礼だから、さっさと会って確認すれば?)
矢野は、徳田の家を知らないと、思っていた。
だが、はっきり聞いた覚えは、無いのだ。
「そうなんだけど……行く用事ないし、それに……」
確かめるのを、どこかで躊躇っている。
何故なのか、自分でも分からない。
ウジウジ考えていたら
久しぶりに山田鈴子から電話が掛かってきた。
「兄ちゃん、今晩、事務所に来てくれへんか? 8時丁度に来て。上等の寿司、食べに来て。お酒もある。今夜は満月や。皆で、お月見、しよう。……ほら、遅くなったけど、仕事手伝って貰ったお礼や。矢野が世話になったらしいやん。刑事さんも誘ったからな」
「あ、有り難うございます」
タイミングが良すぎる誘い。
矢野が同席すればの、話だが。
「あの、皆で、って……社長と薫と、俺と……」
「あと、うちの矢野君や。もちろんシロちゃんも」
「……行きます」
あれしきの手伝い(ラッシーの死体を焼却炉に入るように変形させただけ)。
にしては大げさな、<お礼>
何故か、薫を誘っている(薫は何も手伝ってないのに)。
「待てよ。どうして俺より先に薫に連絡した?……もしかして、薫の都合に合わせたのか……、刑事の都合に」
約束の時間に間に合うように
シロと工房を出た。
酒、と聞いたので、車は使わない。
夜風が冷たい。
白衣の上にダウンジャケットを羽織る。
「シロ、大きな、まん丸い月だな」
良く晴れて、星も綺麗だった。
「なんだ、あれ?」
行き進むと、先に赤い光。
パトカーが1台、停まっている。
「どゆこと?」
わけがわかず、その場に立ち尽くす。
何気に時計を見ると、丁度8時だった。
山田動物霊園事務所のドアが開く。
中から、3人出てくる。
薫と矢野と鈴子。
薫が、聖を見つけた。
こっちへ来いと、手招き。
「ごくろうさん。矢野君が、セイに一言いたいそうや。聞いたって」
聖は矢野を眺める。
矢野は、泣いている。
(何で、君は泣いてる?)
この状況が、
すぐには理解出来ない。
でも、矢野の手は、いやでも視界に入った。
左手が、何枚も折り重なっている。
太い指や小さい指が
イソギンチャクの触手のように
うごめいている。
一番見たくない、
それも極めておぞましい
<人殺しの徴>
だった。
「俺、自殺を手伝っただけです。それって人殺しじゃないですよね。……神流さんは人殺しは見れば分かるんでしょ?」
救いを求めるように見つめられ、
おぞましい手がこっちに伸びる。
切実な問いには答えられない。
(君は人殺しだよ。前に会ったとき分からなかったのは、徴が隠れていたから)
言えやしない。
言いたくない。
「ゴメン。矢野さん。俺、何のことだか分からない」
それだけ言って、矢野から目を反らした。
「もう、ええな」
薫は矢野を、(パトカーから降りてきた)2人の警察官に引き渡した。
「あのう、……お寿司に、お酒、っていうのは……?」
パトカーが去った後、
聖は鈴子に聞く。
腹が減っている。
今起こった出来事が予想外だったのは自分だけ。
鈴子と薫は、相談して
矢野から自供を取り(経緯は不明)
8時に身柄確保と決め
同時間に、自分を、ここに呼んだ。
と、
だいたいの事は見えてきた。
つまり
鈴子と薫が共謀して自分に嘘を付いた訳だから
寿司も嘘かも。
「……にいちゃん、ゴメン」
鈴子が、謝ってる。
やっぱり、寿司は無いんだ。
ちょっとショック。
「矢野が、上等の寿司食べたい、言うから、出前頼むつもりやった。でも、持って来てくれるとこ、無かった」
「あ、……そうなんですね」
一番近い店でも50キロ先。
山奥の霊園で、そのうえ惨殺事件現場近く。
そりゃあ、断られる、かも。
「ほんでな、寿司の次に何食べたいか聞いたら、焼き肉、いうからな」
と、横から薫。
「俺が超高級肉を仕入れて、焼き肉で送別会になってん」
「……送別会か。3人で送別会したんだ」
矢野の送別会。
もう終わった。
終わった頃に自分は呼ばれたんだと、分かった。
ちょっと悲しい。
「ほんで、今からは、打ち上げ、やで。3人と一匹で」
「打ち上げ?。……そっか。事件解決で、打ち上げパーティ、なんだ」
かなり嬉しい。
「俺の、俺とシロの肉が残ってる? 超高級の肉、」
そういう事なら、早く中に入って
食べたい。
でも、薫と鈴子は
外に居て、何かを待っている様子。
「にいちゃん、肉もあるけど、会席料理も頼んでる。もう来るわ。ほら、一回、兄ちゃん、うちの会社で食べたやろ。あの店や」
なんと、
はるばる大阪市内から
持ってこさせるのだ。
「セイ、月が綺麗や。御馳走もやってくる。ええ夜や。矢野から聞いた真相は、俺がゆっくり聞かせてやるからな」
薫が嬉しそうに言った。




