あなたは私の希望の光
初作品。総体的に手直ししたくなるのは分かっているのですが、勢いつけるために投稿します。
「公爵令嬢ローズ・フィン・バルロム!私は今ここで、貴様との婚約を解消する!!」
興奮気味に人差し指を強く差し示し、静まり返ったダンスホールに大声を響かせているのは帝国アズシランスの第二王子オレンシヲ様である。
燃えるような赤毛、王家を示す金眼の持ち主である王子様。
そんな王子が、えらいどや顔で
「貴様の悪事はすべて知っているのだからな!!」
などと…。
あほか、このくそ屑が…。
「悪事、でございますか?それはどのような?」
口元を覆い隠すように広げた、令嬢ならば誰しも持ち合わせているだろう繊細な細工の入れられた扇の中に、今日は鉄棒が仕込まれていないことが悔やまれる。
叩いて熟れ具合がわかる果物のように、其のド頭でもかち割ってやろうかしら…。
「しらばっくれるか。だが、こちらには証拠も…出してやれ!」
王子の言葉に、その後ろに控えていた眼鏡の青年が前に出る。
そして…。
「ですから殿下、そんなものはないと…」
ちらちらと私を伺うのはやめてくださる?
宰相のご子息レイル様は、その秀麗な額に油汗を浮かべつつ…。
「もう、ほんとやめて…胃が痛い…」
と顔色を悪くすると、ずいと前に踏み出したのは見覚えのあるわが弟。そして兄。
二人とも銀髪蒼眼の私と違い、けぶるような柔らかな金髪にエメラルドのような深い翠色の瞳が、まるで妖精の様とご婦人・ご令嬢の間で持て囃されている美形ぶりだ。
「姉さま!姉さまはそんなことしないもんね!?そんな証拠を残すようなやりかた!姉さまじゃないって、僕にはよ~~~っく分かってるから安心して!!」
「そうとも!ローズのことを私たちほど理解している人間などいるわけもない!証拠を残すような幼稚な手は使わず、どんなことも完璧に!徹底して相手を潰す!証拠がある時点で、それはローズが犯人などではない証拠となるだろう!!」
証拠はないってレイル様が言っていたのに、それでは私が手を下したみたいな言い方ですわよ、お兄様。
「んぐぐ…」
ほら、殿下は頭がお悪いから全く気付いていないことが幸いなのだけれど。
「ローズ、お前ホントにアノン嬢になんかしたのかぁ?」
見上げんばかりの上背に、均整の取れた筋肉を乗せた青年は、王宮騎士団団長子息アーノルド。幼馴染でもあるアーノルドは、刈り上げた短髪を掌で擦る癖を見せたまま不思議そうに尋ねてくる。
「いいえ、私は何もしておりません。する理由もございませんし」
ツン、と顔を上げ答える私に、アーノルド『だよな』と安心したように笑って見せた。
「いい加減にしろ!!アノンが嫌がらせを受けていたのは事実だ!!婚約者である俺様が!アノンに心奪われたからと醜い嫉妬にかられ、貴様はアノンを傷つけた!」
怒りにぶるぶると震えながら叫ぶ殿下の後ろには、下がり眉の愛くるしい令嬢の姿。
淡いピンクのドレスは、栗色の髪を持つ彼女によく似合っている。
アノン・ローレッタ男爵令嬢。
ふわふわとした穏やかな雰囲気を持ち、ちょっぴりどんくさ…いやいやおっとりさんなこの令嬢は、学園に入学した3年前は決して目立つ人物とは言えなかったのだが…。
二学年に上がったころより少しづつ、その愛くるしい雰囲気で殿方の注目を集め始め今に至る。
とにかく、オレンシヲ殿下が自身の傍から離さない。当然、地位の高くない彼女はほかの令嬢から注意を受けるが、それは当たり前のこと。アノン令嬢自体も素直に忠告を受け入れるのだが、あほ、いやいや…殿下にとってはそれすらいじめと受け止めたため、状況は全く持って改善せぬまま時が流れ…今日のこの騒ぎへと繋がった次第なのである。
「貴様は外見は確かに美しいのだろうが!!中身は最低っ、この国の国母になる資格なぞないと知るがよい!」
ふんす!と鼻息を荒く吐き、再度のどや顔の王子の後ろを見れば国王夫婦、にこにこしながら額の青筋が恐ろしいことになっている実母の姿が見える。その横では口から泡を吹いている実父の姿も…。(怒りのあまり母が何ぞかやらかしたのだろう…)
国王夫婦に至っては王は頭痛を抑えるように顔を伏せ、王妃はにこにこと微笑みながら扇子をへし折っている。
この国の上流階級の女性は、皆美しくて強いのよね。
「わかりましたわ。婚約、解消いたしましょう。よろしゅうございますか?国王様」
僅か7歳で王子の婚約者と選ばれ、したくもない努力を続け今日まで過ごした来た。
ようやく望まぬ未来から降りることができることに内心ほくそ笑む。
王子に婚約を解消されたとなれば、私はこのまま独身を貫くことになるでしょう。
何それ、最高!!!
「え?!まって!?」と国王が上ずった声を上げる傍で、「許可しましょう」と絶対零度の吹雪を吐き出すのは王妃様。その王妃の声におバカ王子はすかさず動く。
「私は、このままこのアノン・ローレッタ男爵令嬢と婚約を宣言」
そう、感極まったようにアノン令嬢を引き寄せ高らかに宣言しかけた王子の言葉を遮るように声を上げたのは誰でもない。
「え?!嫌ですよ」
何言ってんの?この人。とでも言いたげな奇妙なものを見る目でアノンが王子を見つめる。
「ん?」
「いやいやいやいや、殿下。大丈夫ですか?おかしいじゃないですか…なんで私が王子と婚姻しなくちゃいけないいんですかぁ~冗談はやめてください~えええぇ~」
すすすすっ…とあからさまに嫌そうな表情でアノンがその傍から遠ざかる。
「ア、アノン??」
「なんだってそんな話になってるんですかぁ??無いです無いです!ぜぇったいないないないない!!」
ざわめき始めた観衆の中、アノンは真剣な表情で手が取れてしまうのでは??といった勢いで両手を振りながら王子の言葉を全否定。
「ぞわっとした…」と呟くと、さらに王子から距離を置く。
「なんでそんなことを言うんだ!私が好きだと言ったじゃないかっ!」
「そんなこと!いった覚えはありません!空耳か幻聴?!怖いっ!」
動揺のせいか、とてもじゃないが王族に使う言葉使いじゃないことに気づけていないのだろうアノン嬢は、傍に立っていた今だ顔色の悪いレイルの後ろに身を隠すように入り込む。
「いつだって傍にいたじゃないかっ…」
「それは…王族の命令で、傍にいろって言われれば、私には逆らうすべはありませんし…」
そんなこともわからなかったのぉ…ドン引くぅ~…。
表情が言葉以上にものを語る瞬間だった。
「そんな…!アノ…ン」
膝から崩れるように座り込む王子を尻目に
「これで話は終わったようですわ。皆様、ごきげんよう」
ふわりと満足げに微笑んだローズは王達に完璧な淑女の礼を取って見せた後、笑みを浮かべたままダンスホールを後にする。
「え?この後、どうすれば…」
愕然としたレイルの言葉は、ローズを引き留めることのないまま消えていったのだった。
「姉さま姉さま、これで姉さまはあのバカ王子と婚姻せずに済むんだよね!」
うきうきした声を隠さず、追いかけながら話しかけてくる弟に、そうね。とにっこり答える脇で、いつの間にかしっかりと隣を歩いていたお兄様がこらこら、とかわいい末っ子コールを窘める。
「一応まだこの国の王子なのだから、バカとか言ってはいけないぞ。せめてボンクラにしなさい」
「お兄様も大概よ?」
ローズは、この後会うであろう親友を思い浮かべて清々しく微笑んで見せた。
似合うと思って送らせてもらった淡いピンクのドレスは、思った以上にあの娘を魅力的にしてくれていたわね。我ながらいい買い物だったわ。などと自画自賛しながら廊下を歩く。
長年の望みだった婚約破棄にスキップしそうになる足をこらえつつ。
初めて出会ったときにすぐ気が付いたの。磨けば光る原石だって。
お化粧、ドレス、ダンスに豊富な会話術。
面白いように吸収して輝きだした彼女と、私が親友関係であることに誰も気づかないことは不思議だったけれど、私達には周りなんて関係なかった。
私には不誠実だったおバカなぼんくらが、彼女には誠実であろうとしたのも私にはうれしい誤算だったわ。
あの娘が望めば、王妃になることも応援して支えていくつもりだったのだから。
つまりは、ね。あの子が王子を振っても、王妃を望んでも、あの娘アノン・ローレッタは私が絶対に不幸なんかにさせる気はないということ。
私達は親友で、掛け替えのない存在でありたいと望んでいるの。
私にとって、この先もずっと…アノンあなたは、
『私の希望の光』
眩しい、何より大切なお友達なのだからー。
お読みいただきありがとうございます。結局誰が一番かわいそうなのか…。私はあの方だと思います…。
何より強い女性は美しい…。