第8話・私の日常を奪わないでっ…!
(不味い、非常に不味い。)
私は心の底からそう思っていた。
いくら目上の立場どころか、雲の上の彼相手だからと、ついつい言われるがまま、なされるがままだったが、流石にそれは放任主義が過ぎていたかもしれない。
何故かと言われれば…
『ラルフ様を奪わないでっ…!』
そう言いながらも、涙目で私の腕に泣き付く女が…ヒロインだからである。
(やってしまったわ…!)
時は戻って学校へと馬車に揺られ揺られ…学校の前に辿り着いた頃。
『ラルフ様の馬車よ…!』
『ああ、朝から見目麗しいラルフ様を見れるだなんて…!』
『今日はなんてついているの…!』
『キャー』』』
ラルフが馬車のドアを開ける前から、うるさい程の黄色い歓声が聞こえる。
そして、ドアをラルフが開ける。
すると、女子達は黄色い歓声を上げながら、ラルフを囲う。
(そして私はこそっと降り…)
『レイ嬢、お手を』
『え…』
私は口をあんぐりと開け放たって固まる。
そう、ラルフが私に手を出してきたのだ。
私の前に膝ま付き、そのまま私の片手に手を添える。
降りるのを手伝うと言うことなのだろうけど…
『え…』』』
ラルフの周りで黄色い歓声を上げていた女子生徒達に、ざわつきが広がる。
そして、それだけでなく、その中から…
ヒロインが、可愛らしくとたとたと全力疾走をしながら私に近寄ってくる。
(不味い、非常に不味い、非常に不味すぎるわ…!)
『ラルフ様を…!』
彼女は私にそう叫びながら近付き、御本人を押し退けて、私の腕に泣き付き…
『ラルフ様を奪わないでっ…!』
と、叫ぶ。
何だこれは、悪夢か。
いや、悪夢だ。
私の平凡な平凡な日常を返してくれヒーロー。
(ティナ、私に手を差し伸べるラルフ何て要らないから、どうか私の平凡な日常を奪わないでっ…!)
そんな悲痛な叫びが、私の心の中で無情に響くも、時既に遅し。
『ギャー!!!!』』』
黄色い歓声を上げていた女子生徒達悲鳴が上がる。
(嗚呼、さようなら、私の平凡な日常)
いっそ、私の腕に泣きつき、泣き叫ぶこの女よりも泣き叫んでやりたい。
欲しくもないラルフからの優しさより、平凡な日常が欲しいのだ。
私はそんな心の叫びをグッとこらえるのに精一杯で、いっそこの場の全てを投げ出したいと思うのだった…




