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お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第一章 王太子殿下は女好き
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第七話 シュツェルツの挑戦

 エリファレット・シュタムはシュツェルツの部屋の前に立っていた。

 北東の隣国、シーラム出身の母を持つエリファレットは、その卓越した武術の腕が周囲から一目も二目も置かれている。短いホワイトブロンドの髪と鮮やかな青い瞳が印象的な、整っているが鋭い顔立ちの青年だ。


 シュツェルツ付きの近衛騎士として配属され、幼かった王子の側近になってから、早いものでもう六年がたとうとしていた。


 扉の脇にたたずむ近衛騎士が右肘を曲げ、掌を前に向けつつ、揃えた指先を額に当て、敬礼を送ってくる。エリファレットは答礼し、扉を叩いた。

 主君の返事を待ってから入室すると、長椅子に腰かけたシュツェルツが、席を勧めてくる。

 着席したエリファレットに、シュツェルツは笑いかけた。


「わざわざ呼び出してすまないね」


「いいえ、とんでもないことでございます」


 主君の気遣いに口元をほころばせながら、エリファレットは思案した。エリファレットの職務はシュツェルツのお付きと警衛、それに武術の指南だ。他にも、シュツェルツの食事やお茶の時間に陪席もする。


 一日の大半をともに過ごす主君が、わざわざ自分を部屋に呼びつけるとは──今までの経験からして、多少込み入った話なのかもしれない。ちょっとした相談なら、エリファレットが付き従うシュツェルツの移動時間や、武術の鍛錬の合間、それに食事やお茶の時にでもすればよいのだから。

 シュツェルツは、やや視線を落としてから切り出した。


「実はね、アウリールのことなんだけど……」


 僚友であり親友でもあるアウリールは、シュツェルツの侍医兼私設秘書という職務柄、エリファレットよりも遥かに主君と接する機会が多い。

 強い信頼で結ばれているはずの彼らだが、確かにここひと月あまりの二人の仲は、ギクシャクしているように見える。

 相談内容を察したエリファレットは確認する。


「アウリールが最近、殿下に冷たい、ということでしょうか?」


「そう! そうなんだ!」


「理由などにお心当たりは?」


 おそらく、女がらみだろうな、と思いつつ、エリファレットはとりあえず尋ねた。ちなみにエリファレットは、最近ではシュツェルツの醜聞を聞くのにうんざりしており、その方面の噂は極力耳に入れないようにしている。

 シュツェルツは目を泳がせた。


「……同時期に二人の女官に告白されて、どちらにもいい顔をしたことがバレて……騒動になった日から、アウリールの様子がおかしくなったんだ。だから、多分、それが原因じゃないかな。本当に、運悪く告白された時期が重なっただけなんだよ?」


「はあ、なるほど……」


 エリファレットは内心で苦笑した。女性関係に潔癖なところのあるアウリールは、シュツェルツが成長するに従い、女癖が悪くなっていくことを酷く憂慮していた。

 シュツェルツが二股をかけていたという事実は、アウリールにとっては到底容認できないものだったのだろう。


 正直自分ですら、殿下は仕方ないな、と思いつつも、少し動揺している。

 おそらく、アウリールの態度は「教育的指導」という奴なのだろうが……。

 とはいえ、このままではよくない。二、三日ならまだしも、ひと月以上もアウリールが態度を硬化させているというのは問題だ。


「承知致しました。わたしからアウリールに話してみます」


「ありがとう! やっぱり、エリファレットは頼りになるね」


 笑顔になったシュツェルツに、エリファレットは先ほどから気になっていたことを質問する。


「ところで、その二股をおかけになっていたという女官たちとはどうなられたのですか?」


「いや、だから、二股じゃないって。──二人ともお別れすることになったよ。もう、あんな修羅場はごめんだ」


 心底思い出したくない、と言いたげな顔で口にしたあとで、シュツェルツは話題を変えた。


「そういえば、昨日、オスティア侯爵夫人から頼まれごとをされたんだ。なんだと思う?」


 逃げたな、と思いつつ、エリファレットは付き合うことにする。


「さて、なんでございましょうか」


 本当に分からなかったので、エリファレットは首を傾げた。

 つい先刻までとは打って変わって、シュツェルツは、してやったりといった表情を浮かべる。今年で十七になるとはいえ、九歳年上の自分の目から見れば、彼はまだまだ子どもっぽいところがある。

 シュツェルツは得意そうに話し始めた。


「実はね、侯爵夫人はこう言うんだ。先月から出仕し始めた新しい衣装係女官が、わざとわたしに嫌われるように仕向けている節がある、とね」


「嫌われるように?」


「そう。その女官が昨日の朝、わたしが着替える時に、母上からいただいた服を選んでね」


「ああ、あの御服ごふくでございますか」


 以前、シュツェルツはマルガレーテから真紅の服を贈られ、見ているこちらがほほえましくなるくらい喜んでいた。だが、同時に上着が好みの色ではないことを残念がってもいた。


 シュツェルツとしても、せっかく母親からもらった服を無駄にはしたくなかったらしい。結局、アウリールに助言をもらい、マルガレーテに会いにいく際に着る、という使い道を見出したのだった。


 それゆえ、シュツェルツに似合わないわけではないが、彼の好みを知る衣装係なら、主君の指示がない限り、まず選ばない服だ。

 昨日、シュツェルツはマルガレーテに会いにいったので、てっきり、彼自らあの服を指定したのかと思っていたのだが……。


 主君に嫌われるために、わざと彼の好みでない服を選ぶなど、にわかに信じがたい。エリファレットは首を捻った。


「仕事に慣れていないゆえ、殿下のお好みを知らなかっただけではないですか?」


「その可能性もあるから、侯爵夫人はかまをかけたらしいんだ。そうしたら、例の新人女官、白状はしなかったそうだけど、顔色が変わって、だいぶ参った様子だったらしくてね。このままじゃ、仕事に差し支えがあるだろうから、なんとかわたしから働きかけてくれないか、と相談されたよ。オスティア侯爵夫人って、見かけによらず面倒見がいいよね」


 その衣装係女官は、なぜそのようなことを、という疑問を口に出そうとしたところで、エリファレットは気づいた。


「もしかして、その女官とは、ベティカ公のご令嬢ではございませぬか?」


 シュツェルツは微笑した。


「なんだ、知っていたのか。そうだよ、ロスヴィータ・ハーフェンというんだ」


 知ったのは偶然だった。新しい衣装係の面接があった時、「参内したのはベティカ公の次女だから、もう内定したも同然だろう」と、廷臣たちが噂していたのを聞いたのだ。


 まだ十二、三歳であろうその少女──ロスヴィータを廊下で見かけた時は驚いた。妻には悪いが、あんなに姿形が整った娘は、今まで見たことがない。成長すれば、一国を傾けかねない美女になるのではないか、と空恐ろしく感じたものだ。

 それだけの美貌を持って、権門に生まれついた少女がどこに嫁がされるか──答えを出すのはたやすい。


 そういう背景のある少女が、王太子に好かれようとするのならともかく、嫌われようしているということは、シュツェルツは彼女の眼鏡にかなわなかったのだろうか。

 エリファレットは、内心で苦笑した。


(確かに女癖の悪さは目に余るが、殿下には数え切れないほど、よいところもあられるのにな)


 シュツェルツはオスティア侯爵夫人が意外に面倒見がいい、と評したが、それは彼も同じだ。女性にしか興味がないように見えて、男性の臣下にも、並の男以上にきちんと気遣いができるのが、シュツェルツの美点のひとつだ。

 侍従がお茶を運んできた。シュツェルツが湯気の立つ茶碗を口元に運びながら、愉快そうに続ける。


「だから、今朝、彼女に自信を取り戻してもらえるようお膳立てをしたよ。でも、おもしろいだよね。わたしに嫌われようとするなんてさ」


「殿下は、彼女に好かれたいのですか?」


 思わず気になっていたことが口から出た。シュツェルツは難しい顔をする。


「それは、ものすごく可愛い娘だけど、まだ十二歳だよ? 好かれても口説く気にはなれないなあ。それに、そんなことになったら、彼女の父親がうるさいだろうしね。しかも、その跡取り息子が嫌な奴でさ……。君と違って、わたしはまだ、当分結婚する気はないんだ」


 昔から、シュツェルツの好みは年上の女性だった。この一年で、主君の身長は大きく伸びたが、そういうところは変わらない。


(それに、殿下はまだお若いから、ご存じないのだ。少女がやがて成長するということを)


 少年の頃、許嫁いいなずけだった妻に、ほとんど興味を持てなかった記憶を思い出し、エリファレットは密かに微苦笑を漏らす。あの時は、武術の腕を上げ、騎士に叙任されることだけが全てだった。


「さようでございますか。……ですが、ベティカ公はご令嬢を殿下に近づけようと画策していらっしゃるのではないかと、わたしなどは愚考致しますが」


 自分が気づくくらいなのだから、聡明な主君にはとっくに分かっていたのだろう。シュツェルツは高い天井を見上げながら、茶碗を茶台に戻す。


「まあ、そうだろうね。見え透いているというか。でも、逆におもしろいと思わないかい?」


 思わず、エリファレットは身を乗り出した。


「と、おっしゃいますと?」


 シュツェルツは秀麗な顔に、不敵な笑みを浮かべた。


「わたしはロスヴィータを恋愛対象として見ていないし、彼女はわたしがお気に召さない。わたしたちが勝つか、ベティカ公が勝つか──見物だろう?」

敬礼は、迷った末にこの形にしました。一応、大昔のイギリス風をイメージ。

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