最終話 新しい命
二人目を授かったことをロスヴィータが告げた時、シュツェルツは灰色がかった青い瞳を目いっぱい見張った。
「──本当……なのかい?」
ロスヴィータは、はにかみながら、まだ膨らんでいないお腹に触れる。
「はい。今、大体二か月くらいだと、ロゼッテ博士が」
アウリールは相変わらずシュツェルツの侍医をする傍ら、秘書長官という要職も務めている。医師としても心から信頼できるので、何か身体に不調が起きた時は、ロスヴィータもお世話になりっぱなしだ。
シュツェルツが感慨深げに言う。
「そうかあ……ディーケを授かった時も思ったけど、不思議だよね」
「え?」
「だってそうだろう? その子を授かったのは、わたしたちが望んだ結果だけど、赤ん坊の命は突然現れるように宿るんだから。つい昨日までは、一組の男と女しかいなかったのにね。それって、奇跡みたいなものだろう? そうして生まれ出た生命が成長していくんだから、本当に不思議なことだと思うよ」
「考えてみれば、さようでございますね」
「会える日が今から楽しみだよ」
シュツェルツはお腹の子に語りかけるように話しつつ、愛しげにロスヴィータの腹部を眺めた。
ほほえましくて、そしてとても幸福で、ロスヴィータは目を細める。
「ふたりめって、なあに?」
居間の長椅子に座り、テーブルで絵を描いていた今年で四歳になる長女のディーケが、可愛らしくちょこんと小首を傾げる。
両親譲りの黒髪と、深い色合いの碧眼を持つディーケは、誰もが相好を崩さずにはいられない、愛らしい子だ。ロスヴィータにもシュツェルツにも似ていると言われるが、アウリールなどは我が子以上にディーケのことを可愛がってくれる。
左隣に座っていたロスヴィータは、娘の小さな頭を撫でた。
「ディーケはお姉さまになるのよ」
「ほんとう!? いつ?」
「十月頃には生まれるわ。あっという間よ」
「ディーケ、はやくおねえさまになりたい!」
従兄弟たちと遊ぶことの多いディーケは、常日頃から兄弟に憧れていた。喜びのあまり、うずうずしているディーケの頭に、右隣に腰かけるシュツェルツがぽんと手を置く。
「よかったね、ディーケ。弟にしろ妹にしろ、下の子を大切にしてあげなさい」
「おとうさま、どっちがうまれるの?」
「それは、分からないな。どちらにせよ、可愛い我が子だ。ね?」
シュツェルツが優しい眼差しを送ってくる。
マレの議会では、先頃、女王の即位及び、身分を問わず女性の相続権を認める法案が可決された。国王に即位する前から、シュツェルツが力を入れていた法案が、ようやく日の目を見たのだ。
生まれてくる子が王女である場合、次の王位を継ぐのはディーケということになる。
この国で最初の女王だから、ディーケは辛い思いをすることもあるかもしれない。でも、自分とシュツェルツの子であるディーケなら、必ずどんな困難も乗り越えていける──そうロスヴィータは信じている。
結婚後、十三歳の誕生日に告げられた占いの結果について話した時、シュツェルツはほほえんでこう言った。
──わたしは王子を産んで欲しくて、君と結婚したわけではないよ。
本当に、その通りだった。シュツェルツには傷つけられることもあったけれど、彼はいつでも、深く自分を愛してくれている。
シュツェルツは、ロスヴィータとディーケを同時に抱き締めた。
「君たちがいてくれて、わたしは今が一番幸せだよ。……ありがとう」
「それはわたくしの台詞でございます」
シュツェルツと結婚して約五年。今ならはっきりと思える。
このお方と結婚してよかった、と。
この先、どんな苦労が待ち受けていようとも、シュツェルツと一緒なら、恐れることはない。
ロスヴィータはシュツェルツの温もりを感じながら、彼の背に手を回し、ディーケごと抱き締め返した。
「……おとうさま、おかあさま、くるしい」
ディーケの言葉に、ロスヴィータとシュツェルツは腕の力を緩めながら、顔を見合わせて笑った。
『お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む』──完
ブックマークや評価、ありがとうございます。
本編はこれで終了ですが、このあとに番外編を一話投稿して、連載を終えたいと思います。
よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。
本編ではあまり描かれなかった、ロスヴィータとシュツェルツの出会いのお話です。




