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お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第五章 二人で歩む道のり

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第四十八話 カードを切る

 ロスヴィータの部屋を出たシュツェルツは、自分の警衛の任についている近衛騎士たちが集う控えの間へ向かった。部屋の外で待機していた近衛騎士が、うしろからついてくる。


 ノックをし、控えの間の中に入ると、テーブルを囲んでいた夜勤の近衛騎士たちが驚いた顔でこちらを見た。

 見習いとして彼らのお茶を淹れる途中だったルエンが、ティーポットを置いて、こちらに駆け寄ってくる。


「殿下、どうなさいましたか!?」


 シュツェルツは手短に告げた。


「ルエン、すまないが、エリファレットを呼んできてくれ」


「師匠を? かしこまりました。今日は当直のはずなので、捕まると思います」


「ありがとう。それと、もうひとつ、今日一晩だけ頼まれてくれないか」


 ルエンはきょとんとした顔をした。


「ご命令なら従いますが、なんでございましょう?」


 ルエンは、ずいぶんと流暢に敬語を話すようになった。エリファレットやアウリールの教育の賜物たまものだろう。

 少々場違いな感慨に耽りながら、シュツェルツは言い切った。


「わたしの大切な人の警護だ。朝まで決して、中に人を入れないでくれ。たとえ、それが国王でもね。君に責任をかぶせるような真似はしないと約束するよ」


 国王と聞いて、ルエンの顔に緊張が走る。だが、それはすぐに明快な表情に変わった。


「かしこまりました。僕は国王陛下ではなく、殿下個人にお仕えしている身ですので」


 ルエンは敬礼すると、風のように詰め所を去った。

 シュツェルツが次に向かったのは、同じく一階にあるアウリールの部屋だ。

 シュツェルツの訪問を受けたアウリールは、開口一番こう言った。


「ロスヴィータ嬢に、また何かございましたか?」


「ああ。そのことについて、だいぶ込み入った話がある。わたしの部屋へきてくれ。あとで、エリファレットも来る予定だ」


 事態の深刻さを感じ取ったのだろう。アウリールの表情が引き締まった。


「御意」


 部屋へ移動した二人は長椅子に座り、エリファレットの到着を待つ。やがて、エリファレットが入室してきた。


「殿下、ルエンがロスヴィータ嬢の警護を承ったと申しておりましたが、一体、何が……?」


「これから説明する。まずは座ってくれ」


 エリファレットが着席すると、シュツェルツは端的に告げた。


「父がロスヴィータを王妃に望んでいる」


 そのとたん、アウリールの顔から表情が消えた。エリファレットは驚愕に目を見開いている。


 口にしたシュツェルツ自身も、気分の悪さと怒りが再燃するのを感じ、唇を噛んだ。

 ロスヴィータは、ふらふらしていた自分が、妃にしたいと初めて思えた女性だ。その彼女を手放す気は毛頭ないし、誰かに渡す気もない。

 かつて、恋人を父に奪われたアウリールは、どれほど心を引き裂かれるような思いをしたことだろう。


 ようやく自失から立ち直ったエリファレットが口を開いた。


「ですが、ロスヴィータ嬢は殿下とご婚約なさるのでしょう。いくら国王陛下といえど、父親が息子の恋人を奪い取るなど……」


 シュツェルツは肩をすくめた。


「父はそういうことが気にならないみたいだよ。一遍、頭の中を覗いてみたいね」


 気の毒そうに眉を下げたあとで、エリファレットは問いかけた。


「どうなさるおつもりですか、殿下」


「もちろん、ロスヴィータを取り戻す。彼女は明日には実家に戻ることになるだろうから、次に召し出される前に、やれることは全てやっておく」


 国王の命令とあらば、ベティカ公は泣く泣くロスヴィータと父の縁談を進めざるをえないだろうが、公爵家にはツァハリーアスの存在がある。彼ならば、二人の婚約までの期間を、できるだけ引き延ばそうとするはずだ。


 だが、ロスヴィータが幻影宮に召し出されることだけは、体調不良などを理由にしても、断りきることは難しいだろう。彼女が父の毒牙にかかる前に、シュツェルツは全てのカードを揃えなければならない。


 黙り込んでいたアウリールが発言した。


「殿下、よい毒がございます。少量を摂取すれば、心臓の発作を起こしたような状態になり、死に至ります」


 アウリールの顔は、真冬の月のように冴え冴えとしていて、見る者をぞっとさせるほどに美しかった。言い知れぬ怒りを感じている時、彼はこのような表情になるのだ。

 アウリールが言わんとしていることを十分に理解した上で、シュツェルツは首を横に振った。


「ダメだ。君が手を汚す必要はない。あんな男、手を下す価値もないよ」


 立ち上がってアウリールの肩を叩くと、彼は我に返ったような顔をしたあとで、目を細めた。


「……わたしとしたことが、怒りに我を忘れておりました。確かに、殿下が父王を手にかけたという悪名を、後世に残すわけには参りませんね」


 アウリールがこの事態をどんな風に受け止めるのか、シュツェルツは心配だったし、彼の怒りを目の当たりにした時は肝が冷えた。

 だが、アウリールはもう大丈夫だ。これからは、シュツェルツの相談役として冷静な意見をくれるだろう。


 アウリールがシュツェルツを見上げる。


「まずは、殿下のお心にあられる策をお教え下さい」


「ああ。まず──」


 シュツェルツは二人に語って聞かせた。

 話を聴き終えたエリファレットは、先ほどと同じく愕然としている。アウリールも手で口元を覆い、何やら思案していた。

 シュツェルツはある種の自信を持って、締めくくる。


「わたしは、これ以上の策はないと思う。ロスヴィータを取り戻し、後顧の憂いをなくすためにはね」


 それには、父を完膚なきまでに叩きのめし、ロスヴィータのことを完全に諦めさせる必要があるのだ。シュツェルツは、二人に問いかけた。


「──協力してくれるかい?」


 アウリールが力強く頷いた。


「かしこまりました。微力ながらお力添え致します」


 エリファレットも息をついたあとで、覚悟を決めたように顔を上げた。


「難しいご注文ですが、不可能ではないと存じます。命を懸けるつもりで承ります」


 シュツェルツはほほえんだ。


「わたしも命を懸けるよ。君たちがそうしてくれるのだから、当然だ」


「御意」


 アウリールとエリファレットは立ち上がると、長椅子の横に立ち、揃って絨毯の上に跪いた。

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