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お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第五章 二人で歩む道のり

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第四十七話 約束

 ロスヴィータは、うきうきしながら父の報告を待っていた。


 国王は自分たちの婚約を了承してくれただろうか。

 やはり、当人同士だけで行われた婚約と、社会からも認められた正式な婚約は違うものだ。

 シュツェルツに、早く君を妃に迎えたい、と言われたことを思い出し、ロスヴィータは赤面した。


 そんな風に百面相をしながら待ち侘びていたのだが、父は一向に現れない。まだかまだかと思いながら仕事を片づけているうちに、夜になってしまった。


 さすがに心もとなさを感じつつ、ロスヴィータは一日の仕事を終え、自室へと戻る。ついさっき、シュツェルツと顔を合せた時に、何か聞いていないか尋ねてみたものの、彼も父には会っていないという。


(どうしたのかしら……)


 まさか、父に何かあったのだろうか。でも、そうだとしたら、兄が知らせてくれるはずだし……。

 取りあえず、浴場へいって一日の疲れを流そう。そう思っていると、ノックの音が響いた。


「ローズィ、わたしだ」


 父の声だ。


「どうぞ、お入りになって」


 扉を開けて現れた父は、いつにも増して厳しい顔をしていた。

 漠然とした不安が、足下からにじり寄ってくる。

 ロスヴィータが椅子を勧めると、父は何も言わず座った。小さなテーブルを挟んで、ロスヴィータも腰かける。


「あの、お父さま、婚約の話は……?」


 目が合うと、父は初めて辛そうな顔をした。


「……ローズィ、お前は国王陛下をどう思う?」


 父の反問に、ロスヴィータは小首を傾げる。もしかして、メルヒオーアが自分とシュツェルツの婚約に反対しているのだろうか。

 ロスヴィータは、今度は用心深く尋ねた。


「……国王陛下のご意向は、いかがでございましたか?」


 父の紺色の瞳が何かを覚悟したように、ロスヴィータを見据える。


「国王陛下は、お前との結婚を望んでおいでだ」


 ロスヴィータは何も考えられなくなった。頭の中をただひとつの疑問が満たしていく。


「……ど、どういうことでございますの?」


 父の顔に憐憫れんびんが浮かんだ。


「お前は殿下ではなく、国王陛下と結婚することになる」


 言葉の意味がようやく理解できた時、ぐらりと視界が揺れた。


「ローズィ!」


 父の叫び声がする。こんなに驚く父の声を初めて聞いた。そう思ったのを最後に、ロスヴィータは意識を手放した。


     *


 酷い刺激臭がする。

 目が覚めると、ぼんやりとした視界に、シュツェルツの心配そうな顔が映し出された。

 身体の感覚が戻ってくる。どうやら、自分は部屋の寝台に寝かされているようだ。


「気がつかれたようですね。もう大丈夫でしょう」


 声がすると同時に、アウリールがこちらを覗き込み、ほほえんだ。


「コルセットを着用する女性によく見られる、一時的な失神です。美容も大切でしょうが、これからは、もう少し緩めてお使い下さい」


 自分は気を失っていたらしい。ということは、あの臭いは気つけ薬だろう。女性が失神した時には、そういったものを使うのだ、と姉から笑い話として聞かされたことがある。

 シュツェルツは安堵の表情を浮かべたあとで、視線をアウリールに向けた。


「ありがとう、アウリール」


「いいえ。殿下の大切な方のご容態なら、いつでも診ますよ。嫉妬深い殿下のお許しをいただければ、ですが。この前も、わたしがロスヴィータ嬢にハンカチをお貸ししたことをお知りになるやいなや、『わたしの恋人が使ったものを身に着けるな』と、やきもちを焼いておいででしたからねえ」


「こんな時に冗談を言わないでくれ」


「はいはい。では、わたしはこれで」


 アウリールは優美にお辞儀をすると、部屋を出ていった。

 そういえば、父はどうしているだろう。ロスヴィータが目をきょろきょろさせてその姿を捜すと、すぐに察したらしく、シュツェルツが応じた。


「もう遅いから、お父君には帰ってもらった。でも、君が倒れた時、すぐにアウリールを呼んでくれたのはベティカ公だよ。ついさっきまで、ずっと君の傍についていてくれた。兄君も一緒にね。アウリールが、君が倒れたことを、わたしに教えてくれたんだ」


 よく見れば、シュツェルツは寝間着の上にガウンを羽織っている。

 状況が呑み込めてくるにつれ、今までどこかに押しやられていた、自分が倒れた本当の原因が、はっきりと形を持って、意識の水面下から立ち上ってきた。


 そのとたん、ロスヴィータはシュツェルツの顔をまともに見ていられなくなった。目をそらすと、いきなりシュツェルツに唇を塞がれた。いつも以上に熱を帯びた口づけを受けて、ロスヴィータは彼が全ての事情を知っているのだと感じ取った。


 ようやく唇を離したシュツェルツは、ロスヴィータの手にそっと指を絡めた。


「話は聞いたよ」


 分かってはいても、シュツェルツの口からあのおぞましい話が語られるのが恐ろしく、ロスヴィータはがばりと起き上がる。


「殿下、申し訳ございません……! 殿下、わたくし……」


 ティルデの忠告に従うべきだった。昨夜、国王に声をかけられた直後に、シュツェルツに相談しなかったことが悔やまれる。ロスヴィータが震える声で赦しを請おうとすると、シュツェルツが強く抱き締めてくれた。


「何も言わなくていい。君は何も悪くない。わたしの見通しが甘かった」


 それは、かつてロスヴィータがシュツェルツにかけた言葉と似ていた。心地のよい声で優しく語りかけられ、ロスヴィータもようやく落ち着いてきた。


「……父が、お話を?」


「いや、兄君のほうだ。お父君は、政治的な観点から、わたしには黙っているように言ったらしい」


 初め、ツァハリーアスは父に付き添う形で、東殿を訪れたのだそうだ。


「やはり、わたしにはローズィが動転する姿を、見ていられそうもありません。申し訳ありませんが、父上にお願いしてもよろしいですか」


 ロスヴィータの部屋に向かう途中、そう告げたツァハリーアスは、正殿に帰るふりをしてシュツェルツに会いにきたのだという。

 就寝前の日課として読書をしていたシュツェルツに、夜分に押しかけた非礼を侘びたあとで、ツァハリーアスは「妹をお救い下さい」と跪いて願い出た。


 驚き、「どういうことか」と問いかけるシュツェルツに、ツァハリーアスはことの次第を語った。そして、再び、「このままでは、妹は不幸になってしまいます。どうか、殿下のお力をもって、妹をお救い下さい」と頼み込んだ。


 ロスヴィータが倒れたという知らせがアウリールからもたらされたのは、その直後だ。

 シュツェルツとともに駆けつけたツァハリーアスを見て、父は何かを見て取ったような目をしていたが、口に出しては何も言わなかったらしい。


「君は、いい家族を持ったね。兄君の君を想う気持ちは本物だ。正直、わたしは彼のことは虫が好かなかったけど、考えを改めたよ」


 ツァハリーアスは子どもの頃から、自分のことを一番に考えてくれた。父だって、あんなことを娘に伝えたくはなかっただろう。


「はい……」


 シュツェルツが腕に込める力が、ぐっと強まる。


「明日になれば、君は女官を辞めさせられ、屋敷に帰されることになるだろう。わたしから引き離すためにね」


 では、これがシュツェルツと会える最後の時になるかもしれないのだ。おののくロスヴィータの頬に、シュツェルツは自身の頬を寄せた。


「けど、わたしは必ず君を取り戻すから……希望を捨てずに待っていてくれ。間違っても、死ぬなんて考えてはいけないよ」


 シュツェルツではなく、別の人のものになるくらいなら死んでしまいたい。

 自分ですら気づいていなかった──だが、確かに忍び寄っていた甘い誘惑を、シュツェルツは払いのけてくれたのだ。

 ロスヴィータの頬を、涙が伝った。

 シュツェルツが指先で涙を拭いながら、優しく問う。


「返事は?」


 ロスヴィータは頷いた。


「──はい。必ず、殿下の御許みもとに戻って参ります」


 最初は消え入りそうだった声も、だんだんと力強さを増した。

 シュツェルツが冗談めかして笑う。


「本当なら、君と朝を迎えたいところだけど、そうもいかない。許してくれ」


 ロスヴィータだって、彼と離れたくなかった。でも、シュツェルツはこれから自分を取り戻すために、策を立てなければならないのだろう。アルレスの民を救った時のように。


 ロスヴィータは寄せ合っていた頬を、シュツェルツから離した。怪訝そうな顔をしているシュツェルツの唇に、初めて自分からキスをする。ほんの少しだけ唇を合わせるつもりだったが、シュツェルツは激しく奪ってきた。


 ロスヴィータの両頬を挟み、唇を離すと、シュツェルツは名残惜しそうなほほえみとともに部屋を出ていった。

今日から、完結まで一日に二話ずつ投稿します。よろしくお願い致します。

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