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お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第四章 恋が花開く時

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第三十八話 兄の気遣い

 仕事を休む許しを得た翌日の午後、ツァハリーアスがロスヴィータの部屋を訪ねてきた。


「ローズィ、仕事を休んでいるんだって? 病気でもないのに休むなんて、真面目なお前らしくもないな。何があった?」


 ロスヴィータの動向は、ベティカ公家の間者によって、すぐに父や兄の元に届いてしまうのだ。もっとも、さすがの間者といえど、ロスヴィータとシュツェルツの間にあったことまでは探りきれなかったようだが。


「……別に、何もありません。ただ、少し気がふさいでいるので、お休みをいただいただけです」


「いや、だが、何か原因があるだろう? こんなに元気のないお前なんて、父上と喧嘩をした時以来じゃないか」


 部屋の小さなテーブル脇に置かれた椅子に座りながら、ツァハリーアスが心配げに尋ねた。対して、ロスヴィータは寝台に腰かけている。


「本当に何もありません」


「俺にまで嘘をつくな」


 そう言ったあとで、ツァハリーアスは、はっとする。


「……まさか、王太子に何かされたのか?」


 ロスヴィータが肯定も否定もできないでいると、ツァハリーアスは拳を握り締めた。


「やっぱりそうなんだな! ローズィに手を出すとは不届きな! 俺が話をつけにいく!」


 シュツェルツに何をされたか告白したら、それこそツァハリーアスは怒り狂うだろうが、殴り込みにいかれてはたまらない。それに、シュツェルツが先走る兄を冷淡にあしらう光景を想像しただけで、心が寒くなった。


「お兄さま、やめて下さい。殿下は、わたくしにお手をお出しになったわけではありません」


「じゃあ、無理難題でも言ってきたのか?」


「違います」


 否定ばかりして、具体的なことは何も言わないロスヴィータを、ツァハリーアスは首を捻りながら見つめていたが、ややあって、椅子から立ち上がった。


「とにかく、お前が元気がないのは王太子が原因なんだな? やはり、お前とあいつを婚約させようとなさるなんて、父上は間違っている! 待ってろ、ローズィ。俺が父上を説得してやるからな」


 ロスヴィータはぽつりと呟いた。


「……そのほうが、よろしいかもしれません」


 ここ数年のロスヴィータが、シュツェルツとの婚約を嫌がっていなかったせいだろう。ツァハリーアスが空色の目を見張る。


「本当に……いいんだな?」


「……お兄さま、わたくし、もしかしたら期限が来る前に、退官するかもしれません」


 ツァハリーアスはロスヴィータの前まで歩いてくると、少し逡巡した様子を見せたあとで、隣に座る。


 十歳になる前、ロスヴィータは両親や家庭教師の目を盗んで、庭に出て遊んでしまったことがあった。結局、見つかってしまい、もっと身を入れてお妃教育を受けろ、と父に叱られた。

 その直後、寝台でべそをかいていた自分の隣に座り、ツァハリーアスは慰めてくれたものだ。いつだって、兄は自分の味方でいてくれる。


「女官として働くのは、お前の夢だったじゃないか」


「そうでしたけれど……なんだか、全てがよく分からなくなってしまって……」


 あれだけ酷いことを言われても、自分はシュツェルツが好きだ。それは、不思議なことに一夜が明けても変わってはいない。だが、シュツェルツが自分をどう思っているのか──それが分からない以上、彼との結婚を夢見るのは愚かなことだろう。


 仮に、父が八方手を尽くしてシュツェルツとの婚約を実現させたとしても、彼が自分を見てくれないのなら、意味がない。

 かといって、他の男性に嫁ぐ勇気も思い切りも持てずにいる。


 では、神殿に入って、神子みこにでもなるべきだろうか。仕える神によっては、独身を貫くことを要求される聖職者は、今の自分にはうってつけかもしれない。だが、人を好きになることを知ってしまったのに、一生独身でいるというのも、かなりの覚悟が求められるだろう。


 ロスヴィータがうつむいていると、釣られたように黙っていたツァハリーアスが、眉を下げながら口を開いた。


「俺でよかったら、いつでも話を聴く。俺に言えないようなことなら、姉上を呼んでもいいし、友人に相談するという手もあるだろう? ラエティア伯爵令嬢だったか。彼女に話してみるのはどうだ?」


 ティルデに相談してみる、というのは、考えたことがなかった。そうか。友人には、兄弟に話し辛いようなことを打ち明けてもよいのか。そう思うだけで、不思議と少しだけ気が楽になった。

 ロスヴィータは今日初めて、兄にほほえみかける。


「ありがとうございます、お兄さま。友人になら、話せそうな気がします」


「そうか……気の置けない友人がいるなんて、お前も成長したな。屋敷にいた時は、いつも俺や姉上のうしろをくっついていて……対等な友人を作るなんて、とても想像がつかなかった」


「もう……古い話をお持ち出しになって……」


 少しむくれたロスヴィータの頭に、ツァハリーアスは、ぽん、と手を置いた。しばらくして、ロスヴィータから離した手の位置を、自身の胸の辺りまで下げる。


「お前も背が伸びたよな。ちょっと前までは、これくらいだったのに」


 ツァハリーアスは、ほころばせた口元を引き結んだ。


「いいか、俺も姉上も、いつでもお前のことを案じているからな。それだけは忘れないでくれ」


「はい……ありがとうございます」


 心から兄に礼を言うと、ロスヴィータはティルデに何から話すべきか、ぼんやりと考え始めたのだった。

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