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お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第四章 恋が花開く時

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第三十七話 こっぴどく叱られて

 日はとうに、沈みきってしまった。蝋燭の灯りの下、シュツェルツは見るともなしに本を眺めながら、寝台に寝そべっていた。


 今朝、ロスヴィータはシュツェルツの手を振り払った。その時の、彼女の怒りに満ちた泣き出しそうな表情が、今も蘇っては心を乱す。おかげで、ページをめくる手は完全に止まってしまっている。


 本当は、あんな風に、彼女に触れたくなかった。

 

 シュツェルツは本を閉じ、力を込めて髪を掻き上げる。

 扉をノックする音がした。


「殿下、失礼致します」


 夜の診察にアウリールが訪れたのだ。シュツェルツは返事をすると、起き上がり、寝台に腰かけた。

 アウリールに心の内を見透かされないように、気をつけなければ。いつだって、シュツェルツの内面は、彼にはお見通しなのだ。

 扉を開けて現れたアウリールは、いつものように、寝台脇にある椅子に座る。


「お手を失礼致します」


 シュツェルツが左手を出すと、アウリールは脈を取り始めた。その最中、実にさり気なく、劇薬にも等しい発言をする。


「今朝、ロスヴィータ嬢が泣いていらっしゃいましたよ」


 シュツェルツは身を強張らせた。アウリールは呆れ顔になる。


「少し脈拍がお速くなりましたね。全く……どうせ、心にもないことをおっしゃったのでしょう」


 そこまで見抜かれていたとは。シュツェルツは何も言い返せなかった。

 アウリールはシュツェルツから手を離す。


「ご体調に変化はございませんね。……どうして、ロスヴィータ嬢を泣かせるようなことをおっしゃったのです?」


 アウリールは追及の手を緩める気はないようだ。シュツェルツは、仕方なく白状することにした。


「……彼女を、傷つけたくなかった」


 アウリールは、こちらを睨み据えた。


「既に、十分傷つけておいでですよ。一体全体、何をどう考えたら、女性を泣かせるような真似が、傷つけないことに繋がるのです?」


「それは……」


 彼女がとても魅力的に見えてしまうことが、全ての原因なのだ、とは、どうしても言えず、シュツェルツは言葉を濁すしかない。口にしたら、まるで、ロスヴィータに責任を押しつけているようではないか。彼女は何も悪くないのに。


 そもそも、十五歳になる頃から、ロスヴィータは急激に大人への階段を上り始め、薔薇の蕾が開くように美しく成長した。

 しかも、彼女の首から下は絶妙な曲線美を誇っており、非常に目のやり場に困る。


 ロスヴィータのことを「可愛い妹」扱いしていたシュツェルツは唖然として、彼女の成長を見守っていた。そんな折、ロスヴィータの誕生日パーティーに招かれたのだが、あれがよくなかった。

 真紅のドレスを身に纏い、華やかに化粧をしたロスヴィータは、今までに見たどんな女性よりも美しかったのだ。あれ以来、彼女のことが頭から離れない。


 だが、今回は感情のままに行動するわけにはいかないのだ。

 シュツェルツは自らの決意を表明するため、やむをえず本音を話すことにした。


「……わたしはロスヴィータに惹かれている。それは認めるよ。だからこそ、彼女に言い寄るわけにはいかない。付き合えば、多分、なんらかの形でロスヴィータを傷つける。彼女のことは諦めたほうがいいんだ」


「だから、彼女に嫌われるために、冷たくあしらっておいでになる、と、そういうわけですか。──ところで、殿下。ルエン坊やから聞きましたよ。昨年、殿下が参加なさった、ロスヴィータ嬢の誕生日パーティーは舞踏会だったと。彼女と踊られましたね?」


「ああ」


「何回踊られましたか?」


「……三回」


 アウリールは額に手を当てた。若草色の瞳が射殺すような光を放っている。


「まるまる上限までお踊りになって、その直後に、ロスヴィータ嬢に冷たく当たられたのですか! 自己完結も大概になさい! 彼女がどれだけ混乱し、苦しまれるか、考えもなさらなかったのですか!」


 久し振りにアウリールに本気で叱られて、シュツェルツはしょげた。


「ごめん……三回踊りきって、彼女を諦めるつもりだったんだ……」


「お謝りになるなら、ロスヴィータ嬢に謝って下さい。──今回ではっきりしましたよ。女性経験をいくらお積みになっても、恋愛方面であなたが全くご成長なさらないわけが」


 次の瞬間、アウリールの口から出た言葉は、シュツェルツの心をえぐった。


「そんなに、一人の女性にご真剣になるのが怖いのですか?」


 シュツェルツは、思わず反論していた。


「わたしは女性と付き合う時、いつも真剣だ」


「ほーう、ならば、常に結婚を念頭に置かれて、女性とお付き合いになっておいでだと?」


 シュツェルツは言葉に詰まる。正直、結婚まで考えたことのある相手はいない。

 そもそも、シュツェルツが多くの女性と付き合うようになったきっかけは、「真剣に愛せる女性が見つかるまで、蝶が花々を渡るように恋愛し続ける」がモットーの、母方の叔父、ダヴィデ王子に感銘を受けたからだ。

 アウリールは容姿のことでからかってくる叔父を、一方的に嫌っているようだが。


「あのクズ王子──失敬、叔父君のご影響を殿下が受けておいでだということは、わたしも存じております」


(今、絶対、わざと言っただろう)


 シュツェルツの心の突っ込みなど知らないアウリールは、涼しい顔で語を継いだ。


「ですが、だからといって、ご結婚を前提としないで女性とお付き合いなさるのもどうかと存じますよ。殿下も、もう二十歳でおいでですし」


「わたしは、まだ結婚する気は……」


 そう言いかけて、シュツェルツは言葉を呑み込んだ。

 もし、ロスヴィータに交際を申し込んだ場合、必ず結婚が前提になるだろう。


 ロスヴィータと自分が結婚する。

 今まで考えたこともなかったが、ロスヴィータを独占して、好きなだけいちゃいちゃできるのは、素晴らしい特権のような気がする。何せ、ロスヴィータは少しばかり気が強いところが昔からとても可愛いし、そんな彼女が恥ずかしがる姿は、さぞかし見応えがあるだろう。


 アウリールが、ふう、とため息をつく。


「殿下、鼻の下が伸びておいでですよ」


 シュツェルツは我に返った。以前、自分はまだ十三歳だったロスヴィータに、ベティカ公から彼女との婚約を持ちかけられても断るつもりだ、と約束したではないか。


(危ないところだった……)


 密かに息をつくシュツェルツに、アウリールが追い打ちをかける。


「……まあ、ロスヴィータ嬢にお手をお出しになれば、すぐさま彼女のお父君に、責任を取るよう迫られるでしょうから、思い切って、一線を超えられてみるのも悪くはないかと」


「さらりと恐ろしいことを勧めないでくれ!」


「冗談はともかく、ベティカ公は間違いなく、ロスヴィータ嬢を殿下とご結婚させる気で、あなたの衣装係にお据えになったはずです」


 シュツェルツは視線を逸らしながら答える。


「もちろん、気づいているよ」


「わたしは前々から、その件においてはベティカ公に賛成しております。ロスヴィータ嬢以上に殿下に相応しい姫君は、マレ中を探しても、他にいらっしゃいませんから。実は、ロスヴィータ嬢にも、わたしの意見はお伝えしております」


 なんでも先回りしようとするアウリールらしい行動に、シュツェルツはふてくされた。


「……君こそ、もう三十を超えたんだから、さっさと結婚すればいいのに」


 アウリールはにっこりと笑った。この笑みが曲者なのだ。


「殿下がご結婚なさったら考えます」


 シュツェルツが無言でいると、アウリールが真顔になる。


「……まあ、どなたをお選びになるかは、最終的には殿下次第ですが、ロスヴィータ嬢を悲しませたままになさるのは、わたしが赦しませんよ。そんな薄情な方にお育て申し上げたつもりはございません」


「ずいぶんと、ロスヴィータに肩入れするじゃないか」


 アウリールへの若干の嫉妬を込めて指摘すると、彼はこの夜初めて優しい目をした。


「もう、四年近くご成長を見守って参りましたからね。彼女には、お幸せになって欲しいのですよ」


 アウリールは思い出したように付け加える。


「ああ、それから、ロスヴィータ嬢はしばらく休暇を取られるそうですよ。誰かさんから受けた酷い仕打ちが原因でね。立ち直る時間が必要でしょう?」


「え……」


 シュツェルツがびっくりしていると、アウリールは「それでは、失礼致します」と、お辞儀をして退出してしまった。


(ロスヴィータがそこまで傷ついていたとは……)


 せいぜい、自分を大嫌いになるくらいだと考えていたのに。

 衝撃を受けたあとで、シュツェルツはふと、もっとも肝心なことに気づいてしまった。


 今現在の彼女は、一体、自分のことをどう思っているのだろう……?

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