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お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第三章 王太子の試練

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第三十一話 証拠集め

 話し合いの結果、メンバーは次のように決まった。

 保管されている書類や帳簿の確認役にアウリール。見張りとの戦闘要員にエリファレット。部屋への案内役にルエン。そして、アウリールの補佐役にロスヴィータ。計四名だ。


 ロスヴィータがついていくことに関しては、シュツェルツがまた反対した。


「わたしの参加がダメなら、ロスヴィータも当然ダメだ。危険すぎる」


「ですが、わたくしも、みなさまのお役に立ちたいのです」


 ロスヴィータが反論すると、シュツェルツはさらに言い返した。


「鍵をすり替えた時に、君は十分役に立ったよ。無理をすることはない」


 ロスヴィータは両手をぎゅっと握り合わせ、シュツェルツを見上げた。


「お願い致します、殿下。わたくしも、今回の顛末を見届けたいのです。それに、わたくしより小さいルエン坊やも、参加するでしょう?」


 シュツェルツは頭に手をやり、長い髪を掻き上げると、仕方なさそうに告げた。


「……分かった。そこまで言うのなら、もう何も言わないよ。ただし、何かあったら、すぐに逃げること。それと、できるだけエリファレットのうしろにいなさい。彼はとても強いから」


 ロスヴィータはしっかりと頷いた。

 夜が来るまでの間、ルエンは終始、落ち着きがなかった。いつ、執事やブレッターが鍵をすられたことに気づいて、ルエンの元に押しかけてくるか、気が気でないようだ。


 ロスヴィータも、それは同じだ。もし、鍵をすり替えたことに気づかれたら、ルエンが追及されるだけでなく、証拠が別の場所に運ばれてしまうかもしれない。

 だが、昼にシュツェルツの側近が揃って移動すれば、どうしても人目についてしまう以上、シュツェルツが決めた通り、夜を待つしかなかった。


 そして、ようやく夜が訪れた。

 ロスヴィータたちは目立たないように注意を払いながら、シュツェルツの部屋に集まった。


「じゃあ、みんな、気をつけて。必ず、無事に戻ってくるように」


 シュツェルツに見送られながら、ロスヴィータたちは出発した。ルエンに案内されて、長い階段を上り、城館の最上階へと向かう。


 途中、巡回中の衛兵に出くわした。

 ロスヴィータは肝を冷やしたが、アウリールは冷静だった。一分の隙もない笑顔が、先導するルエンの持つ手燭により、照らし出される。


「王太子殿下のご命令で、巡回をしております。夜間にどのような警備体制が取られているか、お知りになりたがっておいでなので」


 王太子の名を出された衛兵は、「ご苦労さまです」とだけ言い残し、去っていった。ロスヴィータは胸を撫で下ろす。

 ようやく最上階に辿り着き、廊下を歩いていると、ルエンが小声で言った。


「あ、あの部屋です。ほら、見張りがいるでしょう?」


 まばらな燭台の灯に照らされ、見張りの屈強な身体が影を作って浮かび上がっている。

 エリファレットが前に進み出た。


「俺が行く。みなは、ここで待っていてくれ」


 アウリールが穏やかにほほえむ。


「分かった。頑張って」


 エリファレットはひとつ頷くと、足音を立てずに見張りの前まで進み出た。見張りのほうがエリファレットよりも、ずっと背が高く、体格もいい。

 ごくり、とルエンが唾を飲み込む音がした。

 見張りが誰何すいかする。


「なんだ、貴様は?」


「名乗る必要はない」


 応じながら、エリファレットが剣の柄に手をかけた。

 彼が一歩前に出た瞬間、見張りの巨躯が前のめりに倒れ、鈍い音が響いた。

 ロスヴィータが一言も発せずにいると、ルエンがエリファレットに駆け寄っていく。


「すごいすごい! さっき、剣の平らな部分で、見張りの首を軽く叩いたでしょう? あんなの初めて見ました!」


 自分には、全く見えなかった。

 ルエンには人の動きがゆっくりと見える、というのは本当のことらしい。

 興奮気味の少年に、エリファレットは露骨にうるさそうな顔をした。


「……別に大したことではない。さあ、部屋に入るぞ。アウリール、鍵を」


「ああ」


 アウリールも部屋に近づき、倒れている見張りを避けて、鍵束を取り出す。いくつか鍵を鍵穴に差し込んだところで、ようやく当たりが出た。扉は音もなく開く。

 窓のない倉庫のような小部屋が、目の前に広がった。手燭を持つルエンとロスヴィータが、部屋の中を照らす。


 通路を挟むように棚が設えられており、積み上げられた書類や、端に寄せかけられた帳簿のような冊子、鍵のかかっていそうな大きな木箱などが置かれていた。

 エリファレットが見張りの脇にたたずんだまま、アウリールに呼びかけた。


「俺はこいつが目覚めた時のために、ここで待機している。証拠探しは頼んだぞ」


「ああ、任せて。ロスヴィータ嬢、あなたには書類の確認をお願い致します」


「はい」


 ロスヴィータは手燭をルエンに渡し、積み上げられている書類を手に取った。アウリールも、小部屋の棚に立てかけられた帳簿を確認し始める。ルエンは二人の間で、両手に持った手燭を掲げている。

 一枚目の書類に目を通したロスヴィータは、「あっ」と声を上げた。


「この書類、領民の税金を大幅に上げたという報告書です」


 何枚もの書類に目を通していくと、ブレッターがリーパだけでなく各町村で税金をつり上げた事実が、つまびらかに書かれていた。

 帳簿をめくっていたアウリールも、ため息を漏らす。


「これは裏帳簿ですね」


「裏帳簿?」


 知らない言葉をロスヴィータがオウム返しに問うと、アウリールは目線をこちらに向けた。


「秘密裏に、不正なお金の出入りを記した帳簿のことです。こんな風に、表向きの数字を記入した偽の帳簿と、実態を記した裏帳簿が存在することを、二重帳簿というのですが、これは立派な証拠になりますね。そちらの書類も合わせて、持っていきましょう」


「はい」


 ロスヴィータは大切な書類の束を、傷まないように抱えた。


「エリファレット、君も書類と帳簿を運んでくれないか」


 アウリールに頼まれ、エリファレットも小部屋に入ってきた。

 腕力が強いエリファレットに手伝ってもらい、一行は書類と帳簿を持ち去る。手燭を二本持ったルエンとともに、来た道を引き返し、ロスヴィータたちはシュツェルツの部屋に証拠を運び込んだ。


「殿下、地方長官が税を引き上げていた証拠の書類と、裏帳簿が見つかりました」


 机の上に積み上げられた証拠の山を手で示し、アウリールが報告すると、シュツェルツはみなを見回した。


「ありがとう。うん、みんな、無事なようでよかった」


 それから、シュツェルツはロスヴィータに目を止め、近づいてくる。ロスヴィータが疑問符を浮かべていると、彼は突然、抱きついてきた。


「ロスヴィータ、よく戻ってきたね。よしよし」


「で、殿下……! あの、人前でございます!」


「いいじゃないか。ここには、君の兄君はいないわけだし」


「そ、そういう問題では……」


 人がいなければよいというわけではないが、これは恥ずかしすぎる。

 全く取り合おうとしないシュツェルツの腕の中で、ロスヴィータが顔を真っ赤にしながら、じたばたもがいていると、のんきなエリファレットとアウリールの会話が聞こえてくる。


「おい、アウリール、殿下は自覚しておいでなのか?」


「多分、ご自覚はないんじゃないかなあ。殿下はああ見えて、結構鈍いところがあられるから」


 どういう意味だろう、と思ったが、まずはシュツェルツの腕の中から逃げ出すことが先決だ。

 結局、「ルエン坊やが見ているから、やめていただけませんか」とロスヴィータが懇願して、ようやくシュツェルツは解放してくれた。

 王太子のものへと表情を切り替えたシュツェルツが、みなに告げる。


「では、今から長官──いや、ブレッターの寝室へいこう」


 ルエンが驚きの声を上げる。


「え!? 今からですか?」


 シュツェルツは、にやりと口の端をつり上げた。


「そうだよ。エリファレット、見張りは気絶させたんだよね?」


「はい。彼はまだ、夢の中かと」


「朝まで待っていては、目覚めた見張りが、侵入者──つまり君たちのことを、ブレッターに報告してしまう可能性がある。そうなれば、ブレッターは逃げ出すだろう。彼に外国にでも高飛びされたら、面倒なことになるからね。証拠は全て揃っているのだし、さっさと捕まえてしまおう」


 エリファレットが敬礼で応える。


「はっ。近衛騎士たちを呼び集めて参ります」


 気づくと、シュツェルツが真顔でこちらを見つめていた。


「ロスヴィータ、君も──いや、止めても君は来るだろうからね。ちゃんと、わたしかエリファレットたち近衛騎士のうしろにいなさい」


 言い聞かせるような口調でほほえまれて、ロスヴィータの心臓が、トクンと跳ねる。


「……かしこまりました」


 シュツェルツが帳簿や書類を確認しながら、どれをブレッターの元に持っていくかを、アウリールと相談している。その様子をロスヴィータは、ふわふわとした心地で見つめた。


 やがて、エリファレットに呼ばれた近衛騎士たちが部屋に集まってきた。ロスヴィータたちはシュツェルツのあとに続き、ブレッターの寝室へと歩き出した。

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