表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第三章 王太子の試練

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/54

第二十七話 村への視察

 翌日の視察は乗馬で行われた。

 お供の面々は、ロスヴィータ、アウリール、エリファレット、そして、ルエン、他五名の近衛騎士たちだ。なぜ、ルエンが加わったのかというと、これから訪れる予定の村のひとつが彼の故郷だということで、急遽シュツェルツが人選したのだった。


 ルエンは馬に乗れないので、馬術に長けたエリファレットのうしろに同乗している。エリファレットは子どもの相手が得意なたちではないらしく、幾分、困惑気味ではあったが。

 久し振りに馬に揺られながら、ロスヴィータは麗らかな日差しを受けて、リーパを囲む城壁の外に出た。


 メッサナを視察した時もそうだったが、シュツェルツはお忍びの時はもちろん、公的に街や村を巡る際、自分が訪れる予定だというお触れを出さぬよう、徹底していた。お触れを出せば、住民たちが派手な歓待をしなければならないし、普段の民の様子が見られなくなってしまうという理由からだ。


 それだけに、今日の衣装はみな、乗馬の邪魔にならない程度に格式の高いものを選んでいる。見た目が王族然としていなければ、王太子が視察にきたと言っても、村人に信じてもらえないだろう。


 緑に囲まれたのどかな街道を歩いていると、ほどなく最初の村が見えてくる。

 村に入ると、外れで遊んでいた子どもたちが遠巻きに近寄ってきた。こちらを警戒しているというより、好奇心に駆られたのだろう。

 シュツェルツは彼らに馬を寄せ、ほほえみかけた。


「わたしはこの国の王太子、シュツェルツという。誰か大人の人を連れてきてくれないかな」


「おうたいし……」


 子どもたちは顔を見合わせると、駆けていった。

 たっぷり長い時間を置いて、子どもたちに連れられて現れたのは、老人を含む年配の男性たちだった。みな、王太子の来訪に半信半疑といった顔をしていたが、多くの騎士に囲まれたシュツェルツの優美な姿を見て、信じる気になったようだ。


 彼らはこちらを見て、「王太子さまだけでなく、お姫さままで……」と、ひそひそ話し合っている。どうも王女と勘違いされているようだが、恥ずかしいのでやめて欲しい。

 老人がシュツェルツの前に進み出た。


「殿下、お初にお目にかかります。村長はわたしですが、何か御用でしょうか」


「突然訪れてすまない。実は、アルレスの視察に参っていてな。こうして村々を回り、そなたたちの状況について調べている。何か困っていることはないか?」


 シュツェルツの言葉に、村長や男衆の視線がさまよった。だが、それも一瞬のことで、村長は何事もなかったかのように答えた。


「お気遣いありがとうございます。国王陛下のおかげを持ちまして、特にはございませぬ」


「そうか……」


 シュツェルツは仕方なさそうな笑顔を返したあとで、村長に村の案内を頼んだ。村人たちも村の様子もごく普通で、変わったところは見当たらない。

 村人たちに礼を言って村を出たあとで、シュツェルツが苦笑した。


「信用されていないな、わたしは」


 アウリールがその言葉を受けた。


「殿下のせいではございませんよ。彼らは間違いなく、何かを隠しておりますね。身分が高い者を信用していない。村の様子にお気づきになりましたか?」


「ああ。見るからに貧しい家には、わたしたちを近寄らせないようにしていたね」


 全く気づかなかった。ロスヴィータは恥じ入ったが、シュツェルツとアウリールが鋭すぎるのでは、とも思い始めていた。

 シュツェルツがぼやく。


「せっかく、触れを出さずに街や村を回っても、これではなあ」


 アウリールは、親友と同乗している少年を見て目を細める。


「まあ、殿下のお連れになったルエン坊やが、お役に立つかもしれませんよ」


 次に訪れた村でも、村人たちの反応や応対はほぼ同じようなものだった。シュツェルツが問いかけると、何かを言いたそうな表情が見え隠れするものの、決して多くを語ろうとしない。


 三番目の村は、ルエンの故郷だった。

 今までと同じように、目についた村人の女性を呼び止めると、ルエンに気づいた彼女は目を丸くした。


「おや、ルエンじゃないのさ。こんなに大きくなって、久し振りだねえ。でも、どうして、お貴族さまと一緒にいるの? あんた、リーパのお城に奉公に出されたんじゃなかったのかい」


 ルエンはエリファレットに馬から降ろしてもらうと、照れ笑いをした。


「うん、地方長官の雑用をしていたんだけどさ、こちらの王太子殿下に首になりそうなところを助けてもら──いただいて、今は殿下にお仕えしてるんだ。ねえ、おばさん、村長や大人たちを呼んできてよ」


 王太子と聞いた女性は、顔色を変えて何度も頷くと、村の奥に走り去っていった。

 しばらくすると、先ほどの女性が男性たちを連れて戻ってきた。


「本当だ……」


「間違いなく、ルエン坊だ……」


 ざわめく男衆の中から、中年の男性が飛び出してきて、ルエンの手をがっしりと掴んだ。


「ルエン! お前、無事だったんだな! しかも、王太子さまにお仕えすることになったとはなあ! でかした! でかしたぞ!」


「ちょ、ちょっと……やめてよ、父さん」


 どうやら、男性はルエンの父親らしい。言われてみれば、髪の色がよく似た茶色だ。

 ロスヴィータは半ば呆気に取られてその様子を見ていたのだが、エリファレットがこほんと咳払いをした。


「……ご子息との再会を喜ぶ気持ちも分かるが、まず、王太子殿下にご挨拶するべきではないか?」


 ルエンの父親はすくみ上った。エリファレットの目つきが鋭く、腰に剣を帯びているからだろう。


「は、はい! 失礼致しました! このたびはお日柄もよく……」


 慣れない口上を聞いたシュツェルツは、アウリールと目を合わせ、くすりと笑う。


「なに、楽にしてくれて構わぬ。ところで、村長は誰か?」


 男衆の中で、もっとも風格のある年配の男性が進み出た。


「わたしでございます。ところで、こたび、殿下は何用で我が村へおいでになったのですかな?」


「アルレスの村々を視察しているところでな。手間を取らせて悪いが、是非とも、そなたたちの村も案内してくれないか」


 王族としては腰が低いともいえるシュツェルツの物言いに、村長も悪い気はしなかったらしい。硬かった表情が笑顔に変わる。


「それは、それは……ルエン坊がお世話になっておることですし、喜んでご案内させていただきます」


 ロスヴィータはその光景を見て、あることに気づいた。馬を降りて村を案内してもらう途中、前を歩くアウリールに小声で話しかける。


「あの、ロゼッテ博士」


「はい?」


「今回、殿下は『何か困っていることはないか』とはおっしゃらないのですね。なぜですの?」


「おや、よい質問ですね。今までは先に質問しても、まともに答えてもらえませんでしたからね。殿下は考え方をお変えになったのだと思いますよ」


「……つまり、こうして村の中を回って、村人たちと打ち解けてから、あの質問をなさるおつもりだと?」


「そういうことです。さすが、わたしの見込んだ未来の王太子妃は、違いますねえ」


 にこやかにそう言われてしまい、ロスヴィータは慌てて否定しようとした。


(わたくしは、殿下と結婚なんて……)


 そこまで考えて、ふと、どうして否定しなければいけないのか、分からなくなる。

 自分は何をためらっているのだろう。だって、シュツェルツは今は恋人はいないとはいえ、とんでもない女好きなのだ。


(でも、去年のあの時以来、二股はおかけになっていらっしゃらないようだし……)


 そういう思考に陥りかけ、ロスヴィータは我に返った。これでは、この前読んだ恋愛小説に出てきた、ダメ男にはまる女そのものだ。


 ロスヴィータが懊悩している間に、一行は村を巡り終えた。途中、ルエンの父親が、息子は王太子さまに助けられて、お傍にお仕えすることになったのだ、と、さかんに言いふらしていたような気がする。


 ロスヴィータは一歩下がって、斜めうしろから、シュツェルツの次の行動を見守った。おそらく、彼はあの台詞を口にするに違いない。

 シュツェルツが彼を見に集まった村人たちの前で、村長に話しかける。


「案内ありがとう。ところで、何か困っていることはないか?」


 しん……とその場が静まり返る。村長が首を横に振りかけた時、若者たちが声を張り上げた。


「村長、こんな機会は二度とありませんよ!」


「そうです! ルエンも助けていただいたようだし、俺たちも相談するだけ相談してみましょう!」


「いや、しかしな……」


 何かを迷っている村長に、シュツェルツが語りかけた。


「村長、もし、そなたたちが困っているようなら、わたしは喜んで力になろう。もちろん、詳しい話を聴くからには、そなたたちの不利益になるようなことは、決してせぬと約束する」


 村長は、背の高いシュツェルツを見上げた。その白い眉の下にある瞳から逡巡の色が消え、代わりに決意の光が灯る。


「──では、お話し致しましょう。全ては、二年前、地方長官が代替わりしたことから始まりました……」


 村長は語り始めた。

ブックマークや評価、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ