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お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第三章 王太子の試練

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第二十六話 裏を探る

 州都リーパに到着して二日目、シュツェルツは身分を隠し、市街へ視察に向かった。ロスヴィータもお供をさせてもらい、アウリールとエリファレットを加えた四人で街に出る。


 本来、シュツェルツの服は衣装係である自分が選ぶべきだ。ところが、あいにくロスヴィータは市民の標準的な服装を知らない。シュツェルツはアウリールから助言を受けて、自身で服を選び、裕福な商家の子息風に見せかけることに成功した。


(殿下は、人に服を選んでもらう必要がないのではないかしら)


 もしかしたら自分を上回るかもしれないシュツェルツの服装のセンスに、ロスヴィータはちょっぴり不満だ。


「ロスヴィータはわたしの妹役を演じるといい。髪の色も同じだしね」


 シュツェルツにそう言われてしまい、ロスヴィータは複雑な気分になった。どうしてそんな気持ちになったのかは不明だ。


 ともかくも、ロスヴィータはシュツェルツの服装に合わせ、自分の服をコーディネートした。髪は下ろし、帽子をかぶっている。

 シュツェルツは、「わたしの妹は可愛い可愛い」と、ご満悦だ。なんとなく腹が立つ。

 アウリールは「兄妹」のお付き役、エリファレットは護衛役という設定だ。


 シュツェルツの第一の爵位であるアルレス公の紋章つきの馬車だと目立つため、役人が使う馬車を借り、城下まで出る。下町の境までは馬車に乗り、そこから先は徒歩だ。


 シュツェルツはアウリールと事前に打ち合わせていたらしく、下町の市場に向かった。メッサナの市場もそうだったが、こちらも多くの露店が立ち並び、表面上は買い物客で賑わっている。

 シュツェルツは、まず市場を回り、物価を確認した上で、青果の市を出している年配の男性に話しかける。


「わたしは王都から観光で来たのですが、ここはステラエの市場より値が張りますね」


「そりゃあ、そうだよ。ここは税金が高いからねえ」


「そうなのですか。アルレスの税金は、隣のメッサナ州と同じくらいだと聞きましたが」


 男性は、しまったという表情をしたあとで、しかめ面になる。


「……あんた、冷やかしならよそでやっとくれ」


 シュツェルツはすまし顔で「失礼しました」とだけ答えた。

 市場から遠ざかり、大通りに出ると、シュツェルツは誰にともなく呟いた。


「あの長官、やはり、何かを隠しているな」


 アウリールが頷く。


「同感です。普通に考えれば、ステラエのほうが物価が高いはずなのに、その一・五倍近く高い商品さえございます。それに、先ほどの『ここは税金が高い』という言葉も気になりますね」


 普段は寡黙なエリファレットも口を開く。


「長官が、違法に重税を課しているということでございますか?」


 シュツェルツは渋い顔をした。


「その可能性が高いということだよ。あとで市民代表からも話を聴く段取りになってはいるけど……末端の市民がこれでは、実りある会話は望めそうもないな」


 会話が途切れたので、ロスヴィータは、ずっと気になっていたことを質問してみる。


「あの、みなさまは、いつも物価を気にしておいでですの?」


 シュツェルツが笑顔で振り返る。


「それは、そうだよ。民が生活に必要なものを無理なく購入できているかを知る、絶好の指標だからね」


 そうだったのか。ロスヴィータは、相変わらず何も知らない自分が恥ずかしくなった。


(お父さまは、こんなわたくしによく、『王太子妃になれ』などとおっしゃったものだわ……)


 反省しているロスヴィータのうしろから、馬車が音を立てて近づいてきた。


「危ない!」


 とっさに反応の遅れたロスヴィータの手を、シュツェルツが掴んで引き寄せる。シュツェルツとの物理的な距離が縮まった上に、手まで繋がれて、ロスヴィータの心臓がばくばくと音を立て始めた。


「……で、殿下……ありがとう……ございます……」


 消え入りそうな声でロスヴィータがお礼を言うと、シュツェルツは「どう致しまして」と答えたあとで、にっこりと笑った。


「危ないから、ずっと手を繋いでいようか?」


「け、け、結構でございます!」


「そう? ところで、今は、わたしは君のお兄さまだよ」


「は……はい。失礼致しました、お……兄さま」


 心音の残響が、まだ身体中に残っている。そんな自分を、アウリールが隣のエリファレットをつつきながら、にこやかな笑みを浮かべて見ているのに気づき、ロスヴィータは慌ててシュツェルツから離れた。


     *


 シュツェルツの予想は的中した。

 午後にシュツェルツと会見した市長ら市民代表は、「何か困っていることはないか?」という王太子の質問に、こう答えたのだ。


「何も問題はございません。殿下のご威光と、国王陛下にお選びいただいた地方長官のおかげを持ちまして、リーパとアルレスは万事安泰でございます」


 シュツェルツは内心でため息をついたに違いないが、表面上は穏やかにほほえんでいた。

 おそらく、彼らには言いたいことがあるだろうに、どうして口をつぐんでいるのか。

 シュツェルツのうしろに控えながら、その様子を見ていたロスヴィータはもどかしさを覚え、明日に行われるという村々の視察にも同行しようと心に決めた。


 会見のあと、シュツェルツはルエンに、ブレッターについて何か知っていることはないか、と尋ねた。

 ルエンの答えは、痛ましいものだった。


 地方長官がブレッターに代わってからは、執事を除いたルエンたち使用人の給料は大きく下げられ、年に一度の里帰りすらも許されず、城館に軟禁状態だったようだ。


 だが、地方長官が代替わりする前から城館で奉公しているにもかかわらず、彼はブレッターが裏でしていそうな悪事に関しては、何も知らないという。

 それだけ巧妙に、ブレッターは何かを隠しているのだ。


「ただ不思議なことがあるんです」


 ルエンの言葉に、シュツェルツは首を傾げた。


「というと?」


「お城には時々、柄の悪そうな連中が出入りしてました。長官に頼まれて、何かをしてたようです。それに、ブレッターが長官になってから、お城の調度品が豪華になりました。俺……いえ、僕たちの給料が下げられた分で買ったにしても、豪華になったものが多すぎるなあって、みんなで不思議がってたんです」


 ロスヴィータも妙だと思ったが、話を聴き終えたシュツェルツとアウリールは、真顔で目を見合わせた。何かに気づいたのかもしれない。

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