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お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第三章 王太子の試練

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第二十一話 シュツェルツの決断

 アウリールが真面目な顔になる。


「それはそうと、国王陛下とはどのようなお話を?」


 シュツェルツは先ほどの父とのやり取りをかいつまんで説明したあとで、付け加えた。


「わたしは完全に父に嫌われているよ。君と同じようにね。この前、枢密院会議で、王女にも王位継承権を与えるべきだ、というわたしの提言が退けられただろう? あれも、私情からじゃないかな」


「そうですねえ。その件に関しては、この国ではまだまだ革新的な提案だからかもしれませんが。まあ、殿下が即位なさったあとに推し進めたほうが、円滑に進むかもしれない案件ですね」


 やはり、アウリールの政治に対する見識は、単なる侍医にしておくにはもったいないほどに得難いものだ。


「アウリール、わたしは必ず、君を秘書官にしてみせるよ」


 力強く言ったつもりだったが、アウリールはほほえんだだけだった。


「殿下、先ほど、エリファレットととも話し合ったのですが、最近、お疲れではございませんか?」


「……そうかな?」


「はい。特に国王陛下とご対面なさったあとは、お顔の色がお悪うございますよ。王妃陛下のご病状もお気にかかっておいででしょうし。ね、エリファレット?」


「アウリールの申し上げた通りでございます。たまには、宮廷をお忘れになって、のんびりなさってもよろしいのでは?」


「そうそう。湯治などいかがです?」


「湯治かあ……」


 確かにのんびりできそうだ。だが、せっかく宮廷を離れるのなら、もう少し有意義なことがしたい。

 そもそも、アウリールやエリファレットはああ言っているが、自分はまだ十七だし、体調が悪いわけでもない。単に薬草を入れた風呂ならば、幻影宮で入ることもできる。


(温泉よりも、領地に行ってみたいな)


 アウリールには領地で湯治をしろと言われてしまいそうだが、それならそれで構わない。

 それに、第二王子時代に授かったメッサナは自分で治めているが、王太子領アルレスは父の決めた地方長官に任せたままなのだ。正式にアルレスを統治する前に、是非とも自らの目で、どのようなまつりごとが行われているのかを見ておきたい。


(アルレスは、兄上から受け継いだ地だからな……)


 生まれつき病弱で、健康な弟を恨みに思っていても不思議ではなかった兄は、逆にこちらを心配してくれるような、とても温かい人柄だった。けれども、母の愛を独占していた兄に、シュツェルツは懐くことができず、表面上は笑顔を作っていても、いつも心を凍らせていた。


 その負い目があるからだろうか。病気がちな兄には訪れることも、統治することも叶わなかったアルレスには、つい最近まで、どうしても近づく気になれなかった。


 だが、それも終わりにしなければならないだろう。今現在の王太子は、他ならぬ自分自身なのだ。実際に領地を目にすれば、アルレスを直接統治する踏ん切りがつくかもしれない。


 母の病状は気になるが、すぐにどうなるという類のものではないと、アウリールや母の侍医からも聴いている。

 決断が早いのが、自分の長所だ。シュツェルツは二人の腹心に告げた。


「決めた。わたしはメッサナとアルレスに視察にいく」


 アウリールとエリファレットは顔を見合わせた。


「……それは、のんびりするといえるのでしょうか」


 エリファレットの指摘に、シュツェルツは反論する。


「領地に着いたら、のんびりでもゆっくりでもすればいいだろう」


「……まあ、殿下にはご領地で湯治をしていただくとして」


 予想通りの台詞を口にしたあとで、アウリールは目を細めた。


「それで殿下が羽を伸ばすことがおできになるならば、喜んで従いましょう。さっそく、出立や視察に関する調整を進めさせていただきます。……国王陛下にご覧に入れる視察申請書は、殿下のお名前でご提出しておきますので」


「ありがとう、頼りにしているよ」


 アウリールは本当に気が利く。父と余計な接触をせずにすんで、シュツェルツはほっとした。笑顔で応えたあとで、ふと、領地へお供したいと言ってくれた少女のことを思い出す。


(ロスヴィータにも、近々領地にいくことを伝えないとな)


 彼女は異国や見知らぬ土地に興味があるようだったから、きっと喜ぶだろう。ロスヴィータが花のかんばせをほころばせる情景を想像すると、シュツェルツの胸は温かくなった。


 次いで、彼女を抱き寄せた時や、頭を撫でた時のふわりとした感触、ラヴェンダーの香水の香りが思い出される。まるで、気になる女性を想起しているかのような感覚を覚え、シュツェルツは疑問符を頭に浮かべる。四歳も年下の少女を愛でる趣味など、自分にはないし、あるはずもない。


 それは、ロスヴィータのことは可愛いと思うし、彼女のことを溺愛する、あのいけ好かないツァハリーアスの気持ちも分からないではない。

 しかし、それとこれとは話が別だ。


(妹、か……)


 自分にも、妹か弟がいればよかったのに。


 愛情とはどんなものであるかを教えてくれたのはアウリールだ。けれど、彼と結んだ、決して裏切らない安定した関係とはほど遠い、短い恋の最中、相手に愛を示すのは意外に難しい。


 きっと、自分の心は、大切なものが抜け落ちている。だから、恋を長続きさせることができない。それは、アウリールにも埋めることのできない欠落だ。


 幼い頃から無条件で愛情を注げる相手がいれば、何かが変わっていたかもしれない。

 シュツェルツは、遂にこの世に産まれいでることのできなかった異母弟のことを想った。そして、その母親となるはずだった女性のことも。


「時に殿下、ロスヴィータ嬢は視察にお連れなさいますか?」


 出し抜けにアウリールがそう言ったので、シュツェルツはびっくりした。まして、彼女から連想したことを考えていただけに。


「う、うん。そのつもりだけど」


「さようでございますか。それはそれは」


 にっこりと笑うアウリールの様子に、シュツェルツは何やら不吉なものを感じたが、追及することはしなかった。訊いても絶対に答えてくれないことを、彼との長い付き合いで、分かりすぎるほどに分かっていたからだ。

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