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お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第一章 王太子殿下は女好き
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第二話 そうだ、嫌われよう!

 さて、どうすれば、王太子シュツェルツとの婚約を阻止できるだろうか。


 相変わらず女性たちへの対応に追われているシュツェルツの横を、優雅に会釈して兄とともに通り過ぎながら、ロスヴィータは考えた。

 仕えるべき主君である彼とは、今日にでも目通りすることになるのだろうが、この事態を見て見ぬふりをしたせいで心証が悪くなっても、一向に差し支えない。


(どうやら、お兄さまも同じお気持ちみたいだし)


 兄、ツァハリーアスのことだ。こんな男には妹を嫁にやれない、と、きっと思ってくれているに違いない。


 そこまで思考して、ふとロスヴィータは思った。

 いったん嫌いになると、相手への評価というものはここまで下がってしまうのだ。


 ならば、今日から四年五ヶ月間の任期中に、シュツェルツに嫌われる、というのはどうだろう?

 そうなれば、父がロスヴィータとの婚約を持ちかけたところで、シュツェルツは断固として拒否するかもしれない。肝心の王太子に断られてしまえば、父も諦めるしかないはずだ。


 そうだ、そうしよう。

 ロスヴィータは当面の目標を決めた。

 ただし、嫌われすぎて、兄の将来に差し障りが出るようでは困る。仕事にも支障をきたすだろうし、ほどほどの嫌われ具合にとどめなければならない。


 とはいうものの、シュツェルツに嫌われるどころか、気に入られてしまった場合、期限を待たずに女官を辞して、彼と結婚しなければならない可能性もある。

 それだけは、なんとしても避けねば。


(王太子殿下に嫌われる。王太子殿下に嫌われる……)


 その言葉で頭をいっぱいにしながら、ロスヴィータは等間隔に白い大理石の柱が並び立つ廊下を歩き続けた。

 やがて、隣を歩くツァハリーアスが、ある部屋の前で足を止める。


「ここが応接室だ。女官長と、お前の上役がお待ちのはずだから、失礼のないようにな。ま、ローズィなら大丈夫だろうが」


「はい、お兄さま」


 ロスヴィータはほほえんで応える。ツァハリーアスは自分とは対照的な昼間の空色の瞳を細め、そっと頭を撫でてくれた。

 応接室には、ツァハリーアスの言った通り、女性が二人待っていた。

 凛とした雰囲気の五十代ほどの女性は女官長だ。ロスヴィータも面接の際に顔を合わせた。女官長はロスヴィータたちと挨拶を交わし、うしろに控える三十代後半くらいの謹厳そうな女性を紹介する。


「こちらはオスティア侯爵夫人。王太子殿下付きの首席私室女官で、あなたの直接の上役に当たります」


 高位の女官が、全て伯爵以上の貴族の夫人であることは、ロスヴィータも知っている。

 ロスヴィータはすかさず左足をうしろに引き、膝を折りながら頭を下げ、スカートの両端をつまんだ。


「初めてお目にかかります。ベティカ公爵家の次女、ロスヴィータ・イーリス・ハーフェンと申します。よろしくお願い致します」


 オスティア侯爵夫人は答礼したあとで、にこりともせずに口を開く。


「あなたのことは聞き及んでおります。ロスヴィータさま、あなたは臨時の官──つまりお雇いということになります。ですが、女官となったからには、そんなことは関係ありません。ご自身の家柄に甘えず、誠心誠意、王太子殿下にお仕えするのですよ。お父君は、あなたが働くのは十七歳になる前の月まで、と期限を設けておいでですが、働きぶりが認められれば、本官になることもできるのですからね」


 そんなことを言われても、いまいちピンとこない。まだ、本官とお雇いの明確な違いさえも分かっていないのだ。

 女官長はうっすらと皺の刻まれた顔に、柔らかな笑みを浮かべた。


「お兄君はお妹さまがご心配でしょうが、これから先はわたくしどもにお任せ下さい」


「はい。妹をよろしくお願い致します。それでは、わたしはこれで」


 ツァハリーアスは、はきはきと答え、ロスヴィータに笑いかけたあとで、応接室から出ていった。

 とたんに心細くなり、ロスヴィータは少し身を固くする。

 王太子に仕えることになったとはいえ、今日になるまで、自分はいよいよ女官になるのだと期待に胸を膨らませていたのだが、先ほど出鼻をくじかれたせいもあり、心もとなかった。

 女官長は朗らかに笑う。


「そんなにご緊張なさらないで。今日から、この幻影宮の東殿が、あなたの家になるのですから。さて、ロスヴィータさま、あなたのお部屋をご案内致しましょうね」


 ロスヴィータたち女官の部屋は、応接室から見て、廊下の角を曲がった突き当りにあった。幻影宮の正面玄関のある南殿から、国王一家の暮らす東殿に来る時に通った場所だ。なんとか事態が解決したのか、シュツェルツと女性たちの姿は既にない。


 移動中に、オスティア侯爵夫人は語った。


 私室女官の下の位に置かれてはいるが、衣装係は女官の中でも特別な存在で、女官長も王妃の衣装や装身具を管理していること。

 まだ年若いロスヴィータは、本来、一番下の位である名誉女官から始めてもらうはずだったこと。

 さらに、王太子付きの女官は、ロスヴィータを含めて三名しかいないのだから、選ばれたという自覚を持って職務に当たるように──。


 さすがにうんざりしてきたロスヴィータにとって、部屋への到着は神々の祝福のように思えた。


「こちらが、あなたのお部屋ですよ」


 女官長が扉を叩くと、中から侍女らしき若い女性が現れ、ロスヴィータを部屋に招き入れてくれた。

 室内を見回す。白い壁に赤い絨毯。寝台は実家で使っていたような天蓋付きではないが、清潔そうだ。立派な鏡のついた化粧台もある。


 この部屋なら好きになれそうだ。

 今日、幻影宮を訪れてから初めて、ロスヴィータの心は躍った。

 それから、ロスヴィータは女官用の衣装に着替えさせられ、化粧台の前で髪を結い上げられた。


 最後に、この国(マレ)の女官なら誰もがつけているという、レースで縁取られたフードをかぶせられる。うしろから垂れた長い一枚布が流れる髪のように見える、しゃれたデザインだ。隣国から嫁いできた王妃が広めたものらしい。

 身なりが整うと、女官長が拍手した。


「素晴らしいわ。よくお似合いですよ、ロスヴィータさま。さあ、王太子殿下の御許みもとに参りましょう」


 いよいよ、王太子シュツェルツとの対面だ。

 彼の姿は先ほど目にしている。とはいえ、正式に会うのは初めてだ。ロスヴィータは緊張に包まれた。

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