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お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第二章 なぜか「妹」に

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第十七話 昼食の席で

 シュツェルツ専用の食堂には、テーブル端を背にして暖炉が設えられ、大きな二灯のシャンデリアが吊り下がっている。神話の一場面が織られたタペストリーが壁を飾る豪奢な部屋だ。


 シュツェルツは暖炉の前の上座に座っていた。ロスヴィータの席は彼の右隣で、テーブルの側面に当たる。ロスヴィータの右隣にはアウリールが着席していた。ロスヴィータの向かいの席に着いているのはツァハリーアスで、その左隣にはエリファレットが腰かけている。


「ロスヴィータは、家では『ローズィ』と呼ばれているんだね。でも、わたしは『ロスヴィータ』という響きのほうがずっと好きだよ」


 シュツェルツが、にこやかに話しかけてくる。ロスヴィータが曖昧に相槌を打つと、ツァハリーアスが険悪な顔をしてシュツェルツを睨めつける。


 一同が席に着き、昼食が始まっても、シュツェルツとツァハリーアスは決して目を合わせようとはしなかった。先ほどまでは、あんなに睨み合っていたのに……と炙った肉にマスタードをまぶし、パンで包んだ料理を味わいながら、ロスヴィータは呆れざるをえない。


 それにしても、兄が元々シュツェルツをよく思っていないことは知っていたが、シュツェルツもツァハリーアスを嫌っているとは。


 自分の兄が人から嫌われているという事実は、あまりおもしろいものではないけれど、ツァハリーアスは感情が表に出やすいたちだから、シュツェルツも自身への悪感情に敏感に反応してしまうのかもしれない。

 しかし、この席の主が食事に招かれた者に、全く話しかけないというのは問題だ。


「ゲヌア侯はお父君の私設秘書を務めていらっしゃるそうですね」


 代わって、ツァハリーアスに声をかけたのは、兄を食事に招いたアウリールだった。ツァハリーアスは居住まいを正す。


「はい。十四の頃から務めております」


「色々とご気苦労も多いでしょう。わたしも、王太子殿下の私設秘書をしておりますから、大変さは分かるつもりです。最近では、こうして身分の高い方々とお話しさせていただくことにも、多少は慣れて参りましたが」


 シュツェルツの食事やお茶に招かれるようになって知った話だが、アウリールの父親は地方の神殿に勤める神官なのだという。

 医師を目指していたアウリールは、奨学金をもらい、王都ステラエの医科大学に入学したことでシュツェルツ付きの侍医への道が開けたらしい。


 対して、エリファレットは、賜れば準貴族と見なされる騎士爵を、代々授与されている家系の嫡男だということだった。


 マレでは聖職者の身分は高いが、貴族と並ぶような待遇の神官は、大神官など、ごく限られた者しかいない。アウリールの生まれついての身分は、平民より少し高い程度、ということになる。


 つまり、アウリールはこの中では最も身分が低いわけだが、王太子の側近中の側近であり、この席で一番の年長者ということで、発言権は強い。ツァハリーアスも、その辺は承知しているようだ。


「父は仕事には厳しいので、苦労はありますが……それよりも得るもののほうが遥かに大きいです。ところで、ロゼッテ博士は秘書官にはなられないのですか? あなたほどご実績があり、王太子殿下からのご信頼の厚い方ならば……」


 秘書官と私設秘書では、宮廷での地位や待遇が全く違う。ツァハリーアスは父から爵位を継ぐための勉強も兼ねて、私設秘書を務めているが、アウリールの場合は、事情がまた違うはずだ。

 ツァハリーアスの問いに答えたのは、アウリール本人ではなかった。


「アウリールを正式に秘書官にしたいと、父に何度も上申しているのだがね、なかなか許可が下りないのだ」


 そう応じた時のシュツェルツの顔は、憂いを含んでいて、ロスヴィータは思わずどきりとさせられた。

 いつもとは違う王太子の様子に、ツァハリーアスもそれ以上質問する気が失せたようだ。

 アウリールが柔らかな声で補足する。


「わたしは、別に秘書官になれなくても構いませんよ。元々、王太子殿下の侍医という、過分な地位もいただいていることですし」


 シュツェルツが口を挟んだ。


「いや、でも……」


「大体、侍医と秘書を兼任するだけでも大変なのです。わたしは医師としての研鑽をおろそかにはしたくないのですよ」


 静かだが、揺るぎないアウリールの言葉に、シュツェルツも押し黙ってしまった。

 アウリールが付け加える。


「殿下がお仕事でご無理をなさるようになって、わたしも侍医として気が抜けませんからね」


 シュツェルツの灰色がかった青い目がぱっと見開き、照れたような表情を浮かべた。

 アウリールに温かい言葉をかけられると、シュツェルツは本当に嬉しそうな顔をする。きっと、彼らの間には、実の兄弟以上の絆があるのだ。


 血が繋がっているわけでもない相手と、そこまでの信頼関係を築けるなんて、考えてみれば不思議だ。

 なんだか羨ましくなって、ロスヴィータは二人を交互に見やった。そのあとで、はっと我に返る。


(う、羨ましくなんかないわ! わたくしは殿下と仲良くなんてなりたくないんですからね!)


 心の中で、ぶんぶんと首を振っていると、隣に座るアウリールが笑いかけてきた。


「ところで、ロスヴィータ嬢も、毎日殿下からお誘いを受けて、気詰まりではいらっしゃいませんか?」


「え……そのようなことは」


 一応、否定しておくと、シュツェルツが頷いた。


「そうだよ、アウリール。ロスヴィータはまんざらでもないんだから」


 いままで黙々と、レモンソースのかかった白身魚のローストを食べていたエリファレットが、ぼそっと言った。


「殿下、わたしも最近知ったのですが、『まんざらでもない』という言葉には、二種類の意味があるのをご存知ですか?」


「も、もちろん、知っているよ。わたしの言語学の知識を甘く見ないで欲しいな」


 微妙な顔つきで、そう主張するシュツェルツを前に、アウリールがふう、とため息をつく。


「本当でございますか? 答えは『全くだめというわけではない』と『かなりよい』ですよ。この場合はどちらの意味が正しいのでしょうね。あとで復習なさっておいて下さい。それよりも──」


 アウリールは涼しげな若草色の目を細めた。


「いかがでしょう、ロスヴィータ嬢。たまにはわたしとお茶でもご一緒しませんか? そうですね、明日か、明後日にでも」


 ロスヴィータは、思わずツァハリーアスとシュツェルツの顔を見た。二人とも、相手がアウリールならば仕方がない、という表情をしている。

 ロスヴィータも断る理由がなかったし、アウリールへの興味もあったので、お茶の誘いを受けることにした。


「はい、喜んで。明日で構いません」


 アウリールは笑みをこぼす。


「ありがとうございます。では、場所は確保しておきますので、時間と一緒に、あとでお伝え致しますね」


 隣に座るシュツェルツが、こっそり耳打ちしてくる。


「気をつけて。アウリールは基本的に優しいけど、結構、曲者だから」


 どういう意味だろう。ロスヴィータは小首を傾げたが、ツァハリーアスが思い切りシュツェルツを睨んできたので、質問するのはやめておいた。

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