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お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第二章 なぜか「妹」に

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第十三話 占い結果とさまよう幽霊

「ロスヴィータさま、いってらっしゃい」


 ティルデに笑顔で送り出され、ロスヴィータは部屋に入った。本当は彼女についてきてもらいたかったが、占いは私生活や未来にまでかかわることなので致し方ない。


 占いをする部屋というから、ロスヴィータは仄暗い室内を予想していたのだが、シャンデリアに照らし出された部屋は明るかった。机を挟んだ奥の席に座っているローブ姿の男性が感じのよい笑みを浮かべ、空の椅子を指し示した。


「さあ、おかけ下さい」


「よ、よろしくお願い致します」


 ロスヴィータは腰かけた。

 占い師は三十代半ばくらいに見える。ローブを脱げば、市井の人間に違和感なく溶け込んでしまうだろう。占い師は、人好きのする笑みを浮かべた。


「ご存知でしょうが、わたしはテオフラストゥスと申します。さっそくですが、あなたのお名前と生年月日、出生時刻と出身地を教えていただけませんか。占いに必要ですので」


 ベティカ公家の娘が、まだ実現するかどうかも分からない結婚について気にしている、という噂が宮廷に広まったらどうしよう。

 一瞬、ロスヴィータはそう思ったのだが、テオフラストゥスはやんわりと言い添えた。


「あなた個人を特定できるような情報は、一切他言致しませんので、そのあたりはご心配なく。廷臣の方々を顧客にしているのですから、当然の心得です」


 少し安心して、ロスヴィータは口を開く。


「……わたくしはロスヴィータ・イーリス・ハーフェンと申します。帰年暦きねんれき三六〇八年、十一月十日生まれ……出生時刻は……正確には覚えておりませんが、朝だったと思います。出身地はステラエです」


「分かりました。少々お待ちを」


 テオフラストゥスはロスヴィータの名前を目の前の紙に走り書きすると、その下に描かれた円と、階段を横から見たような形状の表に、線や記号を書き込み始めた。図表ができあがると、テオフラストゥスは顎に手を当て、唸った。


「ふーむ、あなたは大変珍しい星の下にお生まれになったようだ……。実に興味深い。それで、今日わたしにご相談なさりたいこととはなんでしょう?」


 ロスヴィータは、できるだけ悩み事を抽象化しようと努めた。


「あの……親が決めた縁談の相手と結婚した場合、どうなるのかを知りたいのですが……」


「なるほど。では、お名前はよろしいので、お相手の生年月日や出身地も教えていただけますか? もしお分かりになるならば、出生時刻も」


 生年月日や出身地で相手がシュツェルツだと悟られないか、ロスヴィータは冷や冷やしながら答える。


「帰年暦三六〇四年、十月十五日生まれです。出身地は、わたくしと同じステラエですが、出生時刻は分かりません」


 テオフラストゥスは生年月日や出身地を聞いても顔色ひとつ変えなかったが、再び別の用紙に書き込みを終えたあとで、完成した図表をまじまじと見つめる。


「──これは、あなた以上に波乱に満ちた運勢の持ち主ですね。それでは、詳細な結果を出すためにも、タロットを引いていただけますか?」


 テオフラストゥスは裏返したタロットカードを円を描くように混ぜたあとで、またひとつにまとめ、ロスヴィータに好きなものを一枚引くように促した。ロスヴィータは心臓を高鳴らせながら、カードを引いた。

 カードを受け取り、表に返したテオフラストゥスが呟く。


「女聖神官の逆位置……」


 聖神官とは、まだ神々が地上におわした時代に存在し、神々に仕えた最高位の神官のことだ。カードには法衣を着た若い女性が描かれている。


 このカードには、どんな意味があるのだろう。ロスヴィータは固唾を呑んで、テオフラストゥスの次の言葉を待った。

 テオフラストゥスは硬い表情で、カードをロスヴィータに向けて置く。


「まず、知っておいていただきたいのは、占いとは、あくまで可能性を示唆するものでしかないということです」


「はい」


「その上で申し上げますが、そのご縁談のお相手とご結婚なさった場合、あなたは男児をお授かりにならない可能性が高いといえます」


 ロスヴィータの頭は真っ白になった。

 この国では、男子にしか王位継承権がない。シーラムであれば女子でも王になれるし、爵位も継げるが、身分にかかわらず、男子でなければ家督を継げないのがマレという国だ。


 王子を産めなかった王妃ほど、哀れなものはない。

 うまく言葉を紡げないロスヴィータに、テオフラストゥスは申し訳なさそうに続ける。


「さらに、結婚後しばらくしてから数年は、お相手のご多情に悩まされることになるかと……。しかし、よい暗示も出ております。健康な女児に何人も恵まれ、長い目で見れば、ご夫婦仲もよろしいでしょう。全ては、頑なにならず、どれだけお互いを思いやれるかにかかっているといえます。それと──」


 それ以降のテオフラストゥスの言葉は、ロスヴィータの頭には入ってこなかった。

 部屋を出たロスヴィータは、待っていてくれたティルデに、無理やり笑顔を作ってみせた。せっかく、善意で占いをプレゼントしてくれた彼女に、嫌な思いはして欲しくなかったのだ。


 ティルデは彼女にしては珍しく、興味を抑え切れない表情で、「占い、どうでした?」と訊いてくる。


「……とても具体性があって、ためになりました」


 ロスヴィータは、そう答えるのがやっとだった。


     *


 夜中、ふと目が覚めたロスヴィータは、妙に頭が冴える感覚とともに思った。


(やっぱり、殿下とは結婚できないわ)


 もし、本当に男児を授からないとすれば、国王に即位したシュツェルツは、すぐにでも側妾を迎えるだろう。それも、女好きな彼のことだから、何人も。

 側妾が王子を産めば、ロスヴィータは形だけの王妃として生涯を送ることになり、離縁される可能性もある。そうなれば、ベティカ公家の権威も失墜するだろう。


 だが、父の企みなど知らないシュツェルツに、「わたくしと婚約しないで下さい」と頼むわけにもいかない。


 となれば、方法はひとつ。父を諦めさせるのだ。ちょうど年末に休暇をもらえるようだから、なんとしてでも食い下がるしかない。

 占いの結果が悪かったから、という理由だけで父が納得するとも思えないので、うまい論法を考えておかなければならないが……。


 よし、そうしよう、と再び眠ろうとしたロスヴィータだったが、手洗いにいきたくなってきて、仕方なく起きた。


 この頃は夜になると、すっかり冷え込むようになったので、上にガウンを羽織り、室内履きから外履きに履き替える。火掻き棒で起こした暖炉の埋み火から、手燭に火を点け、廊下に出た。

 廊下の壁には、火が灯された燭台が等間隔に並んでいるが、用足しの際には手燭を持っていったほうがいい。


 暗い廊下は冷え切っていた。壁の燭台と手燭の灯を頼りに、身震いしながら手洗いを目指していると、人影が見えた。


 ほっそりとした体格から、大人の女性だということが分かる。

 着ているものは女官用の衣服のようだが、暗がりの中で見るそれは、ぼんやりとした灰色だった。

 おかしい。この東殿の一階に起居している女官は、自分とティルデだけのはずなのに。オスティア侯爵夫人はもう帰宅しているはずだし、何より背格好が違う。


 二階に部屋を持つ女官が、なんらかの理由で一階に下りてきたのだろうか。

 たとえば、シュツェルツに会うため、とか。


 そう考えた瞬間、なぜか胸がむかむかし、ロスヴィータは早足で女官の脇を通り抜けようとした。一応、会釈だけはしておこうと足を止めた時、手燭に照らされた女官の顔が見えた。


 年齢は二十歳前くらいだろうか。可憐な白い面差しは、酷く悲しそうに歪められていた。

 目が合ったその刹那、女性はふっと煙のように消えてしまった。まるで、そこには初めから誰もいなかったかのように。


(──も、もしかして、幽霊!?)


 気づくとロスヴィータは悲鳴を上げていた。誘拐犯にさらわれそうになった時だって泣いたり喚いたりしなかったのに、自分でも驚いてしまったくらい、まさしく絹を裂くような声だった。

 気づくと、周囲から扉をばたばたと開ける音がして、一階に住まう廷臣たちが廊下に出てきた。


「ロスヴィータさま! どうなさったのですか!?」


 振り向くと、ティルデが駆け寄ってくるところだった。

 ロスヴィータは幽霊のいた空間を指差しながら、強張った口を必死で動かした。


「あ、あちらに幽霊が……先ほどまで……」


 ティルデの表情がさっと変わった。


「……それはもしかして、十代後半くらいのお綺麗な女官だったのでは……?」


「はい! はい! その通りです!」


 ティルデは興奮しているのか、饒舌になった。


「多分、そのお方は国王陛下の側妾でいらっしゃった、ベアトリーセ・ヴェレさまだと思います。三年前に難産で亡くなられて以来、この東殿の一階に、夜な夜なお見えになるという話は有名で……元々、王太子殿下付きの女官を務めていらっしゃったから、何か未練があられてここに留まり続けておいでになるのだとか。わたしはお辞めになった先輩女官から聞いたのですけれど」


「は、拝見してしまったら、何か悪いことが起きるのですか?」


「あ、それは大丈夫だと聞いています。何もなさらないそうなので、安心なさって下さい」


「よかった……」


 ロスヴィータは心底ほっとし、集まってきた侍従たちや、身の回りの世話をしてくれる侍女たちに謝った。

 だが、まだ問題が片づいていないことに思い至る。


(わたくし、まだお手洗いにいっていないのだったわ……)


 ロスヴィータは、勇気を総動員して、ティルデに泣きついた。


「ティルデさま……お手洗いまでご一緒して下さいませ。わたくし、もう一度、あのお方を拝見してしまったらと思うと、とても一人では……」


 ティルデはくすりと笑った。


「気丈なロスヴィータさまにも、怖いものがあるのですね。よろしいですよ。ご一緒しましょう」


 こうして、ロスヴィータの多難な誕生日は終わったのだった。

幻影宮には廷臣用のトイレがあります。東殿では、隣にある浴場の排水をトイレに流しています。

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