第十二話 誕生日の贈り物
ロスヴィータは悩んでいた。
シーラムの事件以来、ティルデとは前にも増して仲良くなったし、慣れてきた仕事も順調だ。
だが、シュツェルツのことがある。
誘拐犯から救ってくれた恩人であるシュツェルツに、もう嫌われるための嫌味は言えない。ロスヴィータも彼の美点は理解した。
それでも、彼と婚約しろと言われて、はい、そうですか、と素直に従うのは、何かが違う。
かといって、以前、兄の前で肯定したように、「シュツェルツとは絶対に結婚しない」と言い切ることもできないような気がした。
しかも、シュツェルツは、ほぼ確実にロスヴィータを恋愛対象として見ていない。この五か月強で、それは身に染みた。彼は年上の女性が好きなのである。政略的な結婚相手としてなら、数年後くらいに考えてくれるかもしれないが……。
要するに、宙ぶらりんの状態に陥っているのだ。
そんな中、ロスヴィータは、十一月十日に十三歳の誕生日を迎えた。
実家にいれば、盛大な誕生日パーティーが開かれたはずだが、幻影宮で暮らし始めた今年は静かなものだ。
しかし、朝、詰め所で挨拶を交わしたあとで、ティルデがにっこりと笑って言った。
「お誕生日おめでとうございます、ロスヴィータさま」
ロスヴィータはびっくりした。そういえば、前に、ティルデに誕生日がいつだか話したような気がする。
「ありがとうございます、ティルデさま」
「それで、ロスヴィータさまにお誕生日プレゼントを差し上げたいのです。何がよろしいですか? わたしが選んでしまってもよかったのですけれど、やっぱり、ロスヴィータさまが欲しいものを差し上げたくて……」
お友達から「プレゼントをあげたい」なんて言われたのは、もちろん初めてだ。今更ながら嬉しさが込み上げてくる。
「そんなに気を遣っていただかなくてもよろしいのに……」
「いいえ。そういうわけには参りません。宮廷に、毎日商人が出入りしているでしょう? 彼らに頼めるものなら、なんでも構いませんから」
「……では、お言葉に甘えてしまおうかしら」
商人が出入りしている中央広間のある南殿に、休憩時間になったら一緒にいく約束をして、二人は朝の仕事に向かった。
*
午前のお茶の時間を早めに切り上げて、ロスヴィータとティルデは休憩時間に入った。渡り廊下を抜けて南殿の中央広間へ着くと、商人たちに品物を見せてもらっている廷臣たちの姿がちらほら見える。他にも、椅子に腰かけ、おしゃべりをしている女官たちもいた。
「テオフラストゥスの占いの結果はどうでした?」
「それがね……聞いて下さいな」
(占い?)
人は迷うと、どうして占いという言葉に敏感になってしまうのだろうか。姉のイザベレも、父による縁組が本決まりになる前、高名な占い師に相談にいっていた。
普段はしっかりしていて、占いになど興味がなさそうに見えた、あのお姉さまが……とロスヴィータは意外に思ったものだ。
ロスヴィータと同じように、占いに関する話題が耳に入ったらしく、ティルデが呟く。
「まあ、今日はテオフラストゥスが来ているのね」
思わず、ロスヴィータは尋ねていた。
「あの、ティルデさま、テオフラストゥスというのは?」
自分は占いになんか興味はありませんけれど、一応訊いてみました、といった体をなんとか装う。
中央広間の一室を、ティルデは目で指し示した。部屋に沿った壁には椅子が並べられており、何人もの人が腰かけている。
「テオフラストゥスというのは、王妃陛下のお抱え占い師の弟子に当たる方で、多分、あの部屋で占いをしていると思います。幻影宮に起居している廷臣は、あまり外出もできないでしょう? その慰みになるようにと、王妃陛下は半年に一度、テオフラストゥスを王宮に招いて占いをさせているのですって」
扉の脇にはいかにも占い師といった風体の、ローブを着た男性が机の前に座っている。おそらく、あれはテオフラストゥス本人ではなく、占い希望者に応対する受付係なのだろう。
半年に一度しか幻影宮を訪れない占い師が、誕生日の今日、現れた。全くの偶然なのだろうが、なんとなく運命的なものを感じてしまい、ロスヴィータは迷った。
ティルデが無邪気な笑顔を向けてくる。
「もしかして、ロスヴィータさまは占いに興味があるのですか? 占いをプレゼントするというのも、未来を贈るようでいいかもしれませんね」
……数分後、ロスヴィータはテオフラストゥスに占いの予約を入れるべく、受付を目指し、ティルデとともに歩き出していた。
予約は入れられたものの、テオフラストゥスの占いは盛況で、順番が回ってくるのは夜の九時頃になるらしい。
占ってもらいたいことは、もう決めてある。
自分はシュツェルツと結婚するべきなのかどうか、だ。
占いをしてもらうのは生まれて初めてだが、一体どんなことを言われるのだろう。とんでもなく辛口のことを言い放たれてしまうのだろうか。
(でも、もし、いい結果が出たら……)
その時、自分はどうするのだろう。ロスヴィータは上の空で仕事をこなし、普段ならありえないようなミスを連発した。そのたびに、ティルデに助けてもらう。まったく、よい友人兼先輩を持ったものだ。
やがて、九時になり、ロスヴィータは再びティルデとともに南殿に向かった。夕食前なので、お腹がぺこぺこのはずだが、緊張に包まれているせいか、空腹を感じない。
九時に予約している旨を受付係に告げると、少し待たされたのち、名前を呼ばれた。




