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お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む  作者: 畑中希月
第一章 王太子殿下は女好き

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第十一話 危機一髪

 そのままとんぼ返りをしたのでは味気ない、というシュツェルツの提案により、結婚式の翌日、ロスヴィータたちお供は、一日だけ王都ターリスの市中に出ることを許された。オスティア侯爵夫人は連日の疲れが出たようで、王宮で待機している。


「馬車で途中まで送るよ」とシュツェルツが申し出てくれたので、マレから帆船で運ばれてきた馬車に、ロスヴィータはティルデとともに乗り込んだ。中には、シュツェルツとアウリール、エリファレットも乗っている。


 ステラエを歩く時でも、家族やお供を連れていないと外出もままならなかったロスヴィータにとって、友人と一緒に外国の街へ繰り出すというのは、言葉にできないくらい心躍るイベントだ。

 どんなお店を回ろうか、お金の使い方を間違えないか、ロスヴィータは期待と不安で胸がいっぱいだった。


 王宮から出発した馬車は、まず貴族の邸宅が並ぶ大通りを通過していく。レンガ造りの淡い暖色の建物群を見ていると、絵画の中にでも迷い込んだような気分になってくる。


「まあ! まるでおとぎ話に出てきそうな町並みですね!」


 ティルデが珍しく歓声を上げる。船から降りてターリスに入った時、彼女は船酔いの気持ち悪さを引きずっていて、街を見物するどころではなかったのだ。ロスヴィータも、はしゃいでしまいそうになるのを、なんとかこらえながら頷いた。


 やがて、繁華街が広がり始めると、馬車は停まった。周囲の人々はマレ王室の紋章入りの馬車の登場に、興味深そうにこちらを見ている。シュツェルツは人だかりを気にした様子もなく馬車を降り、ロスヴィータとティルデの手を取って降ろしてくれた。


「じゃあ、二人とも気をつけて。馬車にはこの近くで待っていてもらうから、また合流しよう」


「かしこまりました。ありがとうございます、殿下」


 ティルデがロスヴィータの分も代表してお礼を言う。昨日の一件もあり、彼女はロスヴィータとシュツェルツをあまり会話させないほうがいいと思っているのかもしれない。


 そのほうが助かる。外出できるのは嬉しいが、「王太子殿下に嫌われよう計画」が本人に露見していたことが判明し、彼にどう対応していいのか分からなくなってしまったのだ。


 シュツェルツがアウリールとエリファレットを伴って去ってしまうと、ロスヴィータはティルデとともに街を散策し始めた。外からショーウィンドーを覗いたり、可愛らしいお店に入り、冷やかしてみたり。

 この国の王宮でもそうだったが、自分が今まで家庭教師に就いて勉強してきたシーラム語が、ちゃんとお店の人に通じるというのも、嬉しい体験だった。


 目移りしながらも、生まれて初めてお店で小物を買い、ティルデと笑い合いながら外に出る。

 豊富な鉱山を有しているシーラムでは、貴金属や宝石の加工も盛んで、綺麗な細工物がたくさん売っているのだ。

 名前の知らない街路樹の並ぶ通りを歩いていると、細い路地が目に飛び込んできた。


(あそこには何があるのかしら?)


 思わず、その路地を覗き込む。人通りの少ない、狭い道が続いていた。ティルデが不安そうに言う。


「ロスヴィータさま、人気のない場所に行ってはいけないと、家の者から聞いたことがあります。早く戻りましょう」


 ロスヴィータが応えようとした時、路地から二人の若い男が歩いてきた。身なりは悪くないが、裕福な商人というわけではなさそうだ。なんとなく服装と中身が合っていない、ちぐはぐな印象を受ける。

 男の一人が、にやにやしながら話しかけてきた。


「お嬢さんたち、もしかして異国人? ここらでは見ない服装だもんねえ」


 男の馴れ馴れしい感じに怯えたのか、ティルデが黙り込んでしまったので、ロスヴィータが代わりに応対する。


「マレ人ですが、何か問題でもありまして?」


 男のにやにや笑いが、さらに嫌らしくなった。


「ずいぶん丁寧な言葉遣いだねえ。君たち、大店おおだなのお嬢さんか何かかな?」


 否定しようと思ったが、ここで自分たちの身分を明かすのは、まずい気がする。本能的にそう思った。

 もう一人の男が、値踏みするようにロスヴィータとティルデを見比べた。


「二人とも上玉だが、特に髪が黒いほうのガキはめったにいねえ代物だ。身代金が取れなくても、売り飛ばせば金になる……やるぞ」


「了解」


 一気に背筋が冷たくなる。

 この男たちは、自分たちを誘拐する気だ!

 寄ってきた男たちの手が自分たちに向けて伸ばされる。


「ティルデさまに触らないで!」


 とっさに、ロスヴィータはティルデを庇おうと、一歩前に踏み出していた。


「そのたちに、汚らしい手で触るのはやめてもらおうか」


 聞き覚えのある男性の声がした。男たちが手を止め、声の主に向けて剣呑な視線を送る。

 振り向くと、シュツェルツがそこにいた。うしろにはアウリールとエリファレットが控えている。


「ああ? なんだ? お前らは」


 男の一人が、凄みをきかせた声で問うが、シュツェルツはどこ吹く風だ。


「その娘たちの保護者、といったところかな。……エリファレット」


 エリファレットは、ロスヴィータと男たちの間につかつかと割り込む。

 応戦しようとした柄の悪い男の腕を両手で素早く捻り上げ、背に回させると拘束する。一瞬のことで、目で追うのがやっとなくらい、鮮やかな手さばきだった。

 エリファレットは、元々鋭い目をつり上げる。


「シーラム人の面汚しめ!」


 エリファレットの強さを目の当たりにして、かなわないと悟ったのか、もう一人の男が踵を返して逃げ出そうとする。

 今度はロスヴィータの前まで歩いてきたシュツェルツが、男の腕を掴む。

 体勢を崩した男を、うつ伏せに地面に倒れ込ませ、掴んだ両腕をうしろ手になるようにねじり上げる。


「ようやく、体術が実戦で役立ったよ」


 いつの間にか大通りから、市街の巡回中と思しき兵士たちや、野次馬たちが集まってきた。連れ立って駆け足で近づいてきた兵士たちの前に、シュツェルツは捕まえた男を押し出し、エリファレットが拘束している男を目で指し示す。


「わたしの連れを狙った誘拐未遂犯たちだ。すまないが、しかるべきところに突き出しておいてくれ。余罪があるかもしれないしな」


 シュツェルツの堂々とした態度に気押されたのか、兵士たちは詳しいことは聞かずに、誘拐犯たちの左右をがっちりと固め、連れていってくれた。

 誘拐犯を引き渡したエリファレットが、シュツェルツに向き直る。


「殿下、お見事でした。ですが、わたし一人でも片をつけられましたのに」


「そうだろうけど、女の子の危機を救うっていうのを、一回やってみたかったんだよ」


(助かった……)


 極度の緊張で何も感じなくなっていた両脚が、がくがく震え始めた。立っていられなくて、ぺたんと両膝を地面につくと、しゃがみ込んだシュツェルツがそっと肩に手を置いた。


「大丈夫?」


「は、はい……ところで、殿下は、どうしてこちらに?」


 シュツェルツは言いよどんでいたが、ややあって頬を掻く。


「……二手に分かれたあと、どうしても気になってね。距離を置いてうしろから見守らせてもらった。実は、つい最近、貴族や富裕層を狙った身代金目当ての誘拐事件が起きた、とフィラスから聞いてね。君たちの身に何か起きたらと心配だったんだ。本当は二人だけで街を歩かせるのもどうかと思ったんだけど、わたしたちが一緒では楽しめないだろう? ……立てるかい?」


「多分……」


 シュツェルツに助け起こしてもらい、ロスヴィータは立ち上がった。

 ティルデについていたアウリールが、シュツェルツに向けほほえんだ。


「殿下のご心配が的中しましたね。事件を未然に防げてよかった」


 シュツェルツは苦笑する。


「ああ。怖い思いはさせてしまったようだけどね」


 ティルデがこちらに走り寄ってきた。


「ロスヴィータさま、庇って下さってありがとうございます! 本来なら、年上のわたしがしっかりしなければいけなかったのに……」


 ロスヴィータは手を伸ばし、ティルデの背に優しく腕を回した。


「いいえ、わたくしの不用意が招いたことです。せっかく、ティルデさまが注意して下さったのに……。それに、わたくしは何もしておりません。助けて下さったのは殿下やエリファレット卿で……」


 そこまで口にして、ロスヴィータはようやく気づいた。まだ、シュツェルツに礼のひとつも言っていないことに。

 ロスヴィータはシュツェルツに向き直る。


「あの、殿下、助けて下さってありがとうございます。殿下がおいでにならなければ、わたくしたちはきっと、さらわれていたと存じます」


「いいんだよ。君たちは、ご両親からお預りしている大切な身柄だからね」


 そう言って笑うシュツェルツは、心から安堵したような、とても晴れやかな顔をしていた。

 ロスヴィータの胸が、とくん、と一度だけ高鳴った。


(今のはなんだったのかしら……?)


 不思議に思いながらも、ロスヴィータはエリファレットとアウリールにもお礼を言った。


 シュツェルツは単なる女好きというわけではなく、ちゃんと自分たち女官のことも考えてくれている。何より、シュツェルツに声をかけてもらい、その手で触れられた時、本当に安心した。


 本当に、自分はシュツェルツと結婚したくないのだろうか?

 危機を救ってくれ、家族のような安心感を与えてくれた人を、まだ嫌っているのだろうか?

 いつの間にか、決意に揺らぎが生じていることに、ロスヴィータは気づいた。

 本当は、とっくに分かっていたのだ。シュツェルツが掛け値なしに優しいことくらい。


 その後、シュツェルツたちに伴われ、ロスヴィータとティルデは王宮に戻った。二人とも事件の動揺が残っていて、観光どころではなかったからだ。


 九月二日。短い滞在期間に多くの経験をしたシーラムに別れを告げ、ロスヴィータは帰国の途についた。

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