聖女兼ヒロインなんかやってられるか!
魔物が住むらしい森の前に置き去りにされて、その瞬間目の前が弾ける様に前世とやらのことを思い出した。
そして、無垢な女の子だったはずの私は怒りに震える。
どうして10歳の子どもがこんな場所に置いてけぼりにされなきゃいけないの!
前世の記憶を元に境遇と名前、亡くなった母の名前からこの理不尽な転生先も把握した。
「愛しき君に捧げる剣」という戦闘パートもある前世で必死にやり込んだ乙女ゲーだ。略称は「愛剣」。
ヒロインが聖剣の神子というところからタイトルがついている。
そのヒロインの人生は割と不遇だ。
まず、母は裕福な商家の娘……つまり平民なのだが、うっかりお忍びで旅をしていた前王弟の血を汲む公爵家の子息と恋に落ちて駆け落ちしようとした。
けれど、それは半年後に各々の家族に連れ戻されてしまう。その頃にはすでに母の腹には父の子……つまり私が宿っており、彼女は一人で女児を産み落とした。
彼女は伝手を辿って彼に娘を産んだことを伝える。しかし、父は連絡をする手段を家から断たれており、気にかけながらも一目見に行くことすら許されなかった。
母は健気に父を信じていたが、家族から娘を必死に守りながら商売をする生活は確実にその身体を蝕んでいき……三日前に病死した。
娘は可愛がっていた祖父母も、私は娘を攫い不幸にした男の子ども。愛もなければ情もない。
よって、母の兄と一緒になって、母が私のためにと蓄えてくれていた全てを奪い取って「早く死ね」とばかりに森に捨てたのである。
「ざっけんなよ……いつか絶対復讐してやる!」
そんな彼女がどうやって生き延びたか……ひとえにこの森の奥の神殿にて国神の一柱である戦女神に神子であることを認められたからである。
神子が現れれば王家の神殿にある鏡にその姿が映し出されて、保護される。
ちなみに血縁関係の有無もそこにある水晶でわかるらしい。困ったときの神殿である。
ここから近くの集落までは子どもが安全に歩いて行ける距離じゃない。もしかしたら中身が違うから認めてもらえないかもしれないけど、どっちにしたって生き延びる確率は森の方がまだマシに思える。
森に足を踏み入れ、奥へ奥へと歩いていく。野犬なども出たけど、睨みつけながら歩いたら悲鳴を上げて逃げていった。犬にまで逃げられる顔してるのか……。
ゲームのヒロインまじでなんであんだけ無垢でいられたの?私なんて今「お母さんが死んだの私じゃなくてテメーらのせいだろクソ野郎共!」しか頭にないわ。
私の母親を返せ。
怒りのあまりに疲れすら逃げていったのか、ほぼ一日中歩き続けて私は神殿に辿り着いた。
「たのもーーー!!」
道場破りに来たような掛け声で古びた神殿の扉を開けた。
そこには赤い鎧を着た見目麗しい女性が驚愕の目で立っていた。
「聖剣の神子の魂の形が変わってる!!?」
「聖剣よりも戦いの知識と経験と加護をくださいませ!」
「こんな殺意に溢れた神子いる!?……目の前にいたわ!」
女神様ってノリがいいんだな。
しかし私が欲しいのは国を救う聖剣ではなく、気に食わない祖父母と叔父を滅ぼす剣技である。
「神子よ……わたくしの神子よ。聞きなさい」
冷静さを取り戻した女神様は頭が痛いというような顔をしてはいるが、私を見据えて告げる。
「あなたの魂が界渡りであろうと、あなたが聖剣の神子だという事実は変わりません。よって、御役目は果たしなさい。これはあなたのためです」
「えー……正直救う価値あるんですか……?」
私は愛剣のファンだったけれど、それでも元ファン現ヒロインポジションの立場で言うとむしろお母さんが死んだ今滅ぼしてもいいくらいである。
「神子、これはあなたにも利のある話なのです」
「利……」
「身も蓋もない話をしますが、神子に危害を与えた者の運命は悲惨です。精霊が運を吸い上げ、万物は加護を辞めるからです」
「悲惨」
「あなたには二つの神に連なる血が流れています。余程のことがない限りは両方が見離すでしょう」
攻略対象にヒロインの従兄弟いたはずだけど本当に悲惨なんだろうか。
悩んでいると、彼女は微笑んだ。
「あと、神子になれば武道は自ずと習う羽目になります。あなたは、わたくしという戦女神の神子なので」
獰猛な笑みを見て、私の目指すものはこれだ、と思った私は彼女の手を取って聖剣の神子となった。
この神子という身分をもって私は戦女神、アレナ様を目指すのである。
「神子、あなたの名は?」
「ロザリーです。我が女神様」
私は知らない。
この後、厄介な王子様に目をつけられ、ベタベタに甘やかそうとする彼と決死の鬼ごっこをすることになるなんてことは。