第0話【悪夢と俺と】
────俺は素直に告白したいだけだった。ただ、君が好きだと伝えたい。たったひとつの願い事。
君は死んだ。無慈悲に死んだ。俺は来る日も来る日も泣き叫んでは何かを破壊しを繰り返す。
それから数日後、両親は俺の元から風のようにきれいに去った。当然のことである。なんせ、成績優秀の生徒会長だった俺がきれいさっぱり化けたんだから。いかにも笑える話だろう。
俺が好きな彼女は、死んだわけではない。中身は死んでいるのだ。
彼女は夏休みの後半、家族旅行で一週間出掛けていて、その行き先で車が交通事故に遭った。家族五人のうちの彼女以外は軽症で済んだが、助手席に座っていた彼女は運悪く、ぶつかった岩が窓を貫いて彼女の頭を突き刺した。
そして入院後、彼女は命に別状はなかったが、植物状態になってしまった。
俺は彼女の帰宅するその日に開催される河川敷の夏祭りで告白をする予定だったが、その二日前にその事故を聞いた。
もっと早く、告白していれば。あのとき、覚悟を決めて告白していればと、何度後悔したことだろう。
何が何だかわからず、生きる意味を失ってしまった俺はついに学校にも行かなくなってしまった。
それから夢の中で彼女が頻繁に現れるようになった。俺が何かしたのか、神様は俺を恨んでいるのかと思うくらいトラウマを呼び起こす。ただ、それは彼女ではない。もう一人の彼女だ。
そしてある日、夢の中での視点が自分から裏彼女に移り変わった。特に何も起きない暗闇の世界。前も見えないままひたすら歩き続けるだけの夢。
歩き続けること数分、俺自身と出会った。自分で自分を見るのはなんだかおかしな気分だが、なぜかその俺は泣いていた。
あぁ、この俺はあの日の、彼女が植物状態になった日の俺だ。顔を見ればわかる。目は腫れ、涙は頬を伝い、顔は真っ赤。挙げ句のは手には自分の爪で自分の顔を傷つけている。血と涙が混じって薄い赤色の液体が地面に落ちる。
そして再び、視点が変わった。元通りになったのだ。泣きじゃくる俺に彼女は何かを言っているようだった。
「────また悪い夢でも見てるの?」
何故か聞こえない。しかし、口パクなのに理解できる。聞きたい。彼女の声をもう一度聞きたい。俺は彼女に一歩近づき、腕で顔を擦りながら言った。
「いや。凄く悪い夢を見てるよ」
その返答に彼女は笑った。この笑顔こそが彼女を好きになった理由の一つなのだ。
辺り一面真っ暗闇。二人だけを何かが照らし、他愛ない会話を促している。
夢の中の彼女は現実の彼女とは全く違うところがある。性格、喋り方、俺への接し方。だが、その可愛さは唯一変わらないとこだ。
まだ現実で死んでいる訳ではないのになんでこんなにも夢の中で出てくるのだろう。現実の彼女は話しかけても喋らない。笑わない。ただ、窓の外を見つめるだけ。いつも病院で彼女に会うときは涙を流しながら必死で話しかけている。だからこうやって前のように普通に話せるのが嬉しくて堪らないのだ。
俺は凄い悪い夢を見ている────────
その時、彼女は俺の頬に優しくキスをしたのだ。まるで悪夢から解放させてあげているように。
彼女は少しだけ笑い、俺にこう言ったのだ。
「私を助けてね」
────その一言だけを残し、闇に消えていった。俺は何故か立ち止まっていられなかった。これは現実の彼女からのメッセージに違いないと、確信したからだ。泣いている場合じゃない。こうしている間にも彼女が苦しんでいる。
これは、望まない事故により告白できなかったとある少年が、少女を助けるべく、夢と現実を行き来する、それだけの物語。
夢の彼女は笑っていた。だけど、現実の彼女は泣いていた。
彼女が闇に消えたとき、俺の夢はそこで途絶えた。
────悪夢と恋と。勝つのはどちらか分からない。
そして俺は新たな朝を迎えた。