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聖女と呼ばれた少女の顛末

作者: 野鳥

「──ッ化け物め!!」


 かつての婚約者である帝国の第二皇子は私の姿を見て吐き捨てる。


「ええそうよ!だから何ですの?私が化け物なのは私が1番わかっております」


 でもね、今はそんな事はどうでもいいの。


 これが終われば貴方の前から消えるんだから静かにしてて。


 紫紺の髪を風になびかせながら無数の魔法陣を展開していく。

 人間には無い強大な力は畏怖嫌悪を抱かれることは誰だって承知の上。

 まさに神の御業とも言えるほどの魔法陣を魔物の大軍、凡そ100万の上空に満遍なく広げ───。










 魔物の大軍が国を覆い尽くす程攻めてきた運命の日。

 ひとりの少女が姿を消した。

 その少女は誰もが死を覚悟し絶望した光景を、いとも簡単に消し去ったのだ。

 その功績を讃えられこそすれ、非難される謂れは無いはずだが、その力は余りにも恐ろしく人間には理解の出来ないものであったが為、城の地下牢に繋がれることになった。

 勿論民衆や一部の有力者等は猛反発したが、大半の者はその力に怯え、早く処刑しろ!と声を荒らげた。


 しかし少女は忽然と消えたのだ。


 地下牢を警備していた騎士達は言った。


「あの少女は私達の目の前で消えてしまった!まるで空気に溶けるように消えてしまったのだ!」


 あれ程の力を持つ少女の事だ。逃げるのも容易いのだろう。

 しかし国は御触れを出した。


【紫紺の髪、紅玉のような赤い眼の少女を見つけた者は白金貨10枚を褒美とする。期間は無期限。必ず生きて捕らえよ】


 と、普通であれば不可能なものであったが、血気盛んで頭を使わない輩はその少女を探し始めた。

 そうして馬鹿な人間とは何処の国でも居るもので、金に目が眩み偽物を作り出して差し出すという愚行に走る。

 幸いなのは【生きて捕らえよ】と御触れが出ていた事だ。そのお陰で死者はいなかったが、死ぬ寸前までボロボロにされた少女達が大勢出てしまった。

 娘を持つ親はこれに怯え、娘を外に出さなくなった。

 少女と同じ年頃の女性は毎日震えながら暮らし、とうとう耐えきれなくなり他国へと亡命し始めた。


 あれよあれよという間に帝国内から人が居なくなり、数年後には隣国の王国に攻め入られ、呆気なく帝国は滅びた。


 この一連の流れを民衆は「あの少女に無体を働いたからだ!あの少女は神の使いだったんだ!それなのに殺そうとした帝国に神の鉄槌が降りたのだ!!」と口々に言う。


 いつしか少女は神の使いとして祭り上げられた。


 神々しいまでの姿を持つ紫紺の髪と紅玉のような赤い眼の【聖女ジブリール】────ジブリール教の誕生である。









「って何よそれ。恥ずかしい名前つけないでよ!!」


 少女は怒っていた。それはもうカンカンに。


 少女の名はジブリール・スピネリア、紫紺の髪と紅玉のような赤い眼を持つ美しい少女【聖女ジブリール】と名付けられた哀れな女の子だ。


「んなこと言われてもねぇ。勝手に広めてんの俺じゃねーし」


 ジブリールの目の前で紅茶を優雅に堪能している男は漆黒の髪と青黒い瞳を持つ美丈夫。名はオルディロッド・アウセクリス、この星の創世神である。


「あのねぇ…あんたが私をこんな目にあわせたんでしょーが!!少しは反省しなさいよ!!」

「なんで?」

「ムキー!!」


 事の起こりは今流行りの異世界転生。

 ジブリール・スピネリアもとい田中晶子(たなかしょうこ)は通学中にトラックにはねられ死亡した。享年17歳の平凡な少女であった。

 ゆらゆらと心地よく、何時までも漂っていたいと思わせるぬるま湯のような場所で微睡んでいたら、突然ゆっさゆっさと激しく揺さぶられ、無理やり起こされたのだ。


「おーきーろー、しょーこー、しょーこさーん。オーイ、しょこたーん」

「誰がしょこたんだ!!」

「お、起きた」

「うるっさいのよ!さっきから!こっちは気持ち良く寝てたのになんの用よ!!」


 余りにも激しく揺さぶるものだから眠れたもんじゃない!そしてそのあだ名は止めろ!!色々アウトだ!!自分的に!!


「おはよーさん。目は覚めたか?しょこたん」

「や・め・ろ!トゥットゥルーとか言わせる気かこのやろー!」

「ん?トゥ…?」


 唐突のトゥットゥルーは聞き取れない。かく言う私も「ん?なんて?」と思ったことも今は懐かしい。


「そこ拾わなくていーです……てか誰?」

「おお、俺は神だ。名はオルディロッド。よろしく」

「はあ…よろしくお願いします。顔は極上なのに頭は残念な人ですか?あ、人じゃなくて神ですか笑」

「うーん、いいな。この気の強さ。最高に合ってる!」


「神て。自分で言うなよ」と鼻で笑う晶子を眺めながら、うんうんと嬉しそうに頷く美丈夫に【ただしイケメンに限る】というのも状況によっては無しになるんだなと一つ学習した。


「さて、あまり時間も無いからちゃちゃっと決めるぞ」

「何を」

「転生時の容姿と能力だな」

「ちょっ、待てよ!」

「うんと綺麗にしてやるぞー」

「はあん?平凡な私に対する嫌味ですか?」


 タブレットっぽい石版をタップする自称神に、イラッとする。

 こっち見んな。


 ………って、は!?転生!?


「待て待て待て、そこの黒い美丈夫」

「黒い美丈夫ってすげぇな。なんだ?」

「今、転生って言った…?」

「おう、それが?」

「……………少しばかり確認したいのですが、私は死んだのでしょうか…?」

「え?今更?」


 目を丸くするイケメン。イケメンですね。


「………………私、死んだの?」

「トラックにはねられてな…」

「………ぅ、そ……ウソだ……嘘だぁ!!」


 死んだ……?トラックにはねられて…?あぁっ、そうだ、思い出した…あの日、学校に行こうとして!わたし!私のっ!!



「私のハンバーグゥゥゥゥ!!!ううっ、ぐすっ」


 痛ましそうに晶子を見ていたオルディロッドはその一言で真顔になる。


「………ハンバーグ?」

「うわあああん!!あの日のっ晩御飯ぅっ、ひっく、ハンバーグッ、だったんだもおおおん!!うえぇぇぇん!!」

「………そ、そうか…それは、なんと言うか……どんまい?」

「そんな気休めの励ましなんて要らないわよ!!」

「ああー、まあ、転生先で作って食べてくれよ」

「バカヤロー!おふくろの味がいいんでしょうが!!自分で作ったって美味しくないわ!美味しいけど!!」

「どっちだよ」


 泣き崩れる晶子の頭をポンポンと慰めるように優しく叩くオルディロッドに、晶子は驚いて顔を上げる。

 頭を撫でられるなんて小さい頃以来だ。涙に濡れた瞳で、オルディロッドを見つめると、


「勝手に触ってんじゃねーわよ。イケメン爆ぜろ!」

「あれ?今そういう雰囲気だったか?」


 パンッとイケメンの手を叩いて、「ケッ」と吐き捨てる。


「乙女の頭を軽々しく触らないでいただけます?撫でぽですか?え?そんなのは顔面偏差値の高い者同士でやってくださーい」

「晶子もなかなかひねくれてるな。だが、そこがいい」

「神様って趣味悪いんですね」

「そうか?従順な者より楽しいだろ?」

「そっすか」


 心の底から楽しそうな笑顔のイケメンは後光が指しそうなほどキラキラしている。あれ?目が潰れるよ?


「さて、まだまだ晶子と遊んでいたいんだが時間が余りないんだ」

「私弄ばれてたのね」

「晶子にはこれから俺の星に転生してもらう。そこで15年後の魔物の大発生を止めてもらいたいんだ。この魔物の大発生はイレギュラーな事でな、俺は神だから干渉出来ないしそのまま放っておいたら星が滅茶苦茶になるし困ってたんだ。勿論、魔法はチート級を授けよう」

「全然こっちの話聞かねーのな。てか私が転生することですでに干渉してるだろ」

「転生先は公爵家の令嬢、帝国の第二皇子と婚約だ。令嬢だからちょっと大変かもしれないが頑張れよ」

「なんで公爵令嬢なのよ。平民でいいじゃない、メンドクサイ」

「絶世の美少女だぞ?平民なんて気飾れねーだろ。煌びやかに着飾って美しく成長したお前が見たいんだよ。それに内政チートも食事改革も権力があったほうがやりやすいだろ?」

「完全に後半が本音ですよね」

「まあ、俺の星に美味しいものでも広めてくれよ」

「そんな簡単にできるか!」


 石版タブレットを操作しながら生まれた後の設定を決めていく。


 あーだこーだと2人で話し合いながらもようやく決定した晶子の設定。


「名前はジブリール・スピネリア、紫紺の髪と紅玉の瞳、身長は165cm、体重54kg、胸部86、腹部58、臀部82、色白で目は大きく小鼻にサクランボのような唇、魔力は無限、全属性使用可、スキルは創造魔法、んで俺との通信可能な魔道具を持たせる、と、これでいいか?」

「オッケーよ」

「つーかなんで俺との通信?アドバイスが欲しいのか?」

「え?そんなの愚痴言う為のものに決まってんじゃない。公爵令嬢なんでしょ?誰に愚痴言えるのよ。メル友よ、メル友」


 少し困ったような顔をしたオルディロッドに、晶子は首を傾げる。


「ん?ダメだった?」

「いや、大丈夫だ…」


 何か言いたげなオルディロッドに、晶子はじっと見つめて待ってみる。

 少しうろうろと視線をさ迷わせたあと、オルディロッドは晶子の目を見つめた。


「…その、だな」

「うん、何?」

「……魔物の大発生を解決したら、晶子はどうしたい?」

「どうするって?」

「そのまま公爵令嬢として生きるのか、それとも世界中を回って冒険者になるか、それとも…」

「それとも?」

「………ここに戻って来ないか?」

「……」


 可笑しいな?イケメンが迷子の子犬に見える。あれ?この一瞬で視力落ちたかな?

 てか、え?もしかして寂しいとか?こんなイケメンが?どんな美女も選り取りみどりなイケメンが?もしやこの何も無い白い空間には他の人が居ないって事?えーーなにそれ、私に選択肢なんてないじゃない。

 実は4人兄弟の末っ子の私は騒がしいのが当たり前の環境で育った。兄ちゃんや姉ちゃんに比較的甘やかされて育てられているから寂しいと思ったことがない。

 だからか寂しそうにしている人間、動物を放っておけないのだ。

 八方美人という訳では無いが、比較的手を伸ばしてしまうことが多い。やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい。

 目の前で寂しそうに見えるこのイケメンも、神様というくらいだから今まで独りだったのかもしれない。

 そう考えるとお茶友くらいにはなってもいいかなって気になる。


「…ここに戻ってきた後はどうなるの?」

「ここは他者の干渉は受けないから晶子の好きなように過ごして欲しい」

「………家作って動物飼って好きなご飯食べて好きなお菓子作って日向ぼっこしながらオルディロッドとお茶飲んでも?」

「ああ、楽しそうだな」


 ……良いかも。創造魔法で色々作っていいってことでしょ?オルディロッドの星だと公爵令嬢だし、好きにしていいとは言っても公爵令嬢のままだと本当の意味で勝手は出来ないし。


「いいよ、魔物の大軍を処理したらここに戻ってくる。好きなように暮らしたいしね」

「晶子…本当にいいのか?」

「うん、終わったらすぐにでも戻るよ。国に残ってても面倒臭い事になりそうだし。英雄に祭り上げられたらたまったもんじゃないしね」


 パアアアッと嬉しそうに輝く笑顔で目が潰れそうになり、咄嗟に目を瞑ると、ふにゃっと柔らかい感触が唇にぶつかる。

 え?と驚いて目を開けるとドアップに耐えうる美しい顔が目の前にあった。

 咄嗟に叫ぼうと口を開くと、ぬるりと生暖かい物が口の中に侵入してきて、口内を蹂躙していく。


「んんッ!?、っンーッ!!」


 あっあたしのファーストキスゥゥゥゥ!!!


 ジュルジュルと舌を吸われ、はむはむと唇を食まれ、何度も角度を変えて口内を犯される。

 2人の唾液が晶子の口内で混ざり合い、息苦しい晶子が思わず飲み込んでしまうまで続けられた。


「んくっ、ふっ、はあっ、はっ…はぁ…」

「これで俺達は繋がった。俺の体液を晶子の体内に入れることで、ここに何時でも戻ってこれる。念じるだけでな」

「あ…たねぇ…」


 キスの余韻で唇が痺れて上手く喋れない晶子は、文句を言うにも言えず、目線だけで殺せるならば…!!とキッと睨みつけた。


「ああ、時間だ。晶子…何時でもここに来るといい、楽しみに待ってるからな。では少しばかりのお別れだ」


 ふわりと晶子の意識が遠のき始め、転生準備が始まる。

 オルディロッドは最後にもう一度唇にキスを落とし、愛おしそうに晶子を抱き締める。

 すぅーっと空気に溶けるように消えていく晶子を見送り、オルディロッドはすぐさま石版タブレットを操作して晶子、もうジブリールとなった女の子の誕生を見守った。










 そうして冒頭に戻る。



「オルディロッドの星の事なんだから【聖女ジブリール教】なんてもの消してきなさいよ!」

「いや、俺は干渉できないし。だから晶子を送ったんだけど?」

「んむうああああああああぁぁぁ恥ずかしいいぃぃぃぃ二度とあの星に行けないいいぃぃ」

「ここから出なければいいだろ?」

「ヤンデレっぽい発言は禁止です!」


 声を荒らげたため、乾いた喉に紅茶を流し込んでもう一度目の前の水晶で作ったテレビを見る。星の全てが見られるテレビだ。晶子作。

 晶子は地下牢からすぐにここへ戻って来た。それからお茶友としてオルディロッドとまったり国の行く末を面白可笑しく見ていたら思わぬ方向に進んで行った自分の評価。

 最悪【聖女】までは許す。しかし宗教はダメだ。末代まで語り継がれるほど恥ずかしいものは無い。自分的に。


「こうなったら私降臨!してやろうかしら。そして大魔王ばりに世界を破壊して…」

「また歴史に名を残すな」

「くっ、殺せっ!いっそ殺してくれ!」

「くっ殺か?そう言う奴は殺してはいけない決まりなんだろ?」

「ああーオルディロッドに変な知識付けちゃった。私はやり過ぎた…」

「ライトノベル面白いぞ」

「自分の創造魔法が万能過ぎて怖い」


 暇な時間があれば創造魔法を駆使して色々作ってしまった。

 禁断魔法の【地球産召喚陣】という地球にあるものは何でも召喚出来るというものだ。ああチートなり。


「ところで晶子。いつ婚儀を挙げる?」

「は?」

「体液交換は最初にしたから次は婚儀だ。そして披露会をして無事に神の仲間入りだぞ」

「は?」

「まだ半神半人だからな。そろそろいいだろう」

「ちょっ、え?は?え?」

「心は繋がったが体はまだだし、よし、今日にでもするか」

「いやいやいや、待って待って、何言ってんのか分からないんだけど!?」


 オルディロッドは悪巧みが成功したかのような悪い笑みを浮かべてサラリと言いのける。


「本当に良いのか?って最初に聞いただろ?いいって言ったのは晶子だ。俺との生活を了承しただろ」

「ここでの生活は了承したけど!その他は聞いてない!」

「言うの忘れてたけどな、ここ、俺の家なんだわ。ここに戻って来るってことは俺と暮らすって事だろ」


 はい?と晶子はぐるりと周囲を見渡す。

 最初にあった時は何も無い白い空間だったが、晶子が家を作り庭を作り、周りが寂しいから空と大地と木々の生い茂る森と海を作った。

 今では日本の避暑地のような光景が広がり、太陽っぽいものを空に浮かべて自動で月と太陽を回転させている。


「……家?」


 勝手に何も無い空間だと思っていた。

 まさかの家。

 家要素皆無でしたけど。


「俺は内装に無頓着でな。面倒臭いから何も置いてなかっただけだ」

「紛らわしい!!ってことは外に出られるの?外ってあるの!?」

「あるぞ。用事がないから滅多に出ないけど」

「ヒッキーか!!」

「在宅ワークだな。毎日星の様子見てるだろ」

「ぐぬぬっ」


 ここに来てから早3年。くらい。

 新事実をぶっ込まれすぎて、脳内処理が追いつかない。

 頭を抱えている晶子を楽しそうに、そしてとろけそうな程の笑顔で眺めながら晶子をお姫様抱っこする。


「ひゃっ!?」

「さて、俺がどれだけ晶子を愛しているか体に教えてやるよ」

「ひっ、あっ愛ぃ!?」

「お前の寝顔は可愛かったぞ」

「いっいつ見たのよおおお!?」


 じたばたと藻掻くも、がっちりと抱えられている晶子は逃げられなかった。


 その後、新たな神が誕生したと神界では盛り上がり、神界の長から賜った新たな神の名は【漆黒の紅天使ジブリール】である。

 漆黒の髪を持つ神に舞い降りた紅い眼の天使という意味を持つ2つ名に、絶望した新たな神がいたとかいなかったとか…。





冒頭のセリフが使いたかっただけなのに何故こうなった?

お読みいただきありがとうございます。

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