もう一度
日間ランキングに載っていました!!(感涙)
初投稿で拙い小説を読んでいただいてありがとうございますm(_ _)m
昨日があって、今日があって、明日がやって来る。そんな日々の積み重ねが当たり前じゃ無い事、失って初めて気付くなんて、馬鹿だなぁ私。
あれで最期になるって分かっていたら、もっと毎日を大切に生きて、大事な人に毎日感謝と愛を伝えて、もっともっともっとしてあげたいこと沢山あったのに──────
◇◇◇◇◇◇◇◇
どうしてこうなってしまったのか。
今、私は座りこんでいる金髪の彼を真上から見下ろしている。宙に浮かんで。
彼は、私の夫だった人だ。
なぜ過去形かって?
それはもちろん皆さんもお察しの通り、私が死んでしまったからです。
私たちの国では、結婚式で立てる誓いの中に『死がふたりを分かつまで』という文言があるのです。
つまり、私が死んでしまった今となっては、彼と夫婦ではないという訳だ。
死んでしまったはずの私が何故彼をずっと見下ろしているのか、というのは、どういう訳か私にもよくわからない。
とりあえず私が死んでしまった日からを整理してみようと思う。
あの日──私が死んでしまった日──、私と彼は朝から、今思えばしょうもない事で喧嘩していた。
私達は夫婦で小さなカフェを営んでいた。彼が甘いスイーツや軽食を作り、私がお客さんの好みに合ったコーヒーを提供する。店は小さいけれど、一つ一つ心を込めておもてなしをしているうちに、ありがたい事に毎日沢山のお客さんが来てくれるようになった。
うちの店は割とスイーツメインのスタイルだったので、女性客が多めだった。
それはとても有難いことだったのだが、何が悪かったって、うちの旦那様がカッコよすぎたことだ。
本当にどうして私なんかを嫁にしてくれたんだか。
ふわふわの金髪に新緑のような瞳、通った鼻筋に可憐な唇、それらの整ったパーツが完璧な位置に配置されている。そんな砂糖菓子のように甘い顔立ちの男が、極上のスイーツを作り出すのだ。これはモテないわけがない。
最初は街の娘がキャーキャー騒ぐだけだったのに(それでもいい気はしなかった)、最近では貴族のご令嬢まで来店されて色目を使う始末。
そんな女性客たちに言い寄られてもアルトは困ったように微笑むだけ。それが余計に女性客たちを燃え上がらせているとも知らずに。
分かっている。私だって分かってはいるのだ。
彼女たちは店の売上に貢献してくださっている大事なお客様。どんなに言い寄られてもアルトは強くあしらうことは出来ないって。
でも頭で分かってはいても、心はそうはいかない。
毎日毎日繰り返される光景に、少しずつ少しずつ、けれども確かに私の心のモヤは大きくなっていった。
そしてあの日の朝それは爆発した。
「ねぇ、ソフィア、最近元気ないみたいだけど、何か悩み事?僕でよければ相談に乗るよ」
あの日の朝、2人でお店の開店準備をしている時、アルトは眉をハの字に下げてそう言った。
パンケーキの生地を混ぜる手は完全に止まっていた。
「…ううん、なんでもない。」
テーブルを布巾で磨く手が一瞬止まる。
嘘だ。
何でもないわけない。近頃は自分でも、悩みすぎて無口になってしまっている事を自覚している。そしてそんな私をアルトが気遣わし気に見つめていることにも気付いていた。
「本当に?僕じゃ君の相談にのるには頼りないかな?」
「そんなことないよ」
きっとアルトは私が自分から相談しに行くのを待っていたのだろう。
アルトは私の頑固な性格をよく理解しているから。
けれど、なかなかアルトに相談せずに、それどころかどんどん元気がなくなっていく私を見かねたのだと思う。
優しい優しいアルト。
今の私は、そんなアルトの優しい部分が憎かった。
「じゃあ、君が悩んでいることを少しでも、」
「じゃあ言わせてもらうけど!!!!」
アルトの言葉を遮って突然大声をあげた私に驚き、アルトは新緑の瞳を見開いた。
あぁ、ダメだってわかっているけど抑えられない。
「アルトは、毎日毎日綺麗な女性に言い寄られている夫を見せられている私の気持ちを少しでも考えたことある?」
ついに言ってしまった。
思ってもみないことを言われたといわんばかりにポカンとしたアルトが、きつく睨みつける私を見つめ返してくる。
しばらくその状態が続いたが、アルトはようやく時が動き出したかのようにぱちぱちと目を瞬き、また眉をハの字に垂らした。
「ごめんね、君を不快にさせていたことに気が付いていなかった。でも、彼女たちは大事なお客様で、こんな事初めてで、僕もどうしていいのか分からなくて…」
シュンとアルトが肩を落とした。
もしアルトに犬の耳と尻尾が付いていたなら、それらは見事に垂れ下がっていたことだろう。
「そんなこと分かってる!彼女たちはお客様で、アルトは悪くないってこと…でも気持ちが追いつかないの!毎日胸が苦しい…こんな事を思う自分が嫌になる…」
「ソフィア…」
アルトが弱々しい声で私の名を呼んだ。
言い切って背を向けた私には見えないけど、きっとアルトは泣きそうな顔してる。
そんな顔させたい訳じゃないのに…ほんと、ダメだ私…
ぐっと布巾を握りしめた。
テーブルの木目が段々ぼやけてくる。
まずい、泣いてしまう…私が泣くとアルトはいつも泣いている私よりも辛そうな顔するんだ。
これ以上こじらせない為にも一旦頭を冷やさなければ。
「ちょっと頭冷やしてくる」
この場にいては不味いという気持ちにのままに、私は店を飛び出した。
後ろから、待ってソフィア!と私を呼び止めるアルトの声が聞こえたが無視して走る。
カフェの開店時間が迫っているから、きっとアルトは追いかけてこない。
それでいい。
落ち着いたらお店に戻るから。
走りながら私は呑気にそんな事を考えていた。
これが最期になるとは思わずに。
結論からいうと、私は馬車にはねられて死んだ。大通りをろくに確認もせずに横断した時に思いっ切りはねられた。
死に方まで間抜けなのが私らしい。
死んでみて初めて分かったけれど、人間は死ぬ時に走馬灯を見るというのは本当だった。
私もはねられた時、幼い頃に初めてアルトに出会った光景とか、アルトと一緒に探検した森とか、思春期にお互い照れくさくて目が合ってはそらしていた時とか、アルトと付き合っていた時とか、プロポーズされた時とか、一つ一つの場面のアルトの笑った顔、怒った顔、泣いている顔全てが、一瞬で鮮烈に脳裏を過ぎった。
(はは、私の人生アルトばっかりだ。)
目尻から一筋涙が零れた。
もうじき自分は死ぬんだと、自然とそう分かる。
(アルト、置いて、逝きたく、ない、な…)
そこで私の意識の糸はぷつん、と切れた。
そして、冒頭へ戻る。
どうして私がアルトの側に、誰からも私が見えないとはいえ、存在する事が出来るのだろう。
私のアルトを心配する気持ちが強すぎて、魂だけ残ってしまったのかな、なんて考えてみる。
だって、残念なことに私の心配は的中してしまっている。
私が死んだあの日からずっとアルトの側にくっ付いてアルトを見ていたが、生気のない目で私を丁寧に弔った後、あれだけ2人で一生懸命やってきたお店も開かずに、日がな一日中私とアルトお揃いで買ったペンダントを握りしめ、リビングのテーブルに座りこんでいるのだ。
おまけに無表情で濁った新緑の瞳からポロポロと涙を流し、時々掠れた声で「ソフィア…」と呼ばれるのだから堪らない。
あんなに表情豊かだったアルトが静かに涙を流す姿は、想像以上の破壊力を持ってして私の胸を抉った。
アルトに触れられない、声を届けることさえままならない我が身を何度呪っただろう。
アルトを抱きしめようとしては空を切る腕が、無力で、切なくて、唇を噛み締めた。
自分の体は自分で触ることが出来るのに。
これが、死ぬということ…
何度も試した結果、もう見守る事しか出来ないと悟った私は、アルトが私の死から立ち直ってくれることをただただ祈った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私が死んでから、2週間がたった。
アルトはずっとこのままだ。
時折思い出したように身を清めて水を飲むが、ただそれだけ。
それ以外の時間は店も開かず、ペンダントを握りしめて静かに涙をながしている。
今や、アルトの目は寝不足と泣きすぎで真っ赤に充血してしまっている。
それに、ろくに食事もとらないので明らかにやつれてきている。
このままでは不味い…
せめて食事だけでもまともにしないと本当に死んでしまう。
焦るだけで何も出来ない自分がもどかしい。
食事をしろ、と念を送ってみる。
アルトは動かない。
…伝わるわけないか。諦めてため息をついた時だった。
アルトがおもむろに立ち上がり、キッチンへ歩き出した。
(えっ?もしかして私の念が届いた?)
やっとアルトが何かを口にする気になったのか。
もしそうなら、この際私の念が届いたのか否かなどどうでもいい。アルトが生きてくれるのなら。
口の端が自然と上がってしまう。
よかった。
こうして少しずつでも日常に戻っていければいい。
私がいない日常に慣れていけばいい。
しかし私の予想に反して、アルトはキッチンから包丁だけ持って来て再びリビングの椅子に座った。
目は虚ろなままだ。
嫌な予感がする…
(まさか、まさか、自殺とかしない、よね?)
自殺、という可能性に手足が急速に冷えていく感じがした。
聞こえないとわかっていても、アルトと呼びかけてしまう。
「ソフィア」
不意に、私の呼びかけに応えるようなタイミングでアルトが声を上げた。
まるで私が傍にいる事が分かっているかのようなアルトに、体が固まる。
「この2週間でよくわかったんだ。あんなに楽しかったスイーツ作りは君がいてこそだって事。」
アルトは俯いていて、私からはふわふわの金髪しか見えない。
「毎日楽しくて…でも君が居なくなって…そしたら、なにもする気がおきないんだ…だって僕の生きがいは君だった。何をしたら君は笑ってくれるかな、とか、綺麗なものを見つけたら君に見せてあげよう、とか、僕のする事成すこと全てが君に繋がってた」
アルトの悲痛な声がただただ胸をうつ。
アルトを置いて逝くなんて、私はなんて薄情な人間なんだ…
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…
「だから、君がこの世界にいない今、僕が生きる意味はない」
そう言い切って顔を上げたアルトは、久しぶりに見る笑顔だった。
でもそれは私が求めていたものじゃない。
今にも消えてしまいそうに儚い、それでいて何か覚悟を決めてしまったかのような笑顔。
(ダメ……ダメ…!!!)
「ソフィア、今会いに逝くよ」
そう言ってアルトは包丁を両手で逆手に持ち、高く振り上げた、その瞬間だった。
「ダメ!!!!!!!!!」
私の声が部屋に大きく響き渡った。
包丁を自らに翳したまま、唖然としたアルトが私を穴が開くほど見つめている。
そう、私を見つめている。
(ん?アルトが私を見つめている?もしかして私アルトに見えてる?!)
私がその状況を理解するよりも、アルトの行動は早かった。
「ソフィア!!!!!!!!!!!」
アルトは手に持っていた包丁を放り投げ、椅子を蹴飛ばし、足をもつれさせながら、私へと一直線に向かってくる。
私はそれを呆然と見つめる。
そして私の元へ辿り着いたアルトが、私を抱きしめようと腕をまわし、その腕が空を切った。
アルトの新緑の瞳が戸惑いに揺れる。
そこでようやく私は我に返った。
「ごめん、アルト…私もう、死んじゃったから、アルトに触れることが出来ない…」
アルトと話せる喜びと、触れられない苦しさで胸が張り裂けそうだ。
私の両の瞳から涙が溢れ出す。
けれどアルトは、触れられない私の体に合わせてそっと手をまわし、まるで私を抱きしめているかのような体勢になった。
「いいんだ…またこうして君に会えた…それだけで…」
絞り出したような声でアルトが私に縋ってくる。アルトの肩が小刻みに震えている。
私よりもずっと大きな体で、抱きしめると私をすっぽりその胸におさめてしまえるのに、今のアルトは迷子になった小さな子供みたいだ。
私を離すまいと、必死になって腕で囲っている。
そんな彼が愛おしくて堪らない。
私を抱きしめる彼の背にそっと手をまわした。
アルトはその気配を察知したのか、さらに自分の頬を私の頭に擦り付けるようにした。
「君に会いに逝くところだったんだ」
ポツリ、アルトは震えた声で語り出した。
「あの日、君が飛び出して行った後、僕は君を追いかけた。でも君は人混みに紛れてしまって、すぐに姿を見失ってしまった。それでも君を探し続けていたけど、そのうち大通りで騒ぎが起きている事に気がついたんだ。まさか、君なわけないって思ったけど、念の為に見に行った」
アルトが、私を囲う腕をきゅっときつくした。
「君だった」
ぱたぱたとアルトから大粒の涙が流れ、床を打つ音がする。
「僕のせいだ…ぼくが君を見失わなければ、出て行く君の手を掴んで止めていたら、もっと早くに君の気持ちに気づいていたら…君は…君は……!!」
「それは違うよ」
私はアルトから体を離した。
そして、すっかり痩せてしまったその頬に手を添えた。
「アルトはもし私と逆の立場だったとして、自分が死んでしまったことを私のせいだと思う?」
「そんな…!思うわけがない!!!」
髪を振り乱して必死に否定するアルトに、クスリと笑みがこぼれる。
私の事となると必死に否定するくせに、どうして自分に対して同じように考えられないんだろう。
「それと同じ事だよ。私だって私が死んだのはアルトのせいだなんて思わない」
強い意思を込めてアルトを見つめる。
アルトの潤んだ瞳が揺れた。
「それにアルトが自殺して私に会いに来て、私が喜ぶと思った?」
アルトの体がびくりと震えた。
どうしてもきつい口調になってしまう。
徐々にアルトの瞳に涙が盛り上がってきて、それを隠すようにアルトは自らの額を私の肩に添えるようにした。
「でも…どうしても…君がいないと思うと……耐えられない………」
「じゃあ、私は生まれ変わってまたアルトに会いに来る。そして、アルトは私を待つために生きる。それじゃだめ?」
弱々しく震えるアルトを見て、自然に生まれた言葉。
死んで、今の記憶を持ったまま生まれ変わって、またアルトに会いにいく。
そんなこと出来るか分からないのに、思わず口をついて出た。
だってこうでも言わないとアルトは絶対私を追いかけてきてしまうと思ったから。
それだけはやめてほしい。
私の自己満足かもしれないけど、私の分まで人生を歩んでいってほしい。
それに、死んで幽霊になって、またアルトに会うことができたんだから、もしかしたら生まれ変わりだってあるかもしれないじゃないか。
「また、会いに来てくれる?」
アルトは私の肩から顔を上げて真剣に私を見つめた。
「もちろん!」
アルトを安心させたい一心で、とびっきりの笑顔を浮かべて見せる。
「絶対会いにいく!それまでちゃんとしっかりご飯食べて、ちゃんと眠って、お掃除もこまめにして、」
私の体が白い光に包まれてゆく。
指先から細かい光の粒子になって、空へと昇ってゆく。
「ソフィア、体が…!」
アルトがくしゃりと顔を歪めて叫んだ。
昇ってゆく光の粒子を集めようとしては手をすり抜け、それでもまた集めようとする。
「ご近所さんとのお付き合いも大事だからね?それから、私のコーヒーのレシピはお客様の趣向と一緒に紙に纏めてあるものが机の引き出しに入れてあるから読んでね」
体が消えていく。
もう足と腕は既に消えてしまった。
「ソフィア…!!待って、待って…!まだ、話したいことがあるんだ!!君にしてあげたかったことも沢山ある…!!」
「いつでも笑顔で…辛い事、苦しい事もこれからあると思う。本当はそんな時、私がそばに居て抱きしめてあげたいけど、それは無理そうだから…辛くても、苦しくても笑顔でいればいつか思い出に変わる時が来るよ。そうやって少しずつ少しずつ私を思い出にしていってほしい」
あぁ、もう視界がぼやける。
限界が近いみたいだ。
「イヤだ…!絶対イヤだ…!僕は認めない!!ソフィアが思い出になるだなんて認めない!!!何でもするから!!!僕を、置いて、逝かないで…」
アルトの顔はもう泣きすぎてぐちゃぐちゃだ。
無駄だとわかっていても、諦められず光の粒子を必死に掻き集めている。
その余裕のなさが、愛おしい。
「じゃあ、笑って?最期にアルトの笑顔がみたいな」
そう言うと、アルトは光を掻き集める手を止め、涙にまみれた顔で精一杯の笑顔を見せてくれた。
涙にまみれた顔でさえ美しいんだから、アルトは罪な男だなぁ。
「ありがとう」
そこで、私は完全な光になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私が死んでから16年。
まさか本当に記憶を持ったまま生まれ変われるとは…
光の粒となって消えた直後、私は別の人間に生まれ変わっていた。
容姿は全く違うものの、中身は完全にソフィアのまま。
本当はすぐにでもアルトに会いに行きたかったのだが、ちょっとばかし田舎に生まれたので過保護な両親が、お前が街に行くのはまだ早いだの、女の子の一人暮らしは危ないだの何かと私を引き止めて、説得できた頃には16になっていた。
でも、やっとアルトに会いに行ける!
そして、私は今、アルトのいるカフェへ向かうべく街を歩いている。
早朝なのでどの店も開店前で静かだが、16年前とほとんど街並みは変わっていない。
ソフィアだった頃に行きつけだった野菜の店も、可愛い髪飾りの店もあの頃のまま。
そうやって久しぶりの街を堪能しているうちに、アルトのお店が見えてきた。
開店準備中のようで、ガラス張りのドア越しにせっせと動き回るアルトが見えた。
16年ぶりのアルトに、目頭が熱くなるのをぐっと耐える。
そして、ゆっくり深呼吸をして、扉を開けた。
「おはようございます!!!」
突然ドアを開けた見知らぬ若い娘に、アルトは驚いて固まった。
そのまま見つめ合うこと数秒。
先に動いたのアルトの方だった。
あの頃と変わらぬ新緑の瞳を柔らかく細めた。
それだけで私の胸はいっぱいいっぱいになってしまう。
「おはようございます。お嬢さん、申し訳ないのですが、開店はまだでして。でも、もう少しで準備が終わりますので、お先にご注文を伺いましょうか?」
アルトが小首を傾げた拍子に、ふわりとした金髪が揺れる。
「あ、はい。…って、あの、そうじゃなくて!」
私が慌てる様子を見て、アルトがクスリと笑った。
恥ずかしさで顔に血が上る。
久しぶりに会ったアルトは、あの頃には無かった歳を重ねた分の落ち着きと、なにかこちらを包み込むような柔らかな空気を纏っていて、戸惑った。
「ここで働かせてもらえませんか!!!」
一思いに言い切った。
アルトは再び驚いてぽかんとしている。
驚いた顔は昔のまま変わらないみたいだ。
「え、あの、折角の申し出で悪いんだけれども、ここは僕一人でやっていけるから、」
「私、コーヒーをお客様に合わせてブレンドするのが得意なんです!!!」
アルトの言葉を遮ってアピールすると、アルトは少し困った顔になった。
「いやぁ、でも、」
「とにかく私のコーヒーを飲んでみてくださかい!!!」
再びアルトの言葉を遮ると、強引にカウンターへ入った。
「あ、ちょっと!勝手に、困るよ」
アルトが慌てて私を追いかけてきたけど、私は既にコーヒーのブレンドを始めていた。
使っていた器具も、その配置も、豆の種類も、16年前のまま。
そんなところに、アルトのソフィアへの思いを感じて嬉しくなる。
アルトはまだソフィアを忘れていない。
テキパキと作業を進めていく。
店に豆の香ばしい香りが広がっていく。
アルトはといえば、諦めて後ろで私を見守っている。
16年ぶりに作る、アルトの為だけのオリジナルブレンドコーヒー。
あの頃は毎朝アルトに作っていたけれど、果たしてこれを飲んでアルトは気付いてくれるだろうか。
これはある種の賭けだった。
「どうぞ」
湯気の立ち上る、出来たてのコーヒーをコトリとカウンターに置いた。
緊張で、呼吸が少し浅くなった。
アルトはおもむろにカップを手に取り、口に含む。
喉仏がゆっくり上下する。
その瞬間、アルトが目を見開いて私を凝視した。
そして徐々にその瞳に、まるく涙の粒が盛り上がってゆく。
掠れた声で彼は呼んだ。
「ソフィア…」
私は賭けに勝ったことを、悟った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました(*´∀`)
読者様から様々な批評をいただきました。
見方によっては誰もが幸せになって終わる内容ではないと思います。
しかし、今作品は完全なるフィクションとなっておりますので、物語を不快に感じられましても流し見る程度にとどめていただけたら幸いですm(_ _)m