05-Ⅰ
――つ、ついて来てしまった。
サルキオス様の態度の意味が良くわからなくて。
もし怒っているとしたら謝りたいと思って。
リーヴィは後ろを一度も振り向かない背中を追いかけた。
一度も振り返らないので、本当についていってもいいのか不安になったけれど。二人の距離は先ほどのように、リーヴィが付いてくるのを待っているように広がらない。
着いた場所は、中央広場の細い路地にある小さい門を潜り抜けて、階段を上った所にある建物の屋上だった。
端に生垣があり、下の方からはここに人が居ることが分からないが、こちら側からは広場がよく見える作りになっていた。
サルキオス様がたどった道筋は、パレードの通りからは離れた裏通りだったが、着いた頃には丁度、リーヴィが先ほどまで見ていた列が広場に入ってくる所だった。特等席、といっても差し支えない程の場所だ。事実、こちらから見える中央広場をぐるりと囲むように面している建物の屋上や窓には、人々が優雅に観覧しているのが見て取れた。
しかし、リーヴィにとってパレードの仮装行列よりもなによりも気になるのが、下の広場を射るように見つめているサルキオス様の方だ。
視線は行列……というよりも、行列を見ている観衆の方に向けられている。
どうしたらいいのか分からなくて。
とりあえずサルキオス様から少し離れて隣、さらに一歩後ろに立った。
サルキオス様の横顔は、涼やかなほど整っていている。
普通ならハンサムと評判になるそれは、冷ややかな翡翠色の瞳と、他を拒絶するような人間味を窺わせない無表情。そして気品あふれる態度で、そう噂されずにいるのがリーヴィには痛いほど分かった。
――美しいけれど、底知れなくて怖いのだ。
見つめていると、まるで透明な湖の底を覗き込んでいるような感覚に陥りそうで、先ほどリーヴィは気安く話しかけられていたのが、今では嘘のように思える。
何か言われる?
それとも、何か言うべき?
ずっと心構えていて、様々な行列が視界を横切っていくのを見過ごしてしまっていた。
しかしサルキオス様が何も言わず、こちらを少しも気にしたそぶりもなく見もしないので、時間が経つにつれて段々と心が落ち着いてくる。
きっと、私が子供のようにはしゃいでいたから、ついでに見せてくれる気になった……のかも?
子供……パナスには意外に優しかったことをリーヴィは思い出す。
自分が女性扱いというよりも子供扱いされているのだとすれば、かなり納得が出来てくる。
サルキオス様にとっては自分は。
あの子同様に手のかかる人間だったし……。
と、サルキオスとの出会いからここまでを思い出して、情けない事だけどそう納得しかけた。
彼にとっては子供にせがまれて、ここにいる事を黙認しているようなものなのだろう。
そうこうしているうちに、行列のメインとなるメテルの神輿が中央広場に入ってくる。
観衆の歓声が一段と大きくなった。
リーヴィも目を奪われて驚きの声を小さく漏らす。
その言葉に答えるように、サルキオスが程よい低温のよく通る声で呟いた。
「あの神輿は、毎年同じ土台を今日のために一年かけて新しく作り直すのです」
輿の色は、白と緑を基調としたグラデーションでまとめられておりその端々に、カラムの花や木、神々の神話を思い起こすような細かな彫刻が施されていた。
ベネラの特殊な硝子が宝石のように、彫刻に埋め込まれた輿の縁。
縁の後ろの部分は波のように蝶の羽のように重なり、中央にいる人物を引き立てている。
中央にいる人物とはカラム色のドレスを着、カラムの葉と花で作った冠をかぶっている―――メテルの神子。
まさに、女神のいる場所にふさわしい豪華な輿だった。
輿はこの中央広場で一度止まる事になっている。
リーヴィ達のいる屋上に非常に近い場所で停止した。
周りには楽団が神子に捧げる神曲を奏でる。
バグパイプの高い音色が、心地よい振動を与える中、神子の散華が始まった。
「綺麗……」
まるで夢のような時間。
カラムの花は大きさを裏切って軽く。風に乗ってオレンジ色の花がゆっくりと舞っていく。
そしてその花を撒く女性は、女神のように綺麗だった。
オレンジに近い金色の髪、オリーブ色の瞳を持つ女性の瞳は優しく自愛に満ちていた。
すらりとした姿に、神話時代を思い起こす一枚布でできた質素な作りのカラム色のドレスは彼女を引き立たせる。
周りに控えていた可愛らしい子供達も、花びらを次から次へとまきちらしていた。
惚けるように、その光景をリーヴィは見ていた。
花びらが風にのってこちらに飛んでくる。
リーヴィは、手につかむと、微かにいい匂いがした。
広場の方では人々が我先にと、花をつかんでいる。
花びらの嵐の中で、リーヴィはサルキオス様をふと見てみる。
その視線は変わらずに観衆を見ている……と思っていただけに、不意打ちだった。
翡翠の瞳はリーヴィを見ていた。
固まる。
二人を隔てるのは、花びらの舞う空間。
お互い肩も髪も花びらに染められていた。
先ほどと同じ、相手はただ見ているだけなんだろうに。
そうと思っても、こちらを覗き込むようなサルキオス様の瞳は怖く、慣れない。
でも、今はオレンジ色の薄いカーテンが掛かっているお蔭か優しい色をしていた。
薄い瞳に、オレンジの灯がともったように。
「どうしたん、です……か?」
やっとの事で、リーヴィは声が出た。
楽団の演奏にかき消されたかもしれない。
「いえ別に」
かなりの間を置いて―――聞こえていなかったのかと諦めかけた頃―――サルキオス様の返事が返ってきた。やはり、リーヴィの思ったとおり彼にとっては「ただ見ているだけ」なのだ。
サルキオス様は目を伏せて、また広場の観衆に顔を向ける。
こんなに夢のように綺麗な光景であっても、彼にとっては目を奪われるものではないらしい。気を取り直して、視線をサルキオス様から、メテルの神輿に注ぐと、花の撒布は終わりに近づいていた。
メテルの神子が自らにかけていた花輪に軽く口付けをし天に掲げ、祈るような所作で空高くそれを投げる。
ひとつ。
ふたつ。
神子が身に着けているのは五つ。
それをめぐる人々の動向は悲喜こもごもだ。
そして最後の頭上の冠に神子の細い指が掛かった時。
今まで一番の歓声があがる。
空高く、舞い上がる花輪。
一番のそれは、リーヴィに向かって段々と形を大きくしていく。
吸い込まれるようにリーヴィは手を伸ばしかけて……ここが屋上の縁だと気がついて立ち止まった。花輪は生垣に辛うじて引っかかっているが、リーヴィには手が届きそうもない。
そのまま下にいる人間の手に……。
と思ったのに、大きな手がスッと伸ばされて掴んだ。
下で落ちるのを今か今かと待ち受けていた人々の間に、残念そうな声が上がる。
「サルキオス、様?」
リーヴィはそれを掴んだ手の主の名前を呼んだ。
相手は、それをゆっくりとこちらに向けて差し出してきた。