04-Ⅲ
「えっとですね。友人も……その、騎士でして。
今日は休日なんですけどこの町に不慣れな私と一緒にお祭りを見るついでに、自主的に見回りをするといっていたので……その『も』です」
リーヴィは、基本的にウソが吐けない性質だった。
更にサルキオス様の問いかけは、まるで嘘を許さないかのように聞こえて……必要以上の事を喋ってしまう。
「そうだったんですか、その騎士とは一体誰です?」
「あの……その……」
ここでフレデリカの名前をだしてもいいのだろうか?
心なしか、サルキオス様の表情が更に険しくなったような気がして、リーヴィは警戒した。
部下に対する声、だ。
「いえ、別に咎めようというのではありませんよ」
そう言って貰えて、ほっとした表情をリーヴィは浮かべると、サルキオス様はこう続ける。
「私も同じ事をしていますから」
その言葉に嘘はないように思える。
……けれど、何か。
何とも言えない違和感に、リーヴィはやっと口を開く。
「私の友人は…………なんです」
ざわり。
リーヴィの「蒼の騎士団のフレデリカ」という言葉は、急に上がった人々の歓声にかき消された。
突然の音の洪水に、リーヴィは何が起こったのかと、ビックリしてあたりを見回す。
すると。
「あ! 始まったんですね」
気がつけば、メテルの神輿の時刻になっていたらしい。
神輿の行進の先導がリーヴィ達の目の前、人影の隙間からちらちらと覗いていた。
目を奪われる。
先導は、農夫の姿をした人々。
続く祭りを盛り上げる道化の楽団。
そして様々な動物を模した服を着た者達。
基本はオレンジ一色ではあるが、オレンジにも黄色に近い色合いから、赤にかけて茶に近い色合いまで様々で。色鮮やかだ。
「私、初めて見るんですっ! 話にはよく聞いていたんですけど」
初めて見るパレード。
リーヴィは興奮気味に、先ほどの違和感も忘れて、サルキオス様に視線を戻し話しかけた。
するとサルキオス様は祭りの騒音も、パレードも気にした風もなくじっと見つめていた。
リーヴィを。
え?
どきっとした。
サルキオス様にとってはただ、子供のようにはしゃぐ自分を呆れてみているだけなのだろう。
そう、そうに違いないのに。
ただ翡翠の瞳にじっと見られているという事実だけで、何故か動揺してしまう気持ちを隠すようにリーヴィは慌てて話しかける。
「サルキオス様は何度も見ていらっしゃるんですよね」
「そうですね、私は王都出身ですから」
「今年のメテルの神子様は一体どんな方なのか楽しみです、お綺麗な方なんでしょうね」
リーヴィは想像して、うっとりする。
年に一度、美も司るメテル神にあやかり、国一番の美人を神子として選出する。
その神子は神輿にメテルを称える者として乗り、ラスキンで祭りの為に栽培されているメテルの花を撒く。その花は、煎じて紅茶にしたり、押し花にして持ち歩いたり、用途は様々だが持ち主に幸運と健康のお守りになるといわれている。
「あっ! 話し込んでしまいましたね……す、すみませんっ」
しまったという感じで、リーヴィはサルキオス様に言った。
気がつけばサルキオス様が良くも悪くもリーヴィを拒絶しないものだから、ずるずると行動を共にしててしまった。けれどこれ以上、一緒に行動する理由もない。
それなのに、自分の話ばかりしてしまった……。
「本当に、今日ありがとうございました。サルキオス様のお蔭で迷子も無事見つけられましたし、私はこれからここで神輿を見てから帰ろうと思います……」
「では」と、お辞儀をしこの場を去ろうとしかけたリーヴィ。
しかし。
がくりと視線が揺れて、気がつけばサルキオス様に腕を取られて、支えられていた。
また、石畳の溝に靴のヒールが引っかかっていたらしい。
腕を差し出してもらえなかったら、見事にひっくり返っていただろう。
「大丈夫、ですか?」
「……あ、ありがとうございます」
転ぶ瞬間の浮遊感に、肝が冷えながらも。
副団長と知らなければ一見、文官のように見えるサルキオス様の腕は、リーヴィが体勢を立て直そうと力を入れてもびくともしない。見えない騎士の服の下には、弛まぬ鍛錬の成果が隠れているのだろう。
年頃の娘の反応とはちょっと違った目線で感心する。
「反射神経がいいんですね」
心底、ほれぼれしたようにそう言ってから。
リーヴィは知らず失礼なことを言ってしまっている事と……。
「……これでも騎士ですから」
自分の不甲斐なさを痛感していた。
きっと私が部下だと分かれば……絶対に入団試験からやり直せだと思う。
明日から鍛錬に一層力を入れよう……いや、今日から自主練をしたほうが。
無表情のサルキオス様を見ながら、心の中でぶつぶつと唱える。
そんな思考を遮るように、サルキオス様の言葉が聞こえてきた。
「もう少し、見える場所にご案内しましょうか?」
「え?」
「神輿のことですよ、貴女には縁があるようですから……」
ふう、と諦めた様にサルキオス様が呟く。
なんだかそれが、心底嫌そうな表情に見え……なくもない。
「もし宜しければ、ついて来てください」
態度とは裏腹に、サルキオス様はリーヴィを誘った。
ついてくるのもついてこないのも貴女のご自由に、とでもいうように背を向けて。