04-Ⅱ
「貴女が、するんですか?」
「そうですけど?」
それ以外に、誰が?
サルキオス様相手にそんな事を頼むなんて、はなから考えてもいなかったリーヴィは、当たり前のように言い切った。そんなリーヴィを下から上まで確認するような視線で見てから、やや一呼吸置いて、サルキオス様は言った。
「………………。
…………分かりました」
「?」
何が分かったのだろう?
そう思っていると、止める間もなく。
意外なほど優しい動作で、サルキオス様はリーヴィの腕からパナスを抱きとめる。
「女性にそんな事はさせられません、私の方が適役でしょう」
「え?」
呆然としているリーヴィをよそに、サルキオス様はパナスを軽々と持ち上げると肩車した。
えええええっ!!
リーヴィは見上げる、目の前で起こっていることが理解できない。
聖の騎士が……というよりもサルキオス様が、そんな事をするなんてとても考えられなかった。いや聖の騎士は騎士でも、さっきお会いしたヨネス団長なら、似合いすぎるけれども……。
パナスは初めはサルキオス様の背の高さと行動に、面食らっていたようだが、高い目線から見える景色がどうやら気に入ったらしい。一番は肩車をしているせいで、サルキオス様の顔が直接見えない事もよかったんだろう。
無表情のサルキオス様と……対照的にはしゃぐ子供。
なんて違和感があふれすぎる、似合わない構図。
でも、背がリーヴィより頭一つ以上高いサルキオス様に肩車されると「目立つ」という条件は確実にクリアしていた。
「いや、そんなっ……サルキオス様にしていただくなんてっ!!」
あまりの衝撃に、やっと思考が戻ったリーヴィは、サルキオス様に抱きつかんばかりに、パナスに手を伸ばした。
「私だって、貴女にしていただくなんて、もっての外です」
リーヴィの抗議の声は一刀両断され、サルキオス様はリーヴィの手から逃れるように一歩引いた。それによってぐらついたパナスの手が、きれいに整えられたサルキオス様の髪を強く引いても、全く気にした様子はない。
怒ると思ったのに……痛くないのだろうか?
いや、絶対痛いはず。
よく見るとパナスが髪の毛を引くたびに、ひくひくと目が動いている。
しかし、そんな態度はリーヴィにもパナスにも表さない。
「私がいるのに、騎士として女性にこんな事をさせるわけにはいきません」
「…………」
私も騎士なんです……。
でも今更。そんな事自分からは言えなくて……やはり罪悪感が先立ってしまう。
そんなリーヴィをよそに、サルキオス様はパナスに話しかけた。
「パナス君、君は私でもいいだろうか?」
「うん、お兄ちゃんのほうが背が高いし」
「よし、ではお母さんを見つけたら叫んでください」
「うん」
言葉は丁寧だが、冷たい声音にも臆することもなく、パナスは楽しそうに返事をする。
肩車をされた事によって、パナスの中でサルキオス様が「怖くない人」という評価に変わったらしい。
子供って凄い。
それにしても。
サルキオス様って表情にはあまり出ないけど……かなり、いやすっごく優しい?
リーヴィは歩き始める厳しい横顔を見上げながら、少しそう思った。
いつの間にか笑顔で。
祭りだというのに、少しも楽しそうな顔をしていない無表情。
しかも氷のような美貌を持つ、聖の騎士服姿の長身の男が子供を肩車をしてる姿は、とても目立っていた。悪目立ち。
途中、リーヴィとはあまり面識のない、巡回中の紅の騎士に会ったのだが「信じられないものを見た」と、唖然としている顔で静止していて、思わずリーヴィは笑いそうになってしまう。
きっと自分も、見た初めはそんな顔をしていたに違いない。
やはり、サルキオス様の肩車は効果抜群だったらしい。
一番混んでいる通りまで来ても、パナスには視界が開けていた。その甲斐あって、無事母親の姿を見つけるとパナスは叫んで、サルキオス様に知らせる。
そして無事親子対面。
母親はパナスを肩車している、サルキオス様の銀の騎士の服装を見てとても驚き、恐縮していたようだが、パナスを受け取った途端に優しく抱きしめて叱っていた。
リーヴィの頬が自然と緩む。
母親は平身低頭でお礼を何度も言うと、サルキオス様はさほど気にしていないように「巡回のついででしたから」とクールに告げていた。恩着せがましくなく、仕事の延長といったさりげない態度にリーヴィは流石だと感心してしまう。
「本当に見つかって良かったですっ!」
親子と別れて、二人きりになってからリーヴィは、喜びのあまりに足取りも軽く、サルキオス様に 気安く話しかけていた。サルキオス様の冷たい雰囲気には、迷子を捜している最中に垣間見れたさりげない気遣いで、本当はそこまで怖い人じゃないんだと気づいて、気にしなくなっていた。
――慣れとは凄いものである。
「貴女の探し人は見つかりませんね」
「あ、そういえば……そうですね」
フレデリカは一体どうしたんだろう?
フレデリカなら、リーヴィがサルキオス様と一緒に居たからって、声を掛ける事をためらうことはないだろうし……もしかしたら騎士の招集が、途中で掛かったのだろうか?
でも先ほど会った紅の騎士を見る限り、そんな風でもなかったし。
それにサルキオス様がリーヴィと今でも一緒に居るのだからそれはないはずだ。
「これから、貴女はどうされますか?」
「えーっと、じゃあ……メテル様の神輿を見てから帰ろうと思います」
大した意味もないようにサルキオス様からそう尋ねられて、リーヴィは素直に答えた。
リーヴィは「メテルの神輿を見たい」とフレデリカに話していたので、もしかしたらフレデリカはその周辺で探しているかもしれない。
メテルの神輿のルートは毎年同じだそうだから、そこで神輿を見ながら探しても見つからなかったら……町の外れで辻馬車でも拾って、フレデリカの家に一度寄って、ドレスを返してからでも帰ろうと、思っていた。その時間帯ならば、馬車も簡単に拾えるだろう。
「サルキオス様は、これから見回りのお仕事を続行するんですよね。お仕事中なのに本当に色々とありがとうございました」
「いえ、私は厳密にいうと仕事中ではありませんから……」
「え、サルキオス様も自主的に見回りをされてるんですか!?」
「も、とは?」
「あ……」
冷たい目で聞き返されて、本人にはその気はないようだが、リーヴィはまるで詰問されている気分になった。