04-Ⅰ
「どうしたの?」
ひと声かけてから、リーヴィは男の子に視線を合わせるように座り込んだ。声を掛けられてリーヴィを見た顔は、見事に涙でぐちゃぐちゃだ。安心させるように、嗚咽で激しく上下している背中を優しく撫でる。
「ひっく、マ、ママっ、がっ、いなくなった……」
「大丈夫、大丈夫。ママを探しているのね?」
「う、ううっ……」
「ママとはどこではぐれたの? 分かる?」
「わ、わかんない……ひっく、ううっ」
嗚咽で苦しそうに言葉も途切れがちになる男の子に、リーヴィは優しく「大丈夫」と何度も繰り返しあやし始める。
「お姉ちゃんがママを見つけてあげるから……」
そう言って男の子の顔をハンカチで拭いてから、リーヴィは視線の右隅に写った灰色のマントに気がついた。はっとして見上げると、そこには無表情のサルキオス様が、冷たい眼差しで見下ろしている。
――すっかり、忘れてた。
「す、すみませんっ……!」
きっと怒ってる。
サルキオス様の立っている方向から、リーヴィは妙な圧力を感じて、反射的に慌てて立ち上り謝っていた。冷たい視線に我に返って、ついでに足の痛みがぶり返す。無我夢中になっていた時は気が付かなかった。よくこのヒールで、転ばずに走れたなと。
「その子供は?」
「あの、迷子みたいで……。
私、この子のお母さんを探してあげたいのですが……?」
少しぎこちない顔で、サルキオス様の機嫌を伺うようにリーヴィは告げる。
サルキオス様は微かに呆れたような表情を浮かべていた。
それもそうだろう。
騎士の端くれとしての自分が、自然と行動させたのだが。
リーヴィは自分も探し人をしてる、イコール迷子。という状況をすっかり忘れきっていた。そんな自分の短慮に何か言われると身構えたが、サルキオス様はあっさりと提案する。
「では、私が引き取りましょう。もしかしたら中継所に届けがでているかもしれません」
「……そ、そうですね」
そんな事もすっかりリーヴィは失念していた。
騎士もむやみやたらに巡回しているわけではない。
巡回中の騎士だけで手に余る場合は、増援を頼んだり出来るように、各地に配置してある中継所を拠点にして情報を集めているのだ。……もしかしたら迷子の情報も届いているかもしれない。
リーヴィ一人が闇雲に人探しするよりは遙かに効率がいい。
サルキオスの言葉は、流石に騎士として無駄がなかった。
「ほら、このお兄さんも。君のお母さんを探すの手伝ってくれるって」
泣き止み始めた男の子に、安心させるように微笑んで、内心サルキオス様を何と呼んだらいいのか分らないまま「お兄さん」と紹介する。言いながらリーヴィにはかなり違和感があったが、それ以外に言いようがないのだから仕方がなかった。
それを気にしたのか。子供相手でもにこりともしないどころか、鋭い視線を投げかけるサルキオス様を見た瞬間。男の子はリーヴィの後ろに回りこむ。
どうやらかなり怖いらしい。
ぎゅっと、スカートを掴まれる。
流石、サルキオス様。
子供相手にも、容赦ないオーラを飛ばしまくっています。
せっかく泣き止んだのに……子供にぐらいは柔らかくならないのかな。
また男の子が泣き出さないか、気になりながらも。
でも、サルキオス様らしいといえばらしい姿にリーヴィは苦笑する。
このままサルキオス様に頼むのも不安だし、自分が見つけてあげると約束したのだから……そう、あきらめたようにため息をついてから、こう言った。
「あの、私も一緒に行ってもいいでしょうか?」
「でもお嬢さん。貴女は……」
「私の方なら大丈夫です。同時に探せますし、一石二鳥ですよ。それに約束したし……ね?」
最後の方は男の子の方を向いて、リーヴィは言った。
おどおどとした、涙をいっぱいためた瞳がリーヴィを見つめ返してくる。
こんな風に頼られて、見捨てられるだろうか?
リーヴィにはもちろん出来なかった。
結果、中継所で同僚に見つかってリーヴィの正体がバレたとしても、どんとこいだ。
その二人の様子を見ていたサルキオス様は、納得したように頷く。
「そうですね……貴女がいた方が、その子供も安心できるでしょう」
「はい、有難うございます」
「…………」
「何ですか?」
「……いえ」
サルキオス様の翡翠の瞳が、何か言いたげに揺れた。
リーヴィが尋ねると、すぐに元の静けさに戻る。
……何なんだろう?
気持ちを察する前に、話しかけられた。
「では、中継所まで案内しましょう」
「お願いします」
今日は非番だった事で、中継所がどこに設置されているか知らなかったのでリーヴィは内心助かった。
「……あ、その前にっ!」
リーヴィはしゃがみこむと、男の子と視線を合わせる。
その目にはもう涙はなかった。
「君のお名前は?」
「パナス」
「じゃあ、パナス君。肩車好き?」
「うん」
「じゃあ、見つかりやすいように、お姉ちゃんが肩車してあげるね。きっとパナス君のママも直ぐに見つけてくれるから!」
「?」
にっこりと笑いながら言うリーヴィのその言葉を聴いて、サルキオス様は目を見開いた。
「貴女は、何を……?」
「何をって。肩車して名前を呼びながら歩けば、早く見つかるかなって思いまして」
迷子の子供はいつもそうやって対応していたので、自然とそうするものだと思っていたリーヴィは自分が今着ている服の肩口を肩車に耐えられるつくりだと言う事を確認し、髪の毛を先ほどフレデリカと見た露天で買った、組みひもでまとめ始めた。
特殊な方法で地毛と編みこまれているつけ毛は、めったなことで外れそうもないので、髪の毛を掴まれたとしても大丈夫そうだ。
まぁ、女性が子供を肩車という絵はそうそう見ないけれど……こういう時は目立つ方がいいに決まっている。
後はパナスを抱き上げるだけ。
パナスに「いいかな?」と、聞くまで黙って見ていたサルキオスの口が、動揺したように開かれた。