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恋する騎士  作者: 桜ありま
第一章 メテルの収穫祭で
4/44

03

 


 リーヴィは軽いパニック状態に陥っていた。


 どうしてここに……と思った瞬間。

 そういえば今日は、聖の騎士団からも王宮警護に差し支えない程度に、見回りに出る者が居ると言っていたなと思いだす。


 でも、こんな偉い人までもがなんで?


 聖の騎士団とは。蒼、緑、紅、の三騎士団の中でも選び抜かれた者達で構成される、別名王宮騎士とも言われ、城中警護がメインの王直属の騎士の名だ。

 いわゆるエリート。

 騎士階級身分でいえば、リーヴィの遙か雲の上の上司に当たる。

 時々、緑の騎士団長に頼まれて、聖の騎士団へと何度か書類を持っていった事があったので、リーヴィは恐れ多くも直接会い、話をした事が何度かあったが……。


 一言で言えば厳しい人。だった。

 あまりいい印象はないし、相手にもいい印象を与えているとも思えない。


 そんな上司に。


「道に迷いました」

「フレデリカとはぐれました」


 なんて情けない事を、口が裂けても言える訳がない。

 リーヴィが何も言えないでいただけなのに、サルキオス様は勘違いしたようだ。


「怪しい者ではありません、お嬢さん」

「え?」

「私は見回りをしている、巡回騎士です」


 その内容にリーヴィは、サルキオス様の目に自分は、一般市民に見えているという事に気がついた。

 それもそのはず、リーヴィはフレデリカの侍女達の力作で、ごく普通の女性の姿をしている。

 どう見ても普段の騎士の姿の自分と同一人物には見えないだろうし、落ち着いてみれば目立つ所のない一介の騎士の事まで、サルキオス様が覚えているはずもない……ハズだ。


 ここはもうやり過ごそう。

 そう、リーヴィは無難に考えた。

 それに今日はれっきとした休日なんだから。

 無駄に目の前の上司の手を煩わせることもない。


「あ、気にしないでください。少し人とはぐれてしまっただけなので」


 怪しまれないように、笑顔で応対する。

 リーヴィはサルキオスの冷たい色の目と、まるで覗き込まれているように視線が合った。


 ――――何故。

 自分はこうもサルキオス様に見つめられているのか?


「……もしかして、どこかでお会いした事がありませんか?」

「っ!!」


 やっぱり気づかれた?

 でも、ばれたってどうって事ない……。

 なんて自分自身に言い訳をしてみても内心ひやひやしながら、何か言おうとリーヴィが口を開きかけた瞬間。


「なに巡回中にナンパしてんだ? お前が珍しいな」


 サルキオスの背後からこれまた聞きなれた、からかうような低い声が聞こえてきた。

 そこにはニヤリと人の悪そうな笑顔を浮かべた男が立っている。鷹揚な獅子の様な威圧感があるが、朗らかなその顔に浮かべた表情の所為で幾分と親しみやすい印象だ。しかしサルキオスより随分砕けて、聖の騎士団服を着こなしてはいるが、その襟と袖にはサルキオスと色違いの金糸の縁取りがきらめいていた。

 金糸の縁取りが表す身分ものは――。


 ヨ、ヨネス団長までっ!!


 雲の上のナンバー1と、ナンバー2がここにそろった事になる。

 こんな一見すると何の変哲もない路地裏に。

 実は何か重要な通路だったろうかと、リーヴィは考えた。


 サルキオスとは違ってヨネスには仕事上直接面識はなかったが、様々な式典で一方的に見たことがあったし、それにヨネスは時折三騎士団へふらりと見回りに来る。

 緑の団長と話をしている姿や、下っ端の団員達に気分転換と称して、直々に剣の手ほどきをしているのを見かけていたので顔はよく知っていた。


「そんな事は、断じてしていません」


 サルキオスが冷い声を更に冷たくして、いきなり現れたヨネスに容赦なく告げる。

 声が向けられていないはずのリーヴィにさえも心臓に悪い。

 が、ヨネスは全く気にせずに続ける。


「前あったことがありませんか? なんて。ベタな口説き文句をお前が使う日が来るなんて……珍しいもの見たぞ」

「貴方とは違います」


 一気に険悪になったこの場に耐え切れなくて、ついリーヴィは後ずさった。

 この隙にでも逃げたい。

 そんな弱腰になるリーヴィをサルキオスは逃がさなかった。


「貴方がそんな事を言うから、お嬢さんが怯えているじゃありませんか」

「い、いえ」


 むしろサルキオス様から逃げたいですっ……!!


 なんて本音が言えるはずもなく、リーヴィは苦笑いするしかない。


「このお嬢さんは、連れとはぐれてしまったようなのです」

 サルキオスの言葉に肯定するように、こくこくと頷く。

「もう少ししたら連れの者を探そうとおもってます、どうぞ騎士様達は気にせずに巡回を続けてください。私は大丈夫ですから」

「そう、ですか?」

「では、お嬢さんもう少し表通りの方に出た方がいい。サルキオス、そこまでお送りしてあげろ」

「いえ、お忙しいのに……これ以上お手を煩わせるわけにはっ! 一人でっ……一人で、大丈夫ですっ!!」


 本心だった。

 非番中とはいえ騎士である自分が、上司の世話になるなんて。

 いくらばれてはいないといえど、いやばれていないからこそ恐れ多く。

 リーヴィは慌てふためいて念を押した。


「そうですね、探し人もこのような通りに居るとは思わないでしょう。お嬢さん。ここよりも少し開けた通りで待っていた方が効率がよいと思われます」


 しかしリーヴィの提案はあっけなく却下される。意外と女性には優しいのか、職務に忠実なのかは分からない。普通の女性ならばありがたい申し出だろうが、サルキオスと長い時間一緒に居たくなかったリーヴィとしては、ありがた迷惑な話だった。

 ヨネスはなぜかリーヴィに楽しそうな視線を向けている。


「ヨネス、貴方はどうしますか?」

「オレは巡回に戻る。じゃ、お邪魔虫は退散するわ」

「ヨネス!!」


 言い終わるやいなや、ヨネスはここよりも細い路地に消えていった。


「まったく、あの人は……」


 ヨネスに向かって苦々しくサルキオスは呟いた後。

 リーヴィに少し自嘲気味な表情を向けた。


「……すみませんあの方の言うことは、あまり気にしないでください」

「はい、それは大丈夫ですよ」


 サルキオス様が言いたいのは、きっと「ナンパ」についてだろう。

 普段の姿を知っているだけに、サルキオス様がリーヴィに下心を持っているから声を掛けた……なんて事は全く考えられない事だった。それにヨネス団長の言っている事も。

 ただからかっているだけだと分かっているから、リーヴィは何でもないように即答した。そんなリーヴィの返事に、サルキオスのホッとした声が返ってくる。


「そうですか。ならば宜しいのですが」


 コホンと、咳払いをするサルキオスの姿を見ながら、微かに困ったような表情になっているのに気がついた。本当に、うっすらとだけれど。



 あれ? サルキオス様。

 もしかして、もしかしてだけど。

 ちょっとだけ……てれて、る……?


 こんな決まりの悪い表情を、今まで一度も見たことがない。流石のサルキオス様も団長と話をしている時は人間らしい一面を見せるらしい。リーヴィの心に少し余裕が出てくる。


「では、行きましょうか?」

「は、はい」

 少し足が痛かったが、リーヴィは目の前の人物にこれ以上みっともない姿を見せる訳にはいかなかった。

 サルキオス様の先導にしたがって、大通りの方に向かって歩き出す。

 サルキオス様の流れるような歩行に、少しぎこちないリーヴィの歩き。

 何故だか二人の距離は離れない。


 サルキオス様が、リーヴィを気遣って歩いているのに気がついた。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 こんな事なら、初めから自分の身分を明かして居ればよかった。

 そうすれば、こんなにサルキオス様がリーヴィに気を使うことも無かっただろう……叱責されるだけだと思う。

 それが部下に対する、サルキオス様らしい行動だ。

 そしてその方がどれほどリーヴィとしては気が楽か。


 自業自得だと分かっているからこそ、重い気持ちでうつむいたリーヴィの視線の先に見たものは……人ごみに取り残されて泣いている小さな男の子。



「……その、連れの方というのは……お嬢さん?」


 サルキオスが、リーヴィに質問しようと口を開きかけた時には、リーヴィは足が痛かった事も忘れて、夢中で走り出していた。

 驚いたような呼びかけが背後で聞こえたが、全く気にならなかった。




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