19
リーヴィは全く覚えがないままに、恐る恐る箱を開けてみる。
そこに入っていたのは、収穫祭の時に露店で買って、どこかで落として無くしたと思っていた組み紐が入っていた。
……それだけなら、サルキオス様が拾ってくれたんだなと納得したのに。
箱には組み紐と一緒に、見覚えのないレースのリボンが入っていた。
繊細かつ密に編み込んだ作りで、所々にビーズが散りばめられたように刺繍されている。
色はあのヴェネラの散華の中の様な、オレンジだ。
「こ、これは……?」
「さあ? まー。詳しい事は手紙にでも書いてあるだろう」
「失礼します」
ヨネス団長に断りを入れて、さっそくリーヴィは手紙の封を開けてみる。
そこにはシンプルな白一色。上質と分かる便箋に、綺麗だがどことなく硬い文字が簡潔に書かれていた。送り主の雰囲気がそのまま感じ取れるようで、なんとなく微笑んでしまいそうになる。
『貴女の落とし物を、先日屋上で拾いました。
家の者に修復を頼みましたが、元には戻らずに申し訳ありません
代わりにもなりませんが、気に入ったのならお使いください』
よく見ると、組み紐は落としてからだいぶ経ってからサルキオス様に拾われたのか、紐の部分が風雨にさらされて毛羽立っている。少しみっともないが、結んでしまうのに使えば全然目立たない。リーヴィ的には全然問題なく使える範囲だった。組み紐を手に取るとじんわりと、胸が熱くなる。
拾って貰えたそれだけでもうれしかったのに。お詫びの品まで送って来るなんて、どれだけサルキオス様は律儀なのか。落としたのは自分が悪いのに、こんなものを貰っては申し訳ない。
触るだけでも破ってしまいそうな、繊細なレースのリボンはすごく綺麗で……あの祭りでくすぐられた乙女心が呼び起された。けれどリーヴィは使ったら最後、どこかにひっかけて破れてしまう事まで容易に想像できて、怖くて普段使いは出来そうにない。
組み紐の代わりどころか……。
どう見ても、お詫びレベルを超えている物な気が。
「これを渡すために、私を探してくれたんですね」
「ふーん、アイツにすれば気が利いてるな。……ヴィオーラのレースかよ」
後半、リーヴィに聞かせるつもりもなかっただろう、ヨネス団長の小さなツッコミが耳に届いた。
……凄い名前を聞いたような気がする。
最高級品も最高級品。
これ一つでリーヴィが落とした組み紐が、百本は買えてしまいそうな銘柄だ。こういった物をポンと人にあげてしまうなんて、流石上流貴族。
一方のリーヴィはというと、こんな高価なものを持っているだけでも緊張すると言う、小市民だ。
分っていたはずなのに、価値観の違いにリーヴィは少し引いてしまう。
一層、こんなもの頂けないという気持ちが強くなってしまった。
「でも、こんなもの頂けません! 私は、落とした組み紐を拾っていただけただけで十分ですから」
「あー貰っとけ、貰っとけ。アイツの領地の特産品のレースだから、アイツに取っちゃタダみたいなもんだろ? お前さんの髪の色によく似合ってるし」
「! あ、ありがとうございます」
似合っていると言われて、つい反射的にお礼を言ってしまったけれど。
「いやいや、お礼を言うのはアイツにしとけ」
「いえ、そういう事じゃなくて! こんな凄いもの受け取る理由が全くありませんので、これだけはお返ししたいのですが」
――高価な贈り物に、特に意味なんてない。
物堅いサルキオス様としてはお詫びのつもりなだけだとはわかっている。けれど、もともとは自分の不注意が原因。お詫びとして受け取るにしては、とても高価すぎる物だということが分っては、リーヴィとしては受け取れるはずもなかった。
自分の組み紐を取って、レースのリボンだけになった箱をリーヴィはヨネス団長に見せる。ヨネス団長は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。
「ま、そうだろうなー、参ったな。やっぱり、恋人がいるから受け取れないってやつか?」
「ええっ?! ……いえ、恋人はいませんけどっ。というか居ても居なくても、こんな高価なもの受け取れません」
「だよなぁ、普通は」
高価すぎるからこそ、受け取れない。
ヨネス団長の金銭感覚はリーヴィと同じらしく、分ってもらえてほっとした。
呆れたような困った顔をしているヨネス団長を見ながら、リーヴィは閃く。
もしかして、これはチャンスなのかも!
このままお返しすると言っても、そのままヨネス団長に持って帰って返してもらうのは、すごく失礼にあたる気がする。だから失礼のないように直接お会いして、お詫びしつつお返ししたい……というのを口実に、会って貰えばいいのでは?
「あ、では。これをすごくお返ししたいのですが」
「やっぱり、返すのか」
「はい、直にお会いして、すごくお返ししたいのです、是非!」
自分の騎士という身分を明かして、あの日の出来事にお詫びの品をいただく理由がないと、直接言えばいい。
それを聞けば、サルキオス様もリーヴィに受け取る理由がないと納得するだろう。
「色々とお話したい事もありますので、サルキオス様のご都合って……分かりますか?」
「お、おう確か来週の日の曜日には非番だったな」
「お会いできそうでしょうか?」
「ああ、都合が悪い様だったら連絡する」
「あ、でも。ヨネス団長を連絡係にするなんて……」
「気にするな。たまには現場を見回りたいと思っていたところだ」
それは本心だろうと。先ほどの修練場に向ける表情を見ていたリーヴィは納得してほっとする。本当に「ついで」だと、気が楽だった。
さっきまで落ち込んでいた気持ちが、心の重荷が下りて満面の笑みになる。
――今日は、これでぐっすり眠れる。
こうして、リーヴィは、やっとサルキオス様に謝罪する機会を作ったのだった。




