18-Ⅰ
サルキオス様が私を探してるなんて!!
だんだん、事態は思わぬ方向に。
謝れない時が経てば経つほど、最悪と思っていた、更に最悪な事態へと転がっている。
泥沼も、泥沼……を過ぎて、底なし沼だ。
「悪いことをしたらすぐ謝りなさい」と、小さい頃母親に言われていた言葉は本当だと、痛いほど感じてしまう。
「まさか、ここまで大事になっているとはな」
「うん……」
帰り道。
妙に蹄鉄の音が響くようなフレデリカの馭する馬車に乗りながら、リーヴィの顔色は悪かった。そんなリーヴィを心配そうに、フレデリカはうかがって気遣っている。
ローシェスが次から次に話してくる噂話の内容に、さすがにリーヴィも「もしかしたら別の人を探しているのかも?」と、疑う余地がなくなるぐらい、畳み掛けられた。
聞けば聞くほど、自分以外にいないと、恐ろしいぐらいに分ってしまう。
フレデリカも、ここまで来るとサルキオス様が探している人物がリーヴィだと察したらしい。あまりの内容に、ローシェスの前でその話題を避けてくれてくれたのには助かった。
――だけど。
サルキオス様には友人と一緒に来ていたと言っていた、はず。
フレデリカの名前を歓声にかき消されて出さなかったとはいえ、何故自分に恋人がいることになってるんだろうと驚いて、だからそう言いだしたのはサルキオス様ではないはずで。噂されるうちにありえない方向に変化したのかもと思うと、噂ってあてにならないし、怖いなと実感したリーヴィ。
サルキオス様が他人の恋人に横恋慕なんていうありえなさ。
ありえない事だからこそ、ここまで爆発的に広がったのだろうけど……。
噂を聞きつけた人間が、ちょっとした行き違いで「探している女性」と「騎士」が「恋人同士」だと思ったのなら「男性騎士」だと思われるのが当然で……。
リーヴィやフレデリカが収穫祭の日にお休みだったと知っていても、噂を信じた人間にとって「女性騎士」は対象外になっただろうから、優先的に噂が届かなかなかったのだろう。しかも女性騎士同士で出かけていると知られていれば尚更だ。
ローシェスが言うには、男性騎士の中で「収穫祭に休みとってデートしていた、羨ましいそいつは誰なんだ!」と違う意味でも、酷く噂になっているとのことだったし。
いや、いつの間にやら恋人がいることになっている自分の事はどうでもよかった。そんな噂がたったからって、リーヴィにとっては何ともない事。
でもサルキオス様にとって、大変不名誉なことになっているのは、どうにかしなきゃ、でもどうやって?と、また更に悩みが増えてしまったリーヴィ。
ここで「私の事です!」だなんて、表だって言いだしたら、サルキオス様に会うのには最短ルートだが、また更に噂の悪評を更新してしまいそうだった。穏便に済ませるには、サルキオス様に密かにお会いして探すのをやめてもらえば、噂も落ち着くだろう、多分。
それにしても。
何故そこまでしてサルキオス様に探されているのか、全く心当たりが無いリーヴィ。
噂の一番の理由で、広がる燃料となっている「恋愛理由」なんて事は、絶対ないと断言できるけれど。
「もしかして、私が騎士だという事がばれて……?」
「そうだったら、さっきお会いした時に何か言われたんじゃないか?」
「あっ! そ、そうだよね……」
フレデリカに真剣に答えられて、それもそうだと納得するけれど。あまりの展開に、きちんと物事を考えられなくなっているのも仕方がない。
これ以上噂が悪化する前に、一刻も早く会って謝らなくては! と意気込んでみたはいいものの。今日会えたのは偶然であって、聖の騎士団へのお使いを頼まれない限り、平騎士のリーヴィが会うことは不可能に近かった。
聖の騎士団は王宮に併設してるから、そう簡単には入れないし。しかも場所が場所なだけに、いつ出てくるかわからない相手を待ち伏せする訳にもいかず、かといって家に行くのも……サルキオス様がどこに住んでいるのかさえもリーヴィは知らない。
「フレデリカ、サルキオス様のお家ってどこか知ってる……?」
「確か、一の廓の中の……でも、騎士団内の騎士宿舎に住んでいるという話を聞いた事がある」
この王都は四つの廓で囲まれている。
城に近い順に振られていて、一の廓の中というと、王族や貴族中の貴族が住むいわゆる高級住宅地だ。
サルキオス様レベルの貴族なら、ちょっと行って会ってきますという訳にもいかないだろう。先日、フレデリカのお屋敷へ行った時にも感じたけれど、知らない相手では門前払いの可能性が高い。相手が一般人じゃない分、自宅への訪問も難易度が高すぎた。
そう、リーヴィが考える通り。
主人の交友録にも載っておらず、館の責任者である執事が把握していない名前であれば、主に来客があった事さえ伝えないのは身分が高い家ほど一般的である。いわゆる庶民的に言えば一見さんお断りといった感じだろうか。
しかも実際に住んでいるのが、これまた王宮内の騎士宿舎の方だと思うと、フレデリカが自宅の場所を説明するのをあきらめたのは納得だった。聞いても意味がない。
とにかく、ただの平騎士であるリーヴィがサルキオス様にお会いする為に出来る事と言ったら、聖の騎士団に行く事ぐらいしかできないのだった。
「じゃあ、お会いするの無理……だよね?」
「屋敷に言付けを頼んでも、普段付き合いのない私程度では、取り合ってもらったとしても時間がかかるだろう。頼めそうなヴェインは、今は禊中で連絡を取れないしな」
「ううん、自分でなんとかしなきゃ。ありがとうフレデリカ」
普段から、身分を笠に着ないフレデリカだ。
今の身分は蒼の騎士として行動してるのに、リーヴィの個人的な事で貴族令嬢として伝手を頼むのはとても気が退ける。ヴェイン様だってそうだ、あまり親しいとは言えないのに。最初から頼むなんて事は頭になかったのに、気にしてくれる相手に悪い事を訪ねてしまった。
「ワイト団長に、聖の騎士団へのお使いがないか志願してみるね! その方が確実だし」
一般庶民のリーヴィが、自力で突破できるのはそれしかない。
会うだけで、こんなに大変だなんて……本当に、雲の上の人なんだよな。
と、サルキオス様との差を改めて実感するリーヴィ。
そして、さらに先ほど謝れてさえいえば、この馬鹿げた噂も消えていたのにと、申し訳ない気持ちが酷く痛む。
フレデリカに馬車で緑の騎士団に送ってもらった後は、厩舎にいるイルト伯に緑草園での作業報告書兼休暇取得書を出した。その後にワイト団長のお使いがないか聞いてみたが、まだ団長は帰ってきておらず、特に無いようだった。というか、「んー。今日はさすがに早く帰った方がいいと思いますけど、疲れてるでしょ?」とレット副団長に呆れ顔でシッシッとおいはらわれてしまい、今の自分の状態ではお使いさえできないと出鼻をくじかれる。
しかし、そんなリーヴィに驚くべき人物が待っていた。




