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恋する騎士  作者: 桜ありま
第三章 二度ある事は、三度目の
30/44

17

 


 ――謝れないまま、段々と泥沼にはまっているような気がする。


 二度ある事は三度でも……もしかしたら四度でもあるかもしれない。

 けど前よりは前進したから、次会った時こそは謝れるような気がする。

 でもまた正体を明かせなかった……と、落ち込む気持ちと、次こそは! と意気込む気持ちがぐるぐると胸に渦巻く中、リーヴィにはゆっくり落ち込む暇もないくらいに肥料づくりの作業に打ち込む。

 季節は秋に差し掛かっているのに、十分暑い劣悪な環境の中。二人は作業を進め続け、何とか午後のお茶の時間に差し掛かる頃には、一息つくことが出来た。

 緑師ではない下っ端騎士が手伝う作業は、この緑草園の全ての肥料になる前の下ごしらえの物ではあるが、だからこそ審査は厳しい。様々な環境で育つ植物に合わせた肥料の配合は多岐にわたる。

 担当の緑師にチェックして「可」をもらった後は、大分精神的にも肉体的にも疲れて、後は騎士団の寮に帰って死んだように眠りたいと思うだけの状態になった頃には、さすがに無心になっていた。

 水浴びしてさっぱりした後、緑師院の裏庭にある芝生が短く刈り込まれた、木漏れ日が気持ちいい休憩スペースで二人で休んでいると、顔見知りの緑師見習いのローシェスがやって来た。トレイにのせた不ぞろいのカップに注いだお茶と、お菓子を持ってきてくれる。


「おつかれさまー! 今日はセンナの葉の紅茶にしてみたよ、ふふ今日は特別だからね!」

「ありがとう、ローシェス」


 何が特別なのか分からないままに……でも、緑師見習いとして薬草に詳しいローシェスがそう言うなら特別なんだろうなと思いながら、お礼を言いリーヴィは白いカップに入ったお茶を受け取った。

 一方の青いカップを受け取ったフレデリカは、お礼を言いながらも驚いた顔をする。


「驚いたな、北方の葉だろう? ここでも育つのか?」

「うん、そーだよ! 特別に魔法強化された温室ならぬ冷室でそだててんの。兄師が間引く為にちょっと取ってたの貰ったから、普通より味は落ちるけどね! あとこれ~クッキーも作ってみたんだ」

「そ、そんな……なんかすごそうなお茶をいいの?」

「気にしないでって。どうせここで働いてる限り、無料タダでもらえるんだから!」


 ローシェスは人懐こくて、おしゃべりが好きな少女だった。

 ヘッカ―局長直属の弟子とは、とても思えないほどの気さくさだ。

 緑師見習いのローブに身を包み、オレンジに近い金の髪を三つ編みでひっつめている姿は年頃の少女としては、おしゃれに無頓着だった。日に焼けた肌はそばかすがあったが、らんらんと好奇心旺盛な青の瞳が彼女自身を魅力的に見せている。

 普段は緑師見習いとして、緑草園で主に植物の世話、師匠の講義、実験の手伝いばかりで、あまり多くの人に会う事はないらしい。こうして来た騎士達と気軽に友達になって、普段会話が出来ない分、おしゃべりを楽しんでいるようだ。


 ローシェスから貰ったお茶は砂糖ではない甘みと、とても冷たくて美味しくて……疲れていた身体に十分に沁みこむ。

 鼻が麻痺するほどの状態から、そんなに感じ取れるようなお茶を持ってきてくれるのはいつものことで、緑師見習いとはいえローシェスなりの気遣いなのだろう。カップが不揃いなのも、お茶の提供は彼女の役目ではなくて、好意からである事がうかがえた。


「おいしい……」

「うん、前に実家でいただいた時とあまり変わりはないな、ローシェスはいい腕をしている」

「うっそ! この前きた人に入れた時は、味がなんか変ってるって言われたけどなー。本物飲んだ事ないからそういうもんだと思ってたけど……兄師に飲ますと、何でも美味しい美味しいで評価にならないし。それって緑師としてどうなの? って感じだけど」


 ぺらぺらと兄弟子の話をしながらも、手際よくローシェスはお茶のおかわりを注いで……なおかつクッキーを一つたいらげた。

 クッキーも様々な色をしていて、緑草園で育てられた薬草や実が入っている。

 一般の人にはとっつきにくい癖のある味を、お菓子として食べられるようにしているローシェス。料理が苦手なリーヴィから見ると、とても料理上手だと思っていたのだが。本人からすると、薬草園の材料を使ったお菓子作りは、実験と調合と同じようなものらしく、女子力とは無縁な方向性らしい。


「そういえば、私たちが来た時にサルキオス様がいらしていたようだが、何かあったのか?」

「へ? サルキオス様? うん、来てたよ」


 ゆったりしていた途中で、フレデリカの口からサルキオスの名前がでて、リーヴィはどきりとした。


「警備の件で、ヘッカ―局長と緑の団長とでお会いになってたみたい」

「そうなのか」

「いやー私あの人苦手だから。しかも、緑の団長もでしょ? ヘッカ―教授もいつにもまして不機嫌でさー。お茶出しにいってあまりの緊張でお茶こぼしちゃって、怖いの怖くないのって。兄師がかばってくれたからよかったけど……あれ? どうしたのリーヴィ?」

「え、ううん。な、何でも」


 リーヴィはローシェスの言葉にいたたまれなくなって目をそらした。


「私の所為かも」

「え、どうかしたの?」

「鍵を受け取る時にちょっと……色々あって」

「それはないと思うよー。私が考えるにあの二人、ヘッカ―教授の不機嫌さ増すランキング上位を争うもん! いっつも不機嫌な教授だけど、今日はここ最近二番目の不機嫌さかなー?」


 直弟子でいつも側にいるだけあって、ローシェスはヘッカー教授の微妙な不機嫌度合いが分かっているようだった。後半遠い目をして言う「二番目の不機嫌」のさらに上「一番目の不機嫌」なんて、気になるけど恐ろしくて聞けない。


「私としてはヘッカー教授は慣れると分かりやすいからいいんだけど、サルキオス様って冷たい雰囲気からして何考えてるかわかんなくて苦手。ワイト団長は優しげな顔して、相手が誰だろうと言いにくい事ザクザク切って来るのがヘッカー教授とは相性悪すぎるし。三人そろうと遠くから見てる分には目の保養かも知れないけど、そろったら魔のトライアングルだね! あのスポットには当分近づきたくないよ、本当」


「そ、そんな……」

「そういえば、サルキオス様のあの噂って」


 流れるように話すローシェスに、やっとサルキオス様の事を『そんな人じゃないよ』と、リーヴィが言いかけた言葉と重なった。お互いに会話をどうぞと譲り合って、結果ローシェスが続行する。


「やっぱりあの噂って。改めてサルキオス様本人見ると、七不思議ぐらいにありえないと思ったわ」

「噂?」


 覚えが無いという顔で、フレデリカが眉をひそめる。


「あれ、知らない? リーヴィは聞いた事あるんじゃない?」

「え、私がサルキオス様の噂? ……ううん、聞いた事無いよ」



 サルキオス様の噂……確かに聞いた事はない、けれど。

 もしかしたらちらりと、リーヴィは自分がサルキオス様を騙していた事や、花冠を渡してしまった事が頭を過ぎった。

 ……まさかそんな事知られている訳がないし……と、自分の考えを打ち消す。


「前に蒼の騎士が来た時に、聞いたんだけどさー」



 ローシェスが真面目な顔になって、一呼吸おいてから答えた。



「何だかサルキオス様。部下の恋人に横恋慕してるらしいよ」

「!?」

「略奪愛とか……そういう状況なんか似合わないよね、それって。でもああいうタイプが意外と突っ走って大変な事になるのかなぁ」


 思いもよらない衝撃発言だった。

 リーヴィはその単語の連続に、お茶をこぼしそうになってしまうのを何とか堪える。


 サ、サルキオス様が……横恋慕?

 そして。


 りゃ、略奪愛!!??


 考えつかないというか……。

 恋愛とかそういうイメージがサルキオス様に結びつかなくて。

 ……勿論サルキオス様も人間なんだし、いい年頃なので、そういうこともあるだろうけれど。というか条件的には恋人どころか、結婚していてもおかしくない人である。

 だけど、よりにもよって「他人の恋人」を情熱的に口説いちゃう姿なんて、想像力の限界に挑戦しても無理だった。いや、やっぱり他人の恋人じゃなくても、あの冷静なサルキオス様が恋愛して浮かれている姿なんて考えつかない。


 ――でも先ほどの自然に話せた雰囲気。

 カラムの花びらの舞い散る中で見せた、あの柔らかな瞳で見つめられる女性がいるのだろうか。


 そう考えて、リーヴィは少し胸が落ち着かなくなった。


 あれ? 一体なんだろうこのもやもやとした気持ち。

 サルキオス様に恋人が居ようが居まいが自分には関係のない話で……。

 リーヴィはいろんな感情がごちゃ混ぜになりながらも、またどう返していいかわからなくて、そうしている間に、フレデリカが呆れたように否定する。


「噂だろう? それは。そんな事なんてしそうにないかただと思うが」


 サルキオス様を知っている者なら、コレが普通の反応だった。


 ――そうだ。

 騎士として憧れているサルキオス様が、他人の恋人を口説くような不品行な事をしてるなんて、考えるだけでもショックを受けているんだ。と、納得したリーヴィ。


「だよねー。どう考えても嘘っぽいって言うか。でもね、この噂が広まる理由もあるんだよねー。サルキオス様に尋ねられた騎士が何人も居るんだって」

「何……を?」


 なんだかまた、ヒルデと話していた時と同じように、とてつもなく嫌な予感がする。

 なのにリーヴィは、反射的に尋ねてしまう。

 ローシェスは重要なヒミツを打ち明けるように、こう言った。


「収穫祭の時に出会った、休暇中の騎士とデートしていた女の人をね、探してるっぽいみたい」



 やはり、嫌な予感は当たっていたのだった。



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