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「こんな所で、何をされているんです?」
その声にはっとして、我に返ると。
人が動く気配がして、もう一人の探し人であるヘッカ―局長の声がした。
敬語なので明らかにリーヴィではなく、サルキオス様の方に話しかけているとわかる。けれど、不機嫌そうな口調は、リーヴィに対してのように健在だ。
「リーヴィ=ベルツが、なにか不手際でも?」
……更に思いがけなく。
今度はワイト団長の声がして、さっきとは違った緊張感で、リーヴィはますます顔をあげられない状態になってしまった。
三竦み。
魔のトライアングル状態。
今現在、リーヴィに複雑な気持ちを抱かせる、三大巨頭がそろってしまった。
もうこれは個人的な事を謝るとか、謝らないとか。
そういう空気ではなくなってしまった。
――ど、どうしてこんな事にっ?
緑は緑草園(医学)を司る緑。
と言われるように、緑騎士は緑草園と関わりが深い。
緑草園の警備の関係上、緑の騎士代表であるワイト団長が、直接こちらに打ち合わせに来る頻度は高いのは当たり前だが、かといって忙しいこの三人がスケジュールを合わせるのは難しいだろう。
重要な会議でもあるのだろうか。そんな揃い踏みする現場に鉢合わせるなんて……運がいいのか、悪いのか。こんな面子の中で、個人的なことを謝るなんて空気読めないことは流石にできない。
恐る恐る顔をあげると、予想通り不愉快そうに攻撃的な目で、ヘッカ―局長はリーヴィを見下ろしている。その後ろに付き従っているように立っていたワイト団長はにこやかだが、目には不思議そうな光が浮かんでいた。
……それもそうだろう。
前回サルキオス様と「何かがあった」という挙動不審を理由に、聖の騎士団へのお使いを頼まれなくなったぐらいなのだから。そんな相手と二人きりで話していたとなると、上司として気になっても仕方がないはずだ。
丁度サルキオスとリーヴィの間の通路に二人は立っていたので、リーヴィはサルキオス様からは隠れる形になっていた。
かなり、ほっとしてしまう。
ワイト団長とヘッカ―局長。
二人の視線を浴びる方がまだましだった。
正体を明かして謝ってない今、あの射るような視線を感じるのは精神的につらい。
そう考えていたのに。
「いいえ。少し用があり、私が彼女に話しかけたのです」
サルキオス様が、何もなかったように答えた。
その口調は、先ほどのいくぶんか砕けた様子からすると事務的で、まるで仕事の話をしていたかのようだ。正確に言えば声を掛けてしまったのはリーヴィなので、その言葉でさりげなく庇ってくれたのがわかってリーヴィの心が落ち着かなくなる。
うわー私、最低だ。
こんな風に庇ってもらえる資格なんてない……。
そんな居たたまれない心境の中。
不意打ち気味に、苛ただしげなヘッカ―局長の声が刺さった。
「リーヴィ=ベルツ。お前は何でここにいる」
「肥料小屋の鍵をお借りしに来ました」
「……今日の当番は、蒼だと思っていたが?」
凄い。
さすがにやっぱり、把握している。
局長程の忙しい人間が鍵の管理をしているなんて、緑草園にとって肥料小屋の重要性がうかがえた。
「本日の当番の者がこちらに来れず、代わりに私が参りました」
「当番の者が来ない? 私もずいぶんなめられたものだな」
「いいえ、そういう訳では」
「言い訳を聞く暇など、私にはない」
怒鳴っている訳でもない、苛ただしげな低い声が、びりびりと突き刺さる。
やはり覚悟はしていても、グサグサと叱責が胸に来た。
しかもサルキオス様とワイト団長の前で。
二人には前回の失態がある分、目が虚ろになってしまう。
しかし不肖の団員だとしても、さすがに団長の義務としてなのか、ワイト団長が柔らかに口を挟んだ。
「緑の騎士団長として、部下の不手際は私の不手際。謝罪させていただきますよ」
――ワイト団長っ!
でも、リーヴィがすがるような目で見れるのは、ここまでだった。
「しかし、本来。というのなら、蒼が叱責されるべきでは?」
「なんだと?」
「どうも不具合があったのは蒼のようですし、この者はそのフォローをしただけの様です。代わりの者が取りに来るというのは、時間を無駄にせずに済む効率的な判断だと思いますがね」
「自分の団の者をここまでして庇うとは……な」
――何だろう。このギスギスした空気?
一方は穏やかな口調、一方は苦虫を噛み潰したような不機嫌な口調。
あくまでも二人の声のトーンは荒くはない。
なのに、単純に激昂して怒鳴り合っている人間よりも、口を挟めない雰囲気が漂っていた。リーヴィは当事者なはずなのに、遥か遠くに感じてしまう。
「規則には必ず、意味もある。規則を守れない事は叱責されてしかるべきだ」
「規則に囚われすぎて無駄に事を荒立て、無駄に暇を浪費されるよりは、よっぽど建設的だと思いますが」
「それはつまり、ワイト団長。お前はこれぐらいの事でねちねちと度量の狭いと言ってるのか?」
「いいえ、私の言い方で誤解されたのなら申し訳ありませんが。起きている事に、ただ感想を述べているだけですよ」
ええ、それって、同意してるって……事になるっていうか、あれ?
――わけが分からなくなってきた。
こんなピリピリとした中で、リーヴィはふと思い出した。
「緑の騎士団長と緑草園の局長は仲が悪い」と、なんとなく噂では聞いていたけれど、まさかこれほどだなんて。実際に話を聞くのと、肌で感じて見るのとでは大違いだった。単純に仲が悪いどころじゃないように見える。
どちらかというと、ワイト団長がヘッカ―局長に一方的に攻め立てられているように見えるが、何か違ってる。その「何か」にリーヴィは気が付かない。けれど他人ならこう称するだろう「ネチネチと煽っている」と。
ワイト団長は物腰も柔らかで一見、優しげに見える。
しかし口を開けば商家の出だけあって、中身は合理的で実利主義だ。つまり、相手に気遣いなど一切せずに、効率を優先して口にする。効率以外の事を慮れないので、相手が何故その有効な手段を使わないのかが、理解出来ない所為で、会話が最悪の方向へと進んでいくのだ。
相性の悪い者にはその外見とのギャップが、ますます胡散臭さを掻き立てて、会話する相手の神経を逆なでしていく……勿論、ヘッカ―局長は相性の悪い方だった。
良くわからないけど、この状況。
リーヴィがきっかけだと思うといたたまれない。
だからと言って、発言を求められてはいないのに、上司同士の会話に口を挟む事が出来なくて、強張った笑顔を浮かべるしかないと言う、どうにもならない状況だった。
このまま、何もしなければ数時間でも続いてしまいそうな、終わりのない不毛なやり取り。
その状況を動かしたのは、もちろんこの場に居るあと一人の人物しかいなかった。
「申し訳ありませんが、お二人とも。その辺で切り上げていただけませんか?」
サルキオス様がこの硬直した場を、氷のような声音で刃物のごとくズバッと切る。
その声にヘッカ―局長の気がそれたのか、この場を睨むように見回した。リーヴィは申し訳ないという思いを込めて見つめ返すしかない。
「この後、私も王宮での用がありますので」
と、さらにサルキオス様のダメ押しが続く。
早く鍵が欲しい者。
責めるのは無駄だと思っている者。
時間が惜しい者。
圧倒的多数決!
眉間に深々と皺を刻み、舌打ちが聞こえそうなほど「不本意」と顔に書いてありながらも、ヘッカー局長は意外と空気を読んで、会話を打ち切った。そして腰に下げていた鍵束から、迷いなく肥料小屋のカギを選び取るとリーヴィの前に差し出す。リーヴィはそれをこわごわと両手で受け取るとぺこりと頭を下げた。
これ以上、ヘッカ―局長の機嫌を損ねると大変だと、下げたまま。見送りの礼を取る。
くるりとローブの端を優雅にひるがえし、ヘッカ―局長は去っていく。その様子にワイト団長は軽くため息をついて、ついて行こうと動く気配があった。
「話はまた。貴女の母上にも、よろしく伝えてください」
頭を下げたまま、リーヴィは近づいてきたサルキオス様にそう言われて。
鍵を何とか借りられたことよりも
――また謝れなかった……。
と、落ち込むのだった。
残念なことにサルキオスの鋭い声は、鋭いからこそよく通る。
その様子をまだそれほど遠くへ行っていないワイト団長と、先に行ったはずなのになぜかそれほど遠くはなっていないヘッカ―局長に怪訝な顔で見られてるとは、礼を取っているせいで地面しか見ていなかったリーヴィは気付かなかった。




