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恋する騎士  作者: 桜ありま
第三章 二度ある事は、三度目の
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 どうしよう、本当に私って失敗ばかりだ……。

 はっ! だめだめ仕事に集中しなきゃ!



 少し気を抜けば暗い気分に陥ってしまいそうになる心を、そのたびに奮い立たせながらリーヴィは厩の掃除をしていた。


 今週の仕事の主な勤務体制シフトは厩舎の管理だ。


 騎士団員としての下っ端の仕事は、自然と辛いものが割り振られる事が多い。

 その中の一つが、厩掃除だ。

 力仕事としての大変さもあるが、馬は大変繊細で……そして賢い生き物なので、取り扱いが大変だった。自分達の世話を任される団員達が、下っ端だと言う事が分かるのか、殆どの馬は言う事を聞いてくれない。


 そしてなにより悲しい事に、名馬も多いので、価値で言えばヒヨっ子の使えない騎士よりは、馬達のほうがいくぶんと高い。


 そういう訳で殆どの新入団員にとって、厩掃除は最低な勤務であったのだが、リーヴィにとってはちょっと違っていた。昔から自分の家で父親が馬を飼っていたので、世話に慣れていると言うのもあるが……。


「ヒヒーン」

「……ご、ごめんねリッジス。今すぐに終わらせるから」


 馬房に敷き詰めている藁を新しいものにするため、鋤でかき集めていたリーヴィは、目の前の馬に低くいななかれ頬ずりされて我に返った。白い……ところどころ青みがかった毛並をした馬だ。

 元は聖の騎士団所属の馬だったようだが、年老いて引退した後は、若手の騎士の馬術練習の為に、こちらの厩舎に移ってきたそうだ。青みがかっている理由は年の所為だろう。殆どの馬は騎士様に仕えているというプライドが高いのか、中々言う事を聞いてくれない。このリッジスはおっとりとした馬で、新人の騎士でも好意的に接してくれる。

 そして、何故かリーヴィにとても懐いてくれるのだ。

 このリッジスのお蔭で、リーヴィは厩の仕事が少し楽しく思えてくる。


「……」

「あ、違うの? 慰めてくれるんだ、ありがとう」


 リッジスの長いまつげの奥の優しい瞳で見つめられると、とても癒される。


「そうだね、仕事で失敗した分は仕事で挽回しなきゃだね」

「ブルルル」

「リッジス先輩! ありがとございます」

「ヒヒーン」


 リッジスに向かって、そう冗談を言って無理にでも笑う。


 ――ワイト団長に呆れられたままじゃいけない。

 そして……サルキオス様にも。


 あの時。

 自分の代わりに、先輩騎士を呼んで来るように言われて、リーヴィは自分の不甲斐なさに落ち込んだ。ワイト団長は書類に向かっていて、リーヴィを少しも見なかった。


 なんで態度を隠せなかったのだろう。

 私的なことで隊務に支障をきたすなんて……きっと、ワイト団長にも呆れられたに違いない。


 ワイト団長に仕事上の事で見限られたのはとてもショックな事で、まだまだ自分の気持ちに振り回されて騎士としての心構えが足りなかったのだと反省するばかりだ。

 きっと、次に団長に会った時はきちんと謝罪できる。


 でも……。

 そう考えて、サルキオス様の事を考えると、何故か「無理」だとか「出来ない」という重い気持ちになってしまうのだ。サルキオス様の事が怖いと言うわけではない。




 ――――サルキオスに怒られて、怖かっただろう?




 そうヨネス団長に茶化して言われた時はっきりとその気持ちに気がついた。

 リーヴィは「怖い」と言う気持ちよりも強く浮んだのは……。


「サルキオス様に失望されたくない」


 それによって、嫌われたくないと言う気持ちだったのだ。

 きっとあの祭りの件で、自分でもとっても馬鹿なことだと思うけれど、少し仲良くなれた気がして……そんな相手に、嫌われるのは嫌だと思ってしまったのだ。


 自分の「上司」で「貴族」で雲の上の人だというのに、なんでそんな事思うんだろう。

 本当に自分は身勝手で不相応な事を考えている。


 だって優しくされたのは、「私」ではないのに……。




 サルキオス様が親切にしてくれたのは、緑の騎士団員リーヴィ=ベルツではなく、ただの守るべき国民で一般人だったからだとわかりすぎる理由があった。

 そのことが、リーヴィの気持ちをもやもやさせる。

 それでもせっせと厩の掃除を済ませていると、裏庭に蒼の騎士団の紋章が入った荷馬車が入ってくるのが見えて、慌ててリーヴィは迎え入れる為に厩舎を出た。御者は遠目でもよく分かる輝くばかりの銀髪、フレデリカだ。


「お疲れ様。今日の当番はリーヴィだったのか」

「フレデリカ! お疲れ様」

「他の人間は?」

「飼料作りに2人、放牧監視に1人、あと1人は用事で出てる。厩舎にイルト伯楽がいらっしゃるけど今は団長の馬を見ているから……手伝えそうな人間は私だけなんだけれど……」

「そうか、今大丈夫か?」

「うん。じゃあイルト伯楽に言って来るね」


 厩舎の仕事は下っ端団員ばかりとは言えど、大事な馬を素人だけに任せているわけではない。名伯楽と名高い馬の扱いに長けた人物が、各騎士団の厩舎に配属されている。その人物がこの場の最高責任者で、指示をだしている。馬の飼育に関してド素人の新人たちは、分らないことだらけで手足のようにこき使われているのは仕方のない事だった。

 リーヴィはフレデリカが来た事をイルト伯楽に告げて、手伝う了承をとってからまたフレデリカの所に戻っていく。


「ふふ、リーヴィは今回ついてないな」

「そうでもないよ? フレデリカの手伝いだもん」

「有難う」


 騎士団厩舎から出る馬の廃棄物(ボロ)は、燃料や主に肥料として緑草園で使われる事になっている。

 厩舎のシフトになった者は時々、各団から来た運搬と緑草園での肥料づくりを手伝う決まりになっていた。


 聖は王家を司る白。

 蒼は神殿を司る青。

 紅は中央の道(市民)を司る赤。

 緑は緑草園(医学)を司る緑。


 緑の騎士と言われる所以の緑草園の手伝いをするのも緑の騎士としての役割だ。

 まとめての仕事なので厩舎のシフトが入っているとしてもこの仕事が入るとは限らない。他の騎士団の者が持ってきた場合、そこに居合わせたものが手伝う事になっている。この仕事が入った者は運が悪かったと思って諦めている者が殆どだった。基本的にやりたがる人間がいない。それほど嫌われるのは、悪臭の中の力仕事と、臭いがお風呂に何度も入らないと取れないからだ……肉体的にも精神的にも重労働のため、次の日は強制的に休みになるのはありがたいのだが。

 その休日も、福利厚生はキッチリと。

 それは士気に関わる重要事項というワイト団長の計らいだった。


「今日の手伝ってくれた御礼として、先日侍女から準備してもらった消臭の効果がある香油をリーヴィにおすそ分けするよ」

「確かに今日も大変な臭いになりそうだけど……そんな気をつかわなくていいのに」

「たくさん貰いすぎたんだ」


 フレデリカが御者になった隣に乗せてもらって、荷馬車で緑草園まで向かう。荷馬車は乗せている肥料の元になる物の所為で、歩くぐらいの早さしか出ず、目的地に着くまでに少し時間が掛かる。

 初めはフレデリカとたわいない会話を楽しんでいたのだが、段々とリーヴィの口数は少なくなっていった。


「……気分が優れないなら、私1人でもいいんだぞ」

「え、あっ! 違うよちょっと、考え事しちゃって」

「何か悩みでもあるのか?」

「うん、最近失敗ばかりだから……」

「そうか、でも私たちはまだ新人だ。失敗して当然だろう、次に生かせばいい」

「そうなんだけど……また、サルキオス様にご迷惑を掛けちゃって」


 穴を掘ってしまいたい詳しい事は、花冠に気づいてなかったらしいフレデリカには説明は出来てなかったけれど。あの日の出来事を、簡単に話していた。


「あの日の事を謝ろうとしたんだけど、その時サルキオス様の手を怪我させちゃって……大した事がないと言われたんだけど。仕事中にそれを考えていてワイト団長にも呆れられてしまって」

「そうだったのか、それは……」


 どうしたものかとフレデリカは答えづらそうに、言葉を切った。

 どうやら、フレデリカにはフォローできる言葉が浮ばなかったらしい。


「ご、ごめんね。フレデリカ!」

「まぁ、仕事は頑張れば頑張るほど成果は出るが、人と人との繋がりばかりは努力しても難しいからな……でも、サルキオス様は怒らなかっただろう?」

「うん、呆れてはいたけど」


 勝手に部屋に侵入した件に関しては怒ってはいたけれど、手に関しては特に何も言ってはこなかった事を思い出す。リーヴィはあの時の混乱で、サルキオス様がヨネス団長に対して呆れていた態度を自分への態度と思い込んでいた。


「そういう方だ、理不尽な事で怒る方ではないぞ? あの方は」

「うん、そうだよね」

「それに、手に関しては……気になるようだったらヴェインに聞いてみるが?」

「!!」


 ――その考えは無かった。

 今まで魔法の事をすっかり忘れてた。


 基本的に、魔法はとても貴重なもので王家の所有になる。

 一般人には魔法で傷を治すという習慣は殆どなく、緑師と呼ばれる薬師に頼む事が殆どで、しかもリーヴィの母親は緑師だったものだから、傷は薬草で癒すものと言う考えがこびりついていた。


「そ、そうだね……聖の騎士だったらヴェイン様に気軽に治してもらえるん……だよね」


 少し、リーヴィはほっとする。

 勿論自分がサルキオス様にやった事は許される事じゃないけれど、不便な思いをする事にならなくてよかったという気持ちで一杯になった。


「わかった、今日か明日はヴェインに会うだろうから聞いておく」

「お、お願いします」

「それぐらいお安い御用だ……それにしても、リーヴィは本当にサルキオス様が好きなんだな」


 フレデリカに何の思惑も無くさらりとそういわれて、その言葉がリーヴィの心に、すとんと落ちてきた。


 ――そうだ、嫌われたくないって事は、サルキオス様の事好きなんだ、私。


「……うん、そうだね。とってもいい方だから仲良くしたいなとは思うけど。

 って、私みたいな人間がサルキオス様にそう思うなんて、とってもおこがましいんだけど」

「別に身分で友人になる訳ではないだろう? 私とリーヴィのように」


 少し驚いたような顔をしてフレデリカからまっすぐに見つめられる。

 そうだった、時折忘れてしまうけれど、フレデリカもとても身分の高い貴族なのだ。


「すっかり忘れてた、だってこうやって一緒に肥料作りするんだもん」

「フフ、そうだな、でも私は騎士になる前から自分の馬の世話は出来るだけ自分でするようにしていたぞ? まぁ……さすがに肥料作りまではやっていないが」

「そうなの?」

「ああ。私の尊敬する騎士の方が自分の命を預ける馬は、出来るだけ自分で世話するといっていたのでな」

「へぇ~フレデリカがそういうならとっても素敵な方なんだろうね」

「あぁ、とても素敵なお方だ! 私もあの方のような騎士を目指したい」


 そう言うフレデリカの顔はとても嬉しそうで、見ているこっちも嬉しくなる程輝いていた。その人物をとっても尊敬しているのだろう。もしかしたら、私もサルキオス様にこんな気持ちなのかもしれない。

 失敗ばかりの私と違って仕事も出来て……そして優しくて、立派な騎士様。

 クールすぎるのを覗けば、かなりの理想の騎士と言える。

 そう、リーヴィが思っていると緑草園の裏門が見える道角に差し掛かった時、フレデリカの顔が突然不思議そうな顔になった。


「あれは、ルセデス?」

「?」


 入り口にいるのは、緑草園の警備をしている顔見知りの緑の騎士数人と……綺麗な青毛の馬だ。リーヴィはその中に『ルセデス』という名前の人物はいない事に気がついた……という事は。


「知っている人の馬?」

「あぁ、あれはたしか……サルキオス様の馬だ」

「え、ええぇ?」

「よかったじゃないか、リーヴィ。サルキオス様にお会いでき……ん?」

「あー、えーっとそのっ!」


 やっぱり、まだまだやっぱり心の準備がっ……!!


 明らかに動揺し始めたリーヴィを見て、フレデリカは苦笑する。


「まぁ、私たちには仕事があるからな」

「う、うん」


 深く追求する事は止めてくれたらしい。


 裏門の警備の緑の騎士に身分を証明すると、門を開けてもらって緑草園の敷地内に入る。

 リーヴィとフレデリカは、本日の大仕事に取り掛かるために準備をし始めた。


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